安達 功/空き家活用は能天気にいこう


 子供のころ、空き家は胸躍る存在だった。シャーロック・ホームズシリーズの影響も大きかったのだと思う。「空き家の冒険」でホームズは、ベーカー街221Bの向かいの空き家、カムデン・ハウスに潜み、仇敵であるセバスチャン・モラン大佐をおびき出して見事に捕らえた。
 すっかり感化された小学校の悪ガキ数人で、ホームズをまねて近所の空き家にこっそり忍び込み、向かいの家をうかがったことがある。ほこりとカビが混じったような、懐かしい雨上がりの匂いがした。大阪万博の数年後だったと思う。
 その空き家が大変な悪役となっている。先日のニュースでは横須賀で、全国初の空き家対策特別措置法による取り壊しが始まると報じられた。テレビのテロップで「防災・防犯・景観への悪影響」という文字が大映しとなり、近隣の住人と思われる男性は「やっと来たなという感じで安心しています。ここは結構、通る人がいるんでね。早くやってもらわないと」とインタビューに応じていた。最新の調査によれば、日本全国には八二〇万戸の空き家があり、空き家問題に対応するための特別措置法が今年五月に施行された。多くの評論家・専門家は苦虫をかみつぶしたような顔で「空き家問題」について語る。
 そのなかで本書『解決!空き家問題』はひときわ能天気に空き家問題に迫る。タイトルからしてビックリマークである。空き家活用者として登場してくる人々も総じて楽天的で愛らしい。
 実際に空き家を活用した事例を、収益性・公益性・社会性の三つの観点から紹介。さらにそもそも空き家を発生させないための工夫、自分事として考えた空き家対策などをまとめている。
 第4章から第6章では空き家活用に取り組む様々な人が出てくる。彼ら彼女らは、築五〇年超の風呂無しアパートを外国人向けシェアハウスにしたり、寿司屋を居抜きで借りてカフェにする、昔のドヤ街の宿をシェアオフィスに、さらには銭湯をボルダリングジムへと変身させてしまう。その用途は一般的な空き家活用のイメージを大きく跳び越えている。ほかにも「木造アパートを一戸建てに」「木造アパートを世界最小の文化施設に」などの事例が並び、見出しをひろっていくだけでも、おもちゃ箱をひっくり返したような楽しげな空気が漂う。ここで展開されるのは、苦虫をかみつぶした「空き家問題」ではなく、目尻が思わず下がるような「空き家活用」なのである。
 本書中に登場する尾道の豊田雅子さんは「建物が好きで好きでたまらない人で、どんなにボロな建物にも素敵な部分を見つけてほめる。これを何とかしなくちゃと愛情を込める。空き家は宝の山と信じていてこれが周囲に伝播するのです」と評される。この一文からは、すでに世に生み出されたものを肯定的に認め生かそうという姿勢を照らす強い意志が感じられる。
 著者の中川寛子さんは「この世に家がある限り」というブログを長らく続けている。編集者がこのブログを目にして、本書が世に出ることになったと聞く。中川さんはここ何年、不動産の活用をテーマに取材を続けていたのだが、ふと、気がつくと、かなりの例が空き家を利用したものだった。空き家をマイナスと思わないところから入ったので、「こんなに空き家がある。たいへんだ!」といった論調の報道に違和感を覚えていたという。
 成熟社会は、これまで積み上げてきたストックを知恵を凝らして生かす「宝探し」の社会である。中川さんは「今後、さらに問題が深刻化したときに大きな負担を背負うことになるのは、今、空き家を抱えている七〇代、八〇代ではなく、最後にババをひくのは三〇代、四〇代」と指摘する。そのうえで今後の空き家問題を考えるキーワードとして「愛情」と「連携」を挙げる。空き家をポジティブにとらえ、「これを財産として活用していける人、つまり過去のマイナスを将来のプラスに転じさせられる人がこれからの社会を作って行くのだろう」という考え方には大賛成である。

(あだち・いさお 日経BPインフラ総合研究所長)

ちくま新書
解決!空き家問題
中川寛子著
820円+税

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