「ライトノベル以後」を読み解くための、ウェブ小説の生態系分析/仲俣暁生

 書店の店頭風景が、最後に大きく変わったのはいつ頃だろう。それはおそらく「一般文芸」という言葉の流布と軌を一にしている。「純文学」と「大衆文学(あるいはエンタメ)」つまり芥川賞/直木賞に象徴される伝統的な区分や、「ミステリ」「SF」「時代小説」「官能小説」等のジャンルによる区分を無効化するかのように、これらすべてを「一般文芸」と呼び、そこから自らを区別し自立しようとする外部が、いつしか生まれていた。
「一般文芸」がひとしなみに市場規模を縮小させて行くなかで、この「外部」はすくすくと成長を続け、次第に大きな市場を形成していく。いわゆるライトノベルのことである。二〇一二年に刊行された『ベストセラー・ライトノベルのしくみ――キャラクター小説の競争戦略』で、著者はこのライトノベルという現象の構造分析を、経営学的なフレームワークをもちいて「作品」と「商品」の両面から鮮やかに行ってみせた。
 その続編というべき本書は、ライトノベルのさらに「外部」に形成されつつある「ウェブ小説」の生態系を、前作と同様に「作品」と「商品」の両面から分析した著作である。
 今回も論旨は明快だ。紙の小説雑誌(いわゆる文芸誌・小説誌)は発行部数がきわめて少なく、読者の目にふれる機会がないゆえに影響力をもたない。新人賞で作品を公募し、編集者や作家が有望な新人を選考するシステムも機能不全を起こしており、そこから「売れる作家」が登場しなくなって久しい。それはなぜか? インターネットという、現実の読者と作家予備軍の大半が生息しているフィールドから切れているからだ。
 本書の主役である「ウェブ小説」とは、インターネット(正しくはウェブ)上で自発的に書かれ、読まれ、評価され、淘汰されていく一連の文芸作品のことだ。日次のページビューが二〇〇〇万を超え、四六万人の作家登録者を擁するという「小説家になろう」や、小説とマンガを合わせて日次ページビューが一〇〇〇万を超える「E★エブリスタ」といった「ウェブ小説投稿プラットフォーム」は、新しい才能が見出され、読まれ、売れていく環境を、従来の小説新人賞よりもはるかに効率的に作り出すことに成功している。少なからぬ「ウェブ小説」作品が商業出版のルートに乗り書籍化され、さらにはマンガや映像作品となり、その結果また紙の本が売れる。だからいまやどの書店の店頭にも、ネット由来の文芸作品が日々増殖していくのだ。
 本書はこうした「ウェブ小説」の書店店頭での動きにも目を配ることで、「商品」としての本をめぐってリアリティのある議論が展開されていく。その意味で本書はまず、すぐれた出版ビジネス論として読むことができる。
 本書の前半(第一部~第三部)は、ここ数年の「ウェブ小説」の登場によるライトノベル以後の新しい文芸環境の解説がなされる。そして後半(第四部~第六部)では、そこで書かれ、読まれている作品の分析がより詳細に、行われていく。一〇代の頃にライトノベルの読者であった現在三〇~四〇代の世代が、現在の「ウェブ小説」の中心的な書き手であり読者である、という指摘はこの分野に疎い人にはちょっとした驚きかもしれない。書店の店頭では同じような「イラスト入り小説」に見えるが、ウェブ小説とライトノベルとでは、もはや読者層も内容もまったく異なっているのだ。
 本書の議論は「ウェブ小説」書籍化に重点が置かれているが、当然、インターネット上の「ウェブ小説」の動きはさらに速い。そのダイナミズムが孕む可能性を、業界ウォッチャーとしてではなく、批評(=読者)的視点で共感をこめて書かれていることが本書の最大の魅力だろう。下部構造(アーキテクチャ)を正確に語りつつ、その上に花咲く作品(コンテンツ)の魅力を説得的に語ることが、ゼロ年代以後の批評に課されたテーマだとすれば、本書はそれを十分に達成している。
(なかまた・あきお 編集者/文筆家)

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