【特集 ちくま文庫30周年記念】 志ん朝の声/パオロ・マッツァリーノ
年末年始のテレビはお笑いのネタ番組だらけと文句をいう人もいますけど、ベテランから新人まで、西や東のいろんな芸人を一挙に見られる機会はこの時期だけなので、私は毎年楽しみです。
コントも漫才も漫談も好きですが、「一人コント」って芸だけは、どうしてもなじめません。最近売れてる人だと、あばれる君とかああいうの。べつに彼個人をディスってるわけじゃなく、あのタイプの芸全般に拒否反応が出るんです。
なんでかな、と考えていたのですが、先日、ひさしぶりにある本を読み返していて、違和感の正体に気づきました。
その本とは、ちくま文庫の『志ん朝の落語』。
一人コントは、自分が演じるキャラのセリフしかいいません。演者はいかにも相手のセリフを聞いたかのような演技でそれに反応していくのですが、架空の相手が見えてくるほど芸を極めていないんで、歯がゆさだけが残ります。
落語では、演者が複数の登場人物を演じわけます。シロウトが落語をやると同一人物が会話してるようにしか聞こえませんが、プロがやれば長屋の大工と女房が口ゲンカしてる光景が目の前に浮かびあがります。そこが芸の見せどころ。
そういう落語の名人芸を見慣れているから、一人コントが未完成の半端な芸に思えてしまうんでしょうね。
で、私にとっての名人は志ん朝なんです。なんで志ん朝なのか? 人の嫌がる事実を皮肉を込めて書き、ダメな人間の業を肯定しようなんていってるパオロなら、談志とかが好きなんじゃないの、といわれたこともあります。嫌いじゃないですよ。だけど、その談志さんが「華麗で演劇的」と評した志ん朝こそが、私のヒーローでした。
こどもの頃からずっと、将来なりたいものってのがなかったんです。なんにもなりたくなかった。そんなダメ人間の私が唯一かっこいいオトナと思えたのが、テレビでちょくちょく目にした志ん朝さんでした。
粋でキップのいい江戸弁で正統派の古典落語を演じつつも、どこか現代的なインテリジェンスが感じられるところにあこがれましたねえ。
志ん朝は人気者でしたから、現在でもCDやDVDがいっぱい出てます。だけど、本なんです。わざわざ本で読む理由があります。
流れ流れて私はいま、もの書きというなんの保障もないやくざな世過ぎをしています。ある意味、何者にもなりたくないという夢がかなったのかもしれません。神様、ありがとう!
なかなか読者には伝わらないのですが、自分では、落語や講談に学び、言葉のリズムにまで気を配って読みやすさを追求してるつもりです。そのためにも折を見ては『志ん朝の落語』を読み返し、心の師に稽古をつけてもらいます。
落語の音源を活字にした本では、間投詞や口ぐせを省いてるものも多いのですが、それだとせっかくの噺家の個性を殺しちゃいませんか。
『志ん朝の落語』は、「ねぇ?」みたいな志ん朝ファンにはおなじみの口ぐせも一言一句漏らさず活字にしてあるのがうれしいんです。読んでるだけで志ん朝の生々しい声が聞こえてきます。
ちくま文庫には、圓生、志ん生、正蔵などの落語を活字にしたシリーズもあります。そちらもひととおり目を通してみたのですが、私には声が聞こえてきませんでした。活字から声が聞けるのは、生の声を知ってる人だけの特権なのかも。
破天荒のご本尊みたいな志ん生の息子なのに、志ん朝はマジメな人だったから、伝記や芸談はいまひとつ。芸談であればやはり談志の独壇場だし、噺家の自伝では志ん生の『びんぼう自慢』がめっぽうおもしろい。芸能人の不倫や浮気なんかに目くじら立ててるみなさんは、ぜひご一読を。
(戯作者)
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