魔法を奪われた少女の成長と祈りの物語/石井千湖


 ファンタジーとは魔法が実際に働く世界の物語という定義に照らし合わせるなら、乾石智子は王道中の王道を行く作家だ。書物に不思議な力が宿るデビュー作『夜の写本師』から、感情を吹きこまれた石が人々を動かす『双頭の蜥蜴』まで、さまざまな魔法を描いている。
 最新作『炎のタペストリー』は、主人公があらかじめ魔法を失っているところにまず引き込まれた。エヤアルはハルラント聖王国の〈西ノ庄〉と呼ばれる地域で生まれた少女。五歳のころ、彼女は〈胸のうちに満ちていたざわつき〉の存在に気づく。両親は六歳になって魔法教師が来るまで、どんなに胸の中がざわざわしても、それを自由にしてはならないと口を酸っぱくして言い聞かせる。しかし、エヤアルは軽い気持ちで胸にたまったざわつきを解放してしまう。
〈数滴の水と火が、金色のつむじ風のようにからまりあいながらほとばしり、丘の上を走っていった〉という一文から始まる破壊の描写に圧倒された。森と山をまるまる一つ焼いたエヤアルの魔力は、やがて現れた炎の鳥に奪われる。
 物語が動きだすのは八年後だ。長い内戦のせいで弱体化したハルラント聖王国は、隣国によって国境をたびたび脅かされていた。国は魔力を持つ者を次々と招集する。エヤアルは魔力を持たぬ〈空っぽの者〉だから兵士にはなれないが、人員不足のため砦に連れて行かれるのだ。
 序盤の読みどころは〈空っぽの者〉であるエヤアルが抜群の記憶力を見出されるところだろう。観察したことを正確に言葉に置き換える技術も身につけて、彼女は国王ペリフェ三世の側に仕え〈しゃべる祐筆〉として活躍する。祐筆とはふつう書記のことだが、文字の読み書きができないので何でも口頭で再現してみせるのだ。名探偵ホームズさながらの推理で、王弟カロルの従者の名前と家業を当ててみせるくだりは痛快。無知ゆえに森と山を焼いた自分の罪を忘れず、家族思いで頭もよく、王様が相手でも媚びない。そんなエヤアルを好きにならずにはいられない。
 声だけで人を操る強力な魔法の持ち主である王は、嫌がるエヤアルをカロルに託し、太陽帝国の都ブランティアへ派遣する。彼女が旅の途中で家に帰ると言いだす場面には思わず笑みがこぼれた。王命には逆らえないから諦めろとなだめるカロルに、こう詰め寄るのだ。〈ならば、本当のことを話してください。従者見習いにはすぎた言い分かもしれませんが、わけもわからず『とってこい』をやらされる犬よりは、わたしの頭は賢いんです〉。絶句するカロルと他の従者たちに対して、彼女はさらに〈わたしは……わたしは一体、何者なんですか。何者にならなきゃならないと、殿下は考えていらっしゃるんですか〉と問う。
 エヤアルをブランティアに行かせた王の真意はどこにあるのか。彼女は何者なのか。かつて少女の魔法を奪った炎の鳥が森の木に残したメッセージとは? ページをめくるたびに増えていく謎が、心をつかんで離さない。民が知恵を身につけることは奨励されず、祐筆の地位も低いハルラント聖王国と違い、〈猫でも本を読む〉と言われる文化都市ブランティアで、エヤアルが文字と織物を学ぶところもわくわくする。彼女は厳しい指導に耐え、新しい知識を吸収しながら、意外な方法である人物を救うのだ。
 ヒロインの成長、少女と騎士の淡い恋、権力者の野望、魔法がもたらす災いと奇跡、架空の国のリアルな風景と生活……色とりどりの要素が織り込まれた美しいタペストリーのような物語だ。タイトルの意味が明らかになる二七三ページにたどり着いたとき胸が熱くなった。魔法の力とは言葉の力であり、祈りの力でもあるということが伝わってくる。
(いしい・ちこ ライター)

炎のタペストリー
乾石智子著1600円+税

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