「城めぐり」は楽しさ無限大/春風亭昇太
あれは、僕が中学生の頃だった。何気なくタンスの中から、桐の箱に入った小さな小箱を見つけ、母親に聞いてみると、それは僕が生まれた時の「へその緒」だと言う。こんなふうに取っておいてくれている物なんだと、桐の箱に書かれている、僕が生まれた地名を読むと「静岡県清水市二の丸町」と書いてあった。「二の丸」という言葉が、お城にまつわるものである事ぐらいは知っていたが。はて、あそこにお城なんて無いし、何で「二の丸町」なんだろうと、次の日に図書館で調べたら、そこは武田信玄の家臣、馬場美濃守築城の「江尻城」のあった場所と知った。いつも商店街に行く時に使っていた、何でもない道や小学校が城域であった事が衝撃だった。「江尻小」じゃなくて「江尻城」だったとは……。
それから、郷土史の本などを読み始めると、有るわ有るわ。身の回りの山や神社や街中にお城があった事を知る。お城といったら、隣町の静岡市にある「駿府城」しか知らなかった僕には、こんな近くにも城があったんだ、という発見が新鮮で、市内の城跡を見に行くうちに「庵原山城」と出会った。昔は堀代わりにしていたであろう川に架かった小さな橋を渡り、中に入って行くと、地権者と思われるオジさんが農作業をしていた。その方に「すみません、庵原山城を見せて下さい」とお願いすると「何も無いよ」と言いながら、それでも少し嬉しそうに、作業の手を止めて案内をしてくれた。茶畑になっている主郭部の広いスペースに出ると「ここは千畳敷って言って、お屋敷があったんだよ」と教えてくれ「その奥が、堀だね」そう促されて見に行った先には山を遮断する「堀切」が目に飛び込んできた。「カッコイイー」と思わず口から漏れた。何も無くないじゃないか。石垣に天守閣という城が持つ優美さは無いが、その無骨な小さな城は僕のハートをつかんで離さなかった。
こうなると、もう止まらない。次第に近隣の「丸子城」「諏訪原城」など城郭ファンにも有名な城にも行き始めると、さらにヒートアップ。「竪堀」「三日月堀」に「丸馬出」など様々な工夫は「守り、戦う」という城郭の本質そのものに思えた。
その後、大学に入り「落語」を知り、落語家になった僕は「城めぐり」の旅を一時中断する事になるのだが、仕事にも余裕が出て、多少わがままも聞いてもらえるようになった昨今、再び「城めぐり」の快感がもたげて、地方の仕事に行く時には事前に調べてから、少し早い列車に飛び乗って「城めぐり」を楽しんでいます。
城めぐりの楽しさは、無限です。史跡としての「城」、縄張りから見る「城」、旅としての「城」。何しろ日本国中に四万とも五万ともいわれる城の多さは、城の無い場所を探す方が難しいくらいだし、現在でも新しい城が見つかっている。どんな研究者でも、日本の城の全てを観た人などいない程、奥が深いのです。
城を見始めた頃は、世間の中世の城郭に対する認知度も低く、この『戦国の城を歩く』のような本もありませんでした。僕は手探りで見に行くだけで、今考えれば多くの城で見所を見ないで帰っていて。あの頃こんな本があったら、若い頃の僕はもっと城を楽しめたのにと非常に残念です。是非いろいろな方に、この本を片手に城めぐりをして頂きたい。何も無いと思っている地面の凸凹に、土塁や堀や櫓が見えて来ると思います。少なくとも、天守閣を見る事が城を見る事では無いことが解って頂けるはずです。
先日、故郷に帰る機会があり、久しぶりに「庵原山城」を訪ねてみました。僕を魅了した城跡には、第二東名高速道路の支柱が立ち、主郭は削られ、堀切も消滅。「開発」という名目に対しては、どんな名城も守る術を知りません。それがあるとしたら、現代人の城郭に対する理解だけだという事も教えてくれた「庵原山城」でした。
(しゅんぷうてい・しょうた 落語家)
『戦国の城を歩く』
千田嘉博著
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