私が読んだ「ちくま新書」・偽善者になれないこどもたちへ/パオロ・マッツァリーノ

 オトナになるって、どういうこと?
 そんな蒼い疑問とまともに向きあう機会も必要もないまま、気がつくといつのまにかオトナになっていたのでした。
 教養系新書を、レポートや宿題のためでなく、自主的に気負わずスマートに読めるようになったら、そう、それがオトナになったということかもしれません。
 若いころは見向きもしなかったおからや白和えが、妙に食べたくなってきたら、そう、それもオトナになった証拠。
 鼻毛に白髪が混じっているのを発見したら、そう、それがオトナ記念日。
 ぐでんぐでんに酔っぱらい、おみやげ提げて千鳥足で家路につくようになったら、そう、それが……
 オトナなのか? 私がしたかったのは、そういう表面的な話ではありません。ここ数年、新書の中身が軽すぎる、との批判が高まる中、とってもカジュアルな新書を出して片棒かついだ私がいうのもおこがましいのですが、もう少し内面的なお話がしたいのです。
 そもそも、オトナになるとはどういうことかなんて疑問に、アラフォーの私がいまさら向き合うことになったのは、数か月前、自分のサイトに書いた文章がきっかけでした。
 ――まともなオトナ、まともな社会人なら、利権にも偽善にも無縁で生きていくことなど不可能だとわかってるはず。若者ならともかく、いい歳こいて偽善なんて青臭い言葉で他人を批判してるようなヤツはトッチャン坊やだ――
 ヘンですかね。自分としては、ごくあたりまえのことを書いたつもりだったのですが、反発のメールが何通か届いちゃいました。「偽善なんてとんでもない!」「偽善は裏でなんらかの利権とつながっているんだ、許せない!」
 なかば予期してはいましたが、そうかやっぱり、オトナじゃない人は多いんだなあ、とちょっとがっかりしたのも事実です。
 反発する意見に共通するのは、社会科学の理論による根本的、抜本的な社会問題の解決、マルかバツかの純粋な正しさを求める傾向です。
 でも、世間にまみれてオトナになった人なら知ってます。社会問題に根本的な解決法など存在しないということを。百パーセントの正義なんてものも存在しないということを。それでも前に進まなきゃいけないことも。
 オトナになれないみなさんに、ぜひ読んでいただきたいのが、小林和之さんの『「おろかもの」の正義論』です。
 正義なんて信じない、と得意げにいう人は、深く考えもせず正義や偽善を切り捨ててるだけです。単なる逃げですよ。
 そこいくと、著者の小林さんはオトナです。正義は信じられないかもしれないが、人間にとって「正しさ」は確実に存在する。存在する以上は考えなきゃいけない、と。
 しかも正しさを他人に伝えるためには、具体性とおもしろさとわかりやすさも欠かせないとしています。ともすると、学者はその三つを目の敵にするものですが(抽象化や理論化にはジャマだから)、それじゃ世間に伝わらない。
 もちろん、私だって小林さんの意見にすべて賛成はできません。あたりまえです。だって正しさはつねに中途半端なものなんですから。立場によって変わるし、裏も表もあるんです。極言すれば、この世に存在するすべての正しさは偽善なんです。でも少なくとも、偽善同士で話し合ってルールを決めることはできるはず。
 どんなに深く考えようと、熱心に話し合おうと、結局は中途半端な偽善で妥協するしかないのが、現実の社会です。だけど、深く考えて納得した上での妥協と、最初からなにも考えない適当は、結果が同じに見えても中身が全然違います。
 中途半端に正しい現実と、勇気を持って向きあえるようになれば、そう、それがオトナになったということ。
(ぱおろ・まっつぁりーの 戯作者)


小林和之『「おろかもの」の正義論』

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