白黒つけずに踏みとどまること/川端裕人

 五年ほど前、母が甲状腺がんを患った。その際、母はいわゆる代替療法に興味を持った。波動と水で免疫力アップとか、○○を飲んでがんが消えたとか、少々の科学的な言葉で味付けされた諸療法は、半分神秘的な顔も持っており、母には魅力的に見えたらしい。通常の医療も受けつつのことだから好きにすればと思う反面、やたら高価だったり、やはり有効性よりも害の方が心配になったりもしたので、かなり苦労して説得した。
 ──その○○療法で治った人の話ばかり聞こえてくるけど、治らなかった人の方がずっと多いと思うよ。あと、その治療をせずに治った人もいると思う。誤診とか、何かの拍子とかいろいろあるだろうから。製薬会社ががんの薬を探すのにどれだけお金を使っているか知っている? もし、本当に効くんだったら、とっくの昔に、どこかの大手が薬にして大儲けしているよ。そうならないのは、調べても効果がなかったってことなんだよ。
 といったことを一生懸命語ったのを覚えている。
 前置きが長くなったけれど、本書『科学と神秘のあいだ』は、科学的とされる客観的事実と、科学的な裏付けはなくともなぜか人にリアルに認識され、時には惹きつけてやまない「神秘」について、多角的広角的に考察するエッセイと論考だ。
 著者はニセ科学批判の急先鋒として知られる。水に「ありがとう」と伝えればきれいな結晶になるとか、マイナスイオンが体にいいとか、血液型で性格が分かるとか、どこかで科学的に聞こえる雰囲気を醸しつつ、実際には科学的証拠がなかったり、都合のいいところだけつまみ食いしているだけの話を、実害を伴う場合、厳しく追及してきた。けれど、本書はむしろ人が、人それぞれの「リアルさ」の感覚と、客観性の間を揺れ動く様を様々な方面から語ろうとする。読み進めつつ、ぼくが、あの時、母になんと言えばよかったのかずっと考え続けた所以だ。
 本書でも引き合いに出される天気予報の例が分かりやすい。五〇%の降水確率と言われた時に感じるリアリティは人によって違う。必ず傘を持っていく人もいれば、雨が降ってからでないと傘のことを考えない人もいるだろう。いや「リアル」さだけでなく、その日、一張羅を着ているか、ほかの荷物がどれだけあるか、といった要素も関係してくるだろう。ぼくたちは、科学的根拠のある予報「降水確率五〇%」に感じるリアリティとその他の要素をいろいろ考えたり、無意識に引きずられたりして「折り合い」をつけている。
 おそらく、この「折り合い」をつける感覚を意識できるかどうか、というのが大切な点なのかもしれない。ちまたに跋扈し、時には明らかに有害になってしまうニセ科学の信奉者は、自分たちが感じるリアリティと、しっかりと調べられてきた科学的な証拠を持つ事実とをどう折り合わせるか、ということについて無批判・無自覚なのではないか。それによって、水は人の善意や悪意に反応するという授業が学校で堂々と行われたり、「血液型差別」が起きたり、代替医療にのめり込むあまり通常医療を拒否して死に至るような人が出たりしてしまう。
 さて、五年前、がんの宣告を受けた母は、結局、代替医療を受けることなく、通常医療の範囲内で手術を受け、また、引き続いて放射線治療を受けた。そして、今も、元気にしている。無駄なコストをかけることなく、その時点でベストの選択が出来たと思っている。とはいえ、母はぼくの理屈を理解して代替医療を見送ったのではなかった。「あんたが言うんなら信じる」と、近しい存在である息子の説得により多くのリアリティを感じただけの話。そして、彼女なりの折り合いをつけた。
 結果オーライ? 何を信じて、何を信じないのか。科学的な証拠のある事実と神秘の間にはなにがあるのか。その「間」を考察することに重きを置いた本書には、明確な解答はない。あるはずもない。白黒を付けずに踏みとどまる誠実さこそ、ニセ科学にはなくて、本書にはあるものなのだ。
(かわばた・ひろと 作家)

『科学と神秘のあいだ』 詳細
菊池誠著

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