生き物たちの「わが家の歴史」/南 正人

 先日、何気なくフジテレビ開局五〇周年記念の三谷幸喜脚本の三夜連続のドラマ「わが家の歴史」の最終日の放映を見た。後で調べてみると、二〇%を超える高視聴率だったらしい。
 戦後日本の激動の時代に生きた名もない家族の歴史を描き、ところどころに当時活躍した実在の著名人との接点を設定することで時代との関係性を作り出していた。登場するひとりひとりのそれぞれの事情と生き方、そして家族としての絆を描いていた。若い世代も含めて、多くの人が自分の人生や家族と重ね合わせてドラマを見、そして共感しただろう。
 私たち人間は優れた記憶力を持ち、過去の出来事を覚えている。時には、忘れていたと思っていたことも、何かのきっかけで鮮明によみがえることさえある。そして、その記憶のほとんどは楽しいことであり、懐かしさに包まれる。苦しいことや切ないことも思い出すが、その場合でも本当の苦しさや痛さはかなり軽減されていて、むしろ「あの時は苦しかったなあ」という懐かしい思い出になっていることさえある。心理学を専攻している人に聞くと、人間が進化の中で身につけてきた能力だという。そうやって、自己を防衛しているのだそうだ。
 さらに、人間は高い想像力も持っている。テレビの登場人物を自分の過去の記憶に重ね合わせるだけでなく、まるで自分がその場にいる情景を想像したりする。このドラマが同じ時代を生きた世代に特に好評だったらしいことは容易に想像がつく。
 さて、それでは、このドラマで描かれていたことと同じようなことが、私たちの身の回りの生き物にもあるということを想像できるだろうか。多くの人には想像がつかないだろうし、「下等な生き物」にはそんなことがあるとは考えもしないかもしれない。たしかに、人間ほどの思考力をもたない生き物には、あれほど豊かで複雑な関係性はないかもしれない。
 しかし、街路樹にとまっているスズメにも、公園の一角に生える「雑草」にも、それぞれの事情がある。そして、それぞれのスズメは他のスズメと何らかの関係性を持って生きているし、街路樹や公園の草木など他の種類の生物たちとさまざまな関係性を持って生きている。それを実際の観察例を用いて表そうとしたのが、拙著『野生動物への2つの視点』である。
 私は宮城県の離島にいる野生のシカの一五〇頭に名前を付けて二〇年間追跡してきた。その結果、それぞれのシカの二〇年間の家系図ができている。当時のシカはすべて死んでしまったが、ある家系ではそのシカの孫や曾孫が今も生きている。一方では、滅んでしまった家系もある。私は、それぞれの家族の存亡やその事情、そしてそれぞれのシカの生き方を調べることで、自然淘汰という現象を研究してきた。読者に紹介したいのは、この現象を貫く法則であるが、同時に生き物がそれぞれの事情の中で「必死に」生きていることである。それは、あたかも、それぞれのシカに「わが家の歴史」があるかのようである。
 共著者である高槻さんは、三〇年以上にわたって、シカと植物の相互の関係を調べてこられた。シカから見れば食物である植物が、実はシカを利用して種子を運んでもらっていたり、ライバルに勝つためにシカを利用していたり、シカと植物の関係は単純ではない。さまざまな生き物が登場し、それらがまるで網の目のように関係し合って生きていることが紹介される。
 個々の事情や相互の関係性が、人間以外の生き物にあることを具体的に知ると、生き物の世界がまるでドラマのように豊かで複雑な関係性に満ちたものであることが見えてくるだろう。それは単に「かわいい!」という直感的な見方より、生き物や自然に対するはるかに深い共感につながるだろう。このような理解と共感が、最近よく耳にするようになった「生物多様性」の意味を本当に理解することやその保全につながると期待している。新しい視点から見える生き物の世界を体験していただきたい。そして、いろいろな生き物の生活を想像していただきたい。
(みなみ・まさと 麻布大学講師)

『野生動物への2つの視点 ─”虫の目”と”鳥の目” 』 ▼詳細
高槻成紀著・南 正人著

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