「勝手にやれ」といわれる高揚感/戌井昭人
大竹伸朗さんの本を読んでから眠ると変テコな夢を見るような気がします。どんな影響を受けて眠りについているのかわからないのですが、トリトメのないことがズンズン目の前で起きていくのです。そもそも夢自体がトリトメのないことなのですが、そのトリトメのなさの度合いが、よくわからないことになってしまいます。今回、寝床で『ネオンと絵具箱』を読んで、眠りにつきましたら、アジアの蒸し暑いどこかの国で、長い坂道をママチャリで下っていて、あげくスッ転んで、フレームの折れた自転車を眺めながら、道端にあった木からバナナをもぎ取り泣きながら食べた夢と、手術台で腹を裂かれ医者が腹に手を突っ込みなにやら白いモノを取り出し「ケッ」といった感じでそれを床に捨て、雑に傷口を縫ってくれたのですが、あまりにも酷い縫い方だったので、「その医者、訴えた方がいいよ」と友達に言われる夢を見ました。
本書には「他人の夢を長々と聞くことが苦痛なのは、味わうことでしか伝わらない味覚を、話す側も聞く側も理屈で受け止めようとするからではないか」とあるのに、夢のことを書いて申し訳ありませんが、自分は大竹さんの文章から勝手な影響を受けて夢を見たいと思っているからなのです。
夢もそうなのですが、本書にはトリトメのない大竹さんの日常がたくさん詰まっていまして、読んでいると時間がウネーッと歪んでいき、目次を眺めているだけでも、ニヤついてしまいます。「カスバ熱」「ド鳥羽」「マムシと宇宙」「ボロ家の無意識」などなど、「冥土・イン・日暮里」の項は突っ走ったトリトメなさが爆裂して、とんでもないことになっています。
しかし世の中はこのトリトメのなさを隠そう、もしくは正そうとしたりします。人間はトリトメがないと落ち着かないのか、その状態から抜け出そうとしたりします。音楽や映画でも、トリトメのないものは売れないとか完成度低いとかいわれてしまい、まとまりのあるものにしようとするのが世の中の常なのではないでしょうか。しかし、それって実は、あまり面白くないし、魅力的ではありません。
大竹さんはトリトメのなさを、まとめたりするのではなく、散らばったトリトメのなさをジッと眺め、いい塩梅を見つけ出します。複雑に捉えたり、変に高みに上ろうとせず、その場に身を置いているから、突然、なにやら変テコな思いが浮かんできたり、味わい深い人が目の前に現れたりするのです。
造船所で作品を制作していた大竹さんは、ある日、桟橋で海を眺めていたら、「ド」の文字がポッカリ頭に浮かんできます。そして造船所と演歌を結ぶキイポイントは、この「ド」なのではないかと気づくのです。「ド演歌」の「ド」です。また、山間の倉庫で作品を制作していたら、Yさんという人がマムシを持ってきて効能をとうとうと語り、一気にマムシの皮を剥きだしたりします。他には、フランスでトンカチの美にエクスタシーを感じたり、漫才を見て「徹底的な無責任」からポッと生まれるユーモアが、自分が「絵」を完成させる際の「間」と強くつながっていると考えたり、インタビューを受けていたら、絵に突進して倒れた子供がいて、その子供に、えらく感心したりしています。
こんな風に、大竹さんの日常を断片的につまみ出すと、ますますトリトメがなくなり、この人、大丈夫か? とか思えてしまいます。でも、そんなことはありません。とにかく日常ってのはトリトメがないから面白いのだと気づかせてくれます。まとまってばかりじゃツマラねえぞ、パラッと散らばれ、解散だ。そんなことを言われている気になります。「集合」の号令よりも、「解散」の清々しさが、そこにはあるのです。「遠足は家に帰るまでが遠足です」ではなく、「解散したからもう自由だ、勝手にやれ」と言われたような高揚感が味わえる本書なのであります。
(いぬい・あきと 作家・鉄割アルバトロスケット主宰)
『ネオンと絵具箱』 詳細
大竹伸朗著
ご注文方法はコチラ
トップに戻る
バックナンバー
- 第637号24年4月号
- 第636号24年3月号
- 第635号24年2月号
- 第634号24年1月号
- 第633号23年12月号
- 第632号23年11月号
- 第631号23年10月号
- 第630号23年9月号
- 第629号23年8月号
- 第628号23年7月号
- 第627号23年6月号
- 第626号23年5月号
- 第625号23年4月号
- 第624号23年3月号
- 第623号23年2月号
- 第622号23年1月号
- 第621号22年12月号
- 第620号22年11月号
- 第619号22年10月号
- 第618号22年9月号
- 第617号22年8月号
- 第616号22年7月号
- 第615号22年6月号
- 第614号22年5月号
- 第613号22年4月号
- 第612号22年3月号
- 第611号22年2月号
- 第610号22年1月号
- 第609号21年12月号
- 第608号21年11月号
- 第607号21年10月号
- 第606号21年9月号
- 第605号21年8月号
- 第604号21年7月号
- 第603号21年6月号
- 第602号21年5月号
- 第601号21年4月号
- 第600号21年3月号
- 第599号21年2月号
- 第598号21年1月号
- 第597号20年12月号
- 第596号20年11月号
- 第595号20年10月号
- 第594号20年9月号
- 第593号20年8月号
- 第592号20年7月号
- 第591号20年6月号
- 第590号20年5月号
- 第589号20年4月号
- 第588号20年3月号
- 第587号20年2月号
- 第586号20年1月号
- 第585号19年12月号
- 第584号19年11月号
- 第583号19年10月号
- 第582号19年9月号
- 第581号19年8月号
- 第580号19年7月号
- 第579号19年6月号
- 第578号19年5月号
- 第577号19年4月号
- 第576号19年3月号
- 第575号19年2月号
- 第574号19年1月号
- 第573号18年12月号
- 第572号18年11月号
- 第571号18年10月号
- 第570号18年9月号
- 第569号18年8月号
- 第568号18年7月号
- 第567号18年6月号
- 第566号18年5月号
- 第565号18年4月号
- 第564号18年3月号
- 第564号18年3月号
- 第563号18年2月号
- 第562号18年1月号
- 第561号17年12月号
- 第560号17年11月号
- 第559号17年10月号
- 第558号17年9月号
- 第557号17年8月号
- 第556号17年7月号
- 第555号17年6月号
- 第554号17年5月号
- 第553号17年4月号
- 第552号17年3月号
- 第551号17年2月号
- 第550号17年1月号
- 第549号16年12月号
- 第548号16年11月号
- 第547号16年10月号
- 第582号19年9月号
- 第546号16年9月号
- 第545号16年8月号
- 第544号16年7月号
- 第543号16年6月号
- 第543号16年6月号
- 第542号16年5月号
- 第541号16年4月号
- 第540号16年3月号
- 第539号16年2月号
- 第538号16年1月号
- 第537号15年12月号
- 第536号15年11月号
- 第535号15年10月号
- 第534号15年9月号
- 第533号15年8月号
- 2019年8月号 No.581 目次はこちら
- 第532号15年7月号
- 第565号18年4月号
- 第531号15年6月号
- 第530号15年5月号
- 第529号15年4月号
- 第528号15年3月号
- 第527号15年2月号
- 第526号15年1月号
- 第525号14年12月号
- 第524号 14年11月号
- 第523号14年10月号
- 第522号14年9月号
- 第521号14年8月号
- 第520号14年7月号
- 第519号14年6月号
- 第518号14年5月号
- 第517号14年4月号
- 第516号14年3月号
- 第515号14年2月号
- 第514号14年1月号
- 第513号13年12月号
- 第512号13年11月号
- 第511号13年10月号
- 第510号13年9月号
- 第509号13年8月号
- 第509号13年8月号目次
- 第508号13年7月号
- 第507号13年6月号
- 第506号13年5月号
- 第505号13年4月号
- 第504号13年3月号
- 第503号13年2月号
- 第502号13年1月号
- 第501号12年12月号
- 第500号12年11月号
- 第499号12年10月号
- 第498号12年9月号
- 第497号12年8月号
- 第496号12年7月号
- 第543号16年6月号
- 第495号12年6月号
- 第494号12年5月号
- 第493号12年4月号
- 第492号12年3月号
- 第595号20年10月号
- 第491号12年2月号
- 第490号12年1月号
- 第489号11年12月号
- 第488号11年11月号
- 第487号11年10月号
- 第486号11年9月号
- 第485号11年8月号
- 第484号11年7月号
- 第483号11年6月号
- 第482号11年5月号
- 第480号11年4月号
- 第479号11年3月号
- 第478号11年2月号
- 第478号11年1月号
- 第477号10年12月号
- 第476号10年11月号
- 第475号10年10月号
- 第474号10年9月号
- 第473号10年8月号
- 第472号10年7月号
- 第471号10年6月号
- 第470号10年5月号
- 第469号10年4月号
- 第468号10年3月号
- 第467号10年2月号
- 第466号10年1月号
- 第465号09年12月号
- 第464号09年11月号
- 第463号09年10月号
- 第462号09年9月号
- 第461号09年8月号
- 第460号09年7月号
- 第459号09年6月号
- 第512号13年12月号
- 第456号09年3月号
- 第458号09年5月号
- 第455号09年2月号
- 第457号09年4月号
- 第548号16年11月号
- 第548号16年11月号
- 第454号09年1月号
- 第520号14年7月号
- 対談
- 第509号13年6月号
- 第524号14年11月号
- 第548号16年11月号
- 第565号18年4月号
以前のPRちくま
「ちくま」購読料は1年分1,100円(税込・送料込)です。複数年のお申し込みも最長5年まで承ります。 ご希望の方は、下記のボタンを押すと表示される入力フォームにてお名前とご住所を送信して下さい。見本誌と申込用紙(郵便振替)を送らせていただきます。
-
受付時間 月〜金 9時15分〜17時15分
〒111-8755 東京都台東区蔵前2-5-3