思わず加担したくなる/小谷真理
英国の児童文学作家であるローズマリー・サトクリフは、一昨年映画化された『第九軍団のワシ』でも知られるように、歴史的な題材をもとにしたハードで理知的な作品を得意とする。その志高くストイックな作風ときたら、ううむ、これはファンタジー界の高村薫様かと、密かに崇めたくなるほどだ。そう、サトクリフに甘ったるいロマンティシズムを期待してはいけない。彼女は人生の厳しさと崇高さを教えてくれる作家なのだ。とはいえ、禁欲度も高いので、子供にはちょっと地味で暗いかもね、という印象がなきにしもあらずだった。
ただし、今回四編が収録された二作品集を再読してみると、印象はずいぶん違う。暗くて地味と思えた物語の向こう側には、実に奥深い世界が広がっている。特に音楽や文学のなかで漠然と認知されている「ケルト」なるものの複雑な歴史性が再認識できる。小部族が互いに葛藤する狭間で形成されてきた「ケルト」というコンセプトは、防衛や併合、征服と独立、疎外と融和といった、今日の国際問題を反映しており、それが物語に複雑な陰影を与えている。
歴史ファンタジーとして描かれた『ケルトの白馬』は、紀元前一世紀に遡り、英国バークシャーに残る馬の地上絵を創作した人物の謎を推理した作品で、創造したものに魂をふきこみ民族的アイデンティティの問題を探求していく傑作だ。『ケルトとローマの息子』は、ケルト人の夫婦に拾われたローマ人の男子が長じて村を追い出され、ローマをめざすも、騙されて奴隷となり、そこからいかに自由をとりもどしたか、というまるで『ベン・ハー』の少年版のような話である。これら二編は、いずれも、古代の過酷な世界を、いかに少年が苦労して生き延びていくのかを描いている。北からも南からも異民族が上陸する古代ブリテン世界は、水際だけではなく、内陸でも先住民と征服者らの小競り合いが続き、たとえ子供であっても過酷な境遇を免れない。主人公たちは異種族間の紛争に挟まれながら成長する。
本当にむごい人生模様が描かれるのだが、実はサトクリフはいたいけな少年に、奴隷や捕虜の酷い体験を背負わせるのがお得意で、このへん、筆が絶妙に冴えわたる。現実はともかくお話の中では徹底的にいたぶられたほうがスリリングだし、児童文学だからまさか惨い結末にはならないだろうと(安易に)予測しながらも、艱難辛苦の旅は迫力満点で、読者は事件多発ストーリーから、目が離せない。
一方『炎の戦士クーフリン』と『黄金の騎士フィン・マックール』はアイルランドに伝わる英雄たちを題材にしたヒロイック・ファンタジー(英雄冒険譚)である。クーフリンは少女のように華奢な美丈夫だが、ギリシャ神話のアキレウスのように、めちゃくちゃ強い。ありえない設定……であるこの半神半人、行動も充分常軌を逸していて、怒りの火がつくと400%の勢いで爆発的な力を発揮し、その勢いを止めるのに水を三回ほどぶっかけられている。しかもその水はかけられるたびに沸騰する。二一世紀の現在なら『エヴァンゲリオン』のシンジ君(?)みたいなアニメっぽい光景でもあるが、それを映像ではなく、散文で違和感なく書きこなしていくのだから、すごい。独特のユーモア感覚が発揮されているのも、おもしろいところだ。
『黄金の騎士』のほうは、クーフリンの時代よりずっとあとのフィアンナ騎士団の活躍を描いたもの。人間の最も基本的な色と欲全開の話なので、首は飛ぶわ、略奪は横行するわ、不倫には陥るわの生々しいエピソードが満載。印象深いのが、女との「色欲」以上に濃密な、騎士団という男ばかりの世界。彼らのじゃれ合いのなかに、豪放磊落、自由闊達な気質が浮かんできて、書斎で愉しそうに書いているサトクリフの姿が浮かび上がり、読者はその空想力に加担したくなってしまうのだ。ともあれ、文明人がとうに捨て去った原初的生々しさを、北方の厳しい気候の濃密な大気のなかにみごと再生してみせたその洞察力と才覚を、わたしは心から楽しんだ。
(こたに・まり ファンタジー評論家)
『ケルト神話ファンタジー 炎の戦士クーフリン/黄金の騎士フィン・マックール 』 詳細
ご注文方法はコチラ
トップに戻る
バックナンバー
- 第637号24年4月号
- 第636号24年3月号
- 第635号24年2月号
- 第634号24年1月号
- 第633号23年12月号
- 第632号23年11月号
- 第631号23年10月号
- 第630号23年9月号
- 第629号23年8月号
- 第628号23年7月号
- 第627号23年6月号
- 第626号23年5月号
- 第625号23年4月号
- 第624号23年3月号
- 第623号23年2月号
- 第622号23年1月号
- 第621号22年12月号
- 第620号22年11月号
- 第619号22年10月号
- 第618号22年9月号
- 第617号22年8月号
- 第616号22年7月号
- 第615号22年6月号
- 第614号22年5月号
- 第613号22年4月号
- 第612号22年3月号
- 第611号22年2月号
- 第610号22年1月号
- 第609号21年12月号
- 第608号21年11月号
- 第607号21年10月号
- 第606号21年9月号
- 第605号21年8月号
- 第604号21年7月号
- 第603号21年6月号
- 第602号21年5月号
- 第601号21年4月号
- 第600号21年3月号
- 第599号21年2月号
- 第598号21年1月号
- 第597号20年12月号
- 第596号20年11月号
- 第595号20年10月号
- 第594号20年9月号
- 第593号20年8月号
- 第592号20年7月号
- 第591号20年6月号
- 第590号20年5月号
- 第589号20年4月号
- 第588号20年3月号
- 第587号20年2月号
- 第586号20年1月号
- 第585号19年12月号
- 第584号19年11月号
- 第583号19年10月号
- 第582号19年9月号
- 第581号19年8月号
- 第580号19年7月号
- 第579号19年6月号
- 第578号19年5月号
- 第577号19年4月号
- 第576号19年3月号
- 第575号19年2月号
- 第574号19年1月号
- 第573号18年12月号
- 第572号18年11月号
- 第571号18年10月号
- 第570号18年9月号
- 第569号18年8月号
- 第568号18年7月号
- 第567号18年6月号
- 第566号18年5月号
- 第565号18年4月号
- 第564号18年3月号
- 第564号18年3月号
- 第563号18年2月号
- 第562号18年1月号
- 第561号17年12月号
- 第560号17年11月号
- 第559号17年10月号
- 第558号17年9月号
- 第557号17年8月号
- 第556号17年7月号
- 第555号17年6月号
- 第554号17年5月号
- 第553号17年4月号
- 第552号17年3月号
- 第551号17年2月号
- 第550号17年1月号
- 第549号16年12月号
- 第548号16年11月号
- 第547号16年10月号
- 第582号19年9月号
- 第546号16年9月号
- 第545号16年8月号
- 第544号16年7月号
- 第543号16年6月号
- 第543号16年6月号
- 第542号16年5月号
- 第541号16年4月号
- 第540号16年3月号
- 第539号16年2月号
- 第538号16年1月号
- 第537号15年12月号
- 第536号15年11月号
- 第535号15年10月号
- 第534号15年9月号
- 第533号15年8月号
- 2019年8月号 No.581 目次はこちら
- 第532号15年7月号
- 第565号18年4月号
- 第531号15年6月号
- 第530号15年5月号
- 第529号15年4月号
- 第528号15年3月号
- 第527号15年2月号
- 第526号15年1月号
- 第525号14年12月号
- 第524号 14年11月号
- 第523号14年10月号
- 第522号14年9月号
- 第521号14年8月号
- 第520号14年7月号
- 第519号14年6月号
- 第518号14年5月号
- 第517号14年4月号
- 第516号14年3月号
- 第515号14年2月号
- 第514号14年1月号
- 第513号13年12月号
- 第512号13年11月号
- 第511号13年10月号
- 第510号13年9月号
- 第509号13年8月号
- 第509号13年8月号目次
- 第508号13年7月号
- 第507号13年6月号
- 第506号13年5月号
- 第505号13年4月号
- 第504号13年3月号
- 第503号13年2月号
- 第502号13年1月号
- 第501号12年12月号
- 第500号12年11月号
- 第499号12年10月号
- 第498号12年9月号
- 第497号12年8月号
- 第496号12年7月号
- 第543号16年6月号
- 第495号12年6月号
- 第494号12年5月号
- 第493号12年4月号
- 第492号12年3月号
- 第595号20年10月号
- 第491号12年2月号
- 第490号12年1月号
- 第489号11年12月号
- 第488号11年11月号
- 第487号11年10月号
- 第486号11年9月号
- 第485号11年8月号
- 第484号11年7月号
- 第483号11年6月号
- 第482号11年5月号
- 第480号11年4月号
- 第479号11年3月号
- 第478号11年2月号
- 第478号11年1月号
- 第477号10年12月号
- 第476号10年11月号
- 第475号10年10月号
- 第474号10年9月号
- 第473号10年8月号
- 第472号10年7月号
- 第471号10年6月号
- 第470号10年5月号
- 第469号10年4月号
- 第468号10年3月号
- 第467号10年2月号
- 第466号10年1月号
- 第465号09年12月号
- 第464号09年11月号
- 第463号09年10月号
- 第462号09年9月号
- 第461号09年8月号
- 第460号09年7月号
- 第459号09年6月号
- 第512号13年12月号
- 第456号09年3月号
- 第458号09年5月号
- 第455号09年2月号
- 第457号09年4月号
- 第548号16年11月号
- 第548号16年11月号
- 第454号09年1月号
- 第520号14年7月号
- 対談
- 第509号13年6月号
- 第524号14年11月号
- 第548号16年11月号
- 第565号18年4月号
以前のPRちくま
「ちくま」購読料は1年分1,100円(税込・送料込)です。複数年のお申し込みも最長5年まで承ります。 ご希望の方は、下記のボタンを押すと表示される入力フォームにてお名前とご住所を送信して下さい。見本誌と申込用紙(郵便振替)を送らせていただきます。
-
受付時間 月〜金 9時15分〜17時15分
〒111-8755 東京都台東区蔵前2-5-3