官邸の政治から学んだこと/松本健一
細川護熙元首相が「脱原発」を争点に、都知事選(二〇一四年一月二三日告示、二月九日投開票)に名のりをあげ、大きな話題となっている。それというのも、いちど政界を引退した細川氏の立候補を後押しし、安倍晋三政権に「脱原発」へと舵を切らせようと動いたのが、小泉純一郎元首相であるからだ。
小泉氏の「脱原発」論というのは、単純明快といえばそうもいえる。――これからも増えつづける「核のゴミの処分場」は見付かっていないし、見付かる可能性もない。だから、こんご原発に依存したり、再稼動をしたりするほうがよほど「無責任」だ、というのである。
原発問題を争点に据えて、都知事選に勝つか負けるかの二者択一戦法をとるのは、劇場型政治としては面白い。しかし、小泉氏が政治を劇場型の「面白さ」でやった結果は、郵政民営化の失敗や、イラク戦争への加担や、新自由主義による経済格差の拡大など、後ですべて国民へのつけとなって残されたことを忘れてはならない。
小泉氏への批判はさておき、細川氏の「脱原発」はどのようなものか。これはどうも、「原発ゼロ方針」を掲げながらも、それを貫徹できなかった民主党政権の腑甲斐なさに憤慨してのものらしい。細川氏の関係者は「細川氏は原発ゼロを閣議決定できなかった民主党はあまり信用していない」(『週刊朝日』一月二四日号)とのべている。
たしかに、民主党政権は二〇一二年九月一四日、「原発ゼロ方針」を閣議決定できなかった。これについて、わたしは本書『官邸危機――内閣官房参与として見た民主党政権』(ちくま新書、二月一〇日刊)で、くわしく言及している。もっとも、閣議の経過記録は残されない仕組みになっている。いつ、どのような理由でそうなったのか、わたしは知らない。この仕組みも、日本政治の「無責任体系」を助長しているような気がする。それゆえ、以下の記述はわたしの記憶と傍証による推理である。
――二〇一二年九月六日(当時は野田佳彦首相)、わたしは国家戦略担当大臣の古川元久さんに呼ばれて、内閣府に出かけていった。用件は、民主党内閣の「原発ゼロ方針」についてだった。わたしが古川さんに示したその三原則は、
一、四〇年廃炉ルールを厳格に守る。
二、日本のように地震・津波・火山などのような自然災害の危険性の高い国では、原発は新たに作らない。
三、現状でもその危険性の高い立地の原発(例えば浜岡原発)は、即時あるいは二〇三〇年までに順次、廃炉にしてゆく。
というものだった。
古川国家戦略担当大臣は、この三原則はじぶんの考えと基本的に同じだとのべて、民主党の党議をへたうえで、来週はじめにでも「閣議決定します」といった。なお、党議によって、「二〇三〇年までに」は「二〇三〇年代までに」と修正された。ともあれ、「原発ゼロ方針」は翌週閣議されることになった。
しかし、九月一四日、その閣議決定はなされなかった。閣議決定されれば次の内閣(自民党安倍政権)をも拘束する。当時の新聞報道によれば、「原発ゼロ方針」が閣議決定されなかった理由は、経済界からエネルギー供給不足を懸念する反対意見が出されたらしい、ということだった。
だが、わたしが耳にし、のちに判明した情報では、日本政府の「原発ゼロ方針」の閣議決定は『日米原子力協定』(一九八八年)に違反し、アメリカの原子力産業にも支障が出る、という意見が、アメリカ側から出されていたのだった。わたしは閣議には出ていないし、その閣議の経過は記録になっていないから、どこまでが事実なのか、わからない。しかし、そのおおよそが事実だろう。とすれば、ことは民主党政権の腑甲斐なさといった問題にとどまらない。過去の自民党政権に責任があるというのも正確ではない。根本にあるのは、アメリカと日本との関係、つまりアメリカに従属せざるをえない日本の「戦後体制」そのものの問題である。
そういうことを、わたしは官邸に入って、その政治の実態から学んだのであった。(まつもと・けんいち 評論家・麗澤大学教授)
松本健一著
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