江戸時代の国学者、本居宣長の著書に、古今和歌集を当時の現代語に訳した『古今集遠鏡』という本があります。古典文法とは、まさに遠鏡(望遠鏡)のように、古代の人々が書いた文章を現代人にもありありと理解できるようにするためのツールです。それを通して千数百年続く日本の文化に直接触れることができるのです。しかしそれには若干の努力も必要です。確かに古典語は現代語へとつながる自国のことばではありますが、千年も前のことばを理解しようというのですから、外国語を習得するのと同じくらいに、文法と語彙とを身につけておく必要があります。子供の頃の母語の習得は無意識のうちに行われますが、成長してからのことばの習得はある程度の努力を要します。しかしそれによって開かれる古典の世界の豊穣さを思えば、それ以上に見返りのある努力の投下なのではないでしょうか。近年の日本語は、古典を知らないために随分やせ細ってしまったように思われます。古典を勉強なさる高校生の皆様が、古典の世界に触れることによって、より豊かな精神生活をお送りになることを祈ってやみません。

ところで、現行の学校文法は数十年の間足踏み状態にあり、日本語文法研究の最前線とは大きな隔たりができてしまいました。もちろん、高校の授業や受験勉強に必要な知識は充分に押さえた上ではありますが、本書ではさらに補足的な形で、最新の文法研究の成果も盛り込みました。ことばの研究の奥深さ面白さも感じていただければ、編著者としてこれにまさる喜びはありません。

井島正博

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