お知らせ

前のページへ戻る

2008.03.19

ちくま学芸文庫『武満徹 対談選』刊行記念
小沼純一トークショー「武満徹 音と言葉のあいだに――琵琶奏者 中村鶴城氏を迎えて」

 2008年2月28日(木)に行われた表題のイヴェントについてレポートいたします。

 

青山ブックセンター本店のA空間でこのトークショーは開かれました。当日は事前予約席のキャンセル待ち方々の列ができ、会場に用意した約50人分の椅子はあらかた埋まるという有難い状況のもと幕を開けることができました。


 トークショーは二部構成で、前半は当書籍『武満徹 対談選』の編集をされた小沼純一先生による本の内容の紹介。「対談は日本で生まれたもの。馴染みのない外国人は対談をインタビューと勘違いしている。この本に収めた海外の方々が少しえばっているように感じるのは、そのせいです。」「この本にも登場した大竹伸朗氏に装画を描いてもらいました。なんと、この画はこの本のために描かれたのです。」などなど読者には興味深い話を披露しながら、収録対談者個々にスポットを当てていきます。ジョン・ケージ、ヤニス・クセナキス、秋吉敏子、キース・ジャレットの音楽を流し、それに付された小沼先生の解説は現代音楽、ジャズを知らない人にも理解できる配慮がなされています。また流された曲はそれぞれの音楽家のエッセンスが凝縮されたものばかり。あらゆる音楽に造詣が深い先生ならではのトークが続きました。


 後半は、琵琶奏者・中村鶴城さんをお招きし、小沼先生と対談して頂きました。武満作品『ノヴェンバー・ステップス』演奏における鶴田錦史氏の後継者でもある中村さん。今回は、鶴田氏が『ノヴェンバー~』初演で使用し、中村さんが受け継いだ琵琶をお持ちくださいました。それは、蒔絵の装飾もあるとても美しい楽器です。実は、琵琶の音はさほど大きくないので、演奏のためには、会場の響きが重要です。また演奏時に座る最適な椅子などの舞台装置、演奏する時の衣装など、演奏のための“場”をつくる心配りが必要です。しかし当日の“場”は完全ではなかったにもかかわらず、中村さんは琵琶を持参してくださり、トークショーでは音まで出してくださいました(この場を借りて中村さんのご厚情に感謝いたします)。
 さて、対談の主な内容は武満作品の演奏について。『ノヴェンバー~』の琵琶演奏部分の楽譜を会場のスクリーンに大きく映し、中村さんにその場で実演していただきました。武満氏は琵琶を弾いていたので琵琶譜(タブラチュア)を書けたそうです。その中で武満氏が書いたもの、それを受け鶴田氏が自分用に作成したもの、そして中村さんが武満氏の譜面をベースに鶴田氏の演奏を聞きながら作成したもの、三種類の譜面を紹介し、それぞれ音で再現してくださいました。その音のお陰で琵琶譜を初めて見る人にも、譜面で指示されたものが、どのように演奏されるか、という過程を知ることが出来ました。その他にも琵琶の音の作り方、特に撥で弦を弾いた後の響きや、弦を指で強く押すことで音程を変化させる奏法など、すべて音を伴った中村さんの琵琶解説はとても興味深いものでした。
 またその三つの譜面からもわかるように、中村さんのような実演者は作曲家の譜面や、指示から、自分なりに譜面を起こすそうです。『ノヴェンバー~』の琵琶と尺八による掛け合い部(カデンツァ)も、決してアドリブで演奏されているわけではなく、上記のとおり武満氏の譜面があり、そこから自分(演奏家)用の譜面を起こし、しっかりと練習され演奏しているとのお話をしてくださいました。それを受け小沼先生が、ジョン・ケージ等の曲でも、図形的な譜面を実演者は演奏しやすいように五線譜に書き直す時がある、という話に広げられ、多くの人が思っている「現代音楽のコンサートは演奏者がアドリブで適当にやっているのでは」という漠然とした誤解が、ここでやわらかく解かれた気がしました。
また最後に中村さんは、謙虚に演奏家の立場を逸脱しまい、としながらも、「『ノヴェンバー~』のカデンツァ部分を書きかえて演奏するコンサートがいくつかある、と聞いています。それは武満氏の作品とは言えないものも、あるのではないでしょうか。」という問題を、憂いとともに提起されました。また、小沼先生から「武満氏は『ノヴェンバー~』ソリストである鶴田氏が亡くなった時に、この曲を封印しようと一時考えたそうです。」というエピソードも披露されました。武満徹氏、鶴田錦史氏の意思を伝承され、鍛錬を続けている中村さんのような方がいて『ノヴェンバー~』が封印されることなく、演奏されています。そんな中村さんの憂いは、とても重要な意味をもつと思いました。


 トークショウ終了後、小沼先生、中村さんのサイン会が催されました。小沼先生は「自分が書いた本ではないので、サインするのはどうかと思うのですが」という前フリをされたのですが、多くのお客様がお二人のサインを求めて並ばれました。


中村鶴城さんホームページ
http://www.diana.dti.ne.jp/~pipars/


武満徹 対談選 ─仕事の夢 夢の仕事

お知らせ一覧へ