くいしんぼうのおいしいごはん

高橋みどり

 三〇歳になる前に、自分のすすむ道を探すこと……これが、かつてお世話になった事務所での卒業を意味する課題だった。生意気にもフリーランスで何かを始めたいという気持ちだけはもっていたのに、いざ何かを始めようとなると、自分の持っている才能なんて何もないことに気づいた。微々たる中から拾い集めたのが、学生時代にかじった陶芸の知識と、テキスタイルのアトリエ通いで身につけた少々の染織りの技術。興味のある器と布を使う仕事っていったい何? と考えていたときに、人より上をゆくものがあることに気づいた。それは、自分が人一倍の「くいしんぼう」であるということだ。

 くいしんぼう……グルメなどとはほど遠い、ただただ食い意地がはっているだけなのだが、そういえば小さい頃から料理の本を眺めているのが好きだった。料理好きの母の部屋には婦人雑誌やその付録の料理本が沢山あり、宿題やピアノの稽古に飽きると、きまってそんな本をパラパラ見ては「おいしそうだなあ」なんて思っていたものだ。マンガや少女雑誌を見るよりも、断然好きだったように思う。なのに作ることに関心がいかなかったのだから、これはただの食い気のみだった訳でお恥ずかしい。ただ幸いにも、おいしい家庭料理で育った健やかな舌をもちあわせたことは、ありがたいことだと思っている。

「くいしんぼう」とは、すなわち「食」に関して興味があるということ、と都合よく置き換えて考えた。すると当時、にわかにブームになり始めていた「ケータリング」という職業がひらめいた。「器や布を使い、食をテーマにしていく仕事」、ギリギリのところでなんとか提出した夏休みの宿題のごとく、このこじつけ気味の結論がスタートとなり、今こうして「食」の世界にどっぷりつかることになろうとは思ってもいなかったのだけれど。

 こうして料理上手の友人をパートナーに、私はスタイリングを担当し、時にはお互いのアシストをしながらの二人三脚のケータリングは休む暇なしの仕事となった。そしていつしか料理の本などを手がけるスタイリストという仕事へと広がり、やがてその道一本に絞ることとなった。ケータリングを経てスタイリストへ移行しても、テーマはぶれることなく「食の世界」で貫いてこられたのも、ひとえにくいしんぼうが故。職が変わっても一番大事にしてきたのは、「あ、これ、おいしそう」と思うことだったし、スタイリストとして本作りにかかわるときも、読者にどうやっておいしそうを届けるかを大事にしてきた。

 おいしいを通して出会った人々……優れた料理家は料理そのものがその人となりの味わいとなり、楽しくおいしい食事を共有できる仲間との時間はかけがえのないものとなる。類は友を呼ぶのだろうか、ますます私の周りには“おいしい人たち”が集まってきている。食を通して見えてくるもののおもしろさのとりことなり、まだまだこの食い意地の世界からは抜け出せないようだ。

 才能なんて何もないけれど、くいしんぼうなだけで突っ走ってきてごめん! って、笑いとばしてゆきたいなあと思う。

 朝起きて、気分も軽やか、お腹もすいている。「ヨシ、おいしい朝ご飯をつくるぞ!」と跳ね起きる。煮干しの頭をとりながら、今日一日を思いめぐらす。洗濯機のスイッチを入れ、軽く掃除をしていると、台所からごはんの炊ける音と煮干し出汁のいいにおいがしてくる。くいしんぼうの一日は、おいしいにおいから始まるのだ。そして、「いただきます」、「おいしいねえ」と思わずニッコリするその向こうには、これまたこんな朝ごはんのとりこになった奴がいる。「美人じゃない、若くもない、だけどおいしいごはんが素晴らしい」のだと。いやいや、くいしんぼうもすてたもんじゃあないらしい。

(たかはし・みどり スタイリスト)

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くいしんぼう

くいしんぼう

高橋みどり 著

一番の好物は「のり」、初夏には梅干を漬け、貯めたマイレージで福岡に飛び古道具屋めぐり。おいしい好きでお酒好き。人気スタイリストのさっぱりして気どらない毎日。

定価1,575円(税込)