村林先生への恋文

山口智子

 師と仰げるかたと出会えるということは、なんと幸せなことでしょう。
「村林先生のもとで学びたい!」と、心から沸き起こる衝動に駆られ、先生に弟子入りを申し出て数ヶ月、日に日に私の人生が豊かに美しく仕立て直されてゆく感動は、まさに人生の宝。
「着たい“きもの”がどこにもない」
 先生とのご縁を結んでくれたのは、どうも馴染みきれない現代のきもの文化でした。日本の四季や風土や歳月に育まれた「きもの」というものに、心から憧れるものの、現実の暮らしの中ではどこか無理があり、気軽に入り込めない高い壁を感じていました。
 江戸の錦絵や桃山の屏風絵には、奔放な色気に満ちた着崩し上手の美人がたくさん登場するというのに、今の四角四面の着付けから、どうしたら脱出できるのか? そんなことを考え悶々とする日々でした。
 そして遂に運命の出会い。染織家の吉岡幸雄さんが、村林先生をご紹介くださいました。
「とにかく簡単に、楽に、しかも、美しく、色っぽいきものが欲しいのです」。
 初対面での無謀な私の我がままを面白がってくださったのか、先生は一週間後、世界のどこにもない美しい浴衣をふたつ、縫い上げてくださったのです。
 先生はほんのわずかの時間で、私の体の寸法や特徴を見事に見抜かれて、お端折なしでさらりと羽織れる対丈【ついたけ】の浴衣を、ぴたりと完璧に仕立ててくださいました。
 袖を通した途端、愛に包まれるとはこういうことだと心が震えました。
 衿を合わせるだけで体の凹凸にぴたりと馴染む仕立ては、纏う者に心地よい緊張感も与えてくれます。騒がしい襞や皺がひとつも存在せず、見えないところにこそ心を込めて、一針一針手をかけられた温もりに満ちていました。
「袖を長くしといたの。優雅でしょ?」
 先生のおっしゃる通り、お端折のない「ついたけ」の中性的な魅力に、雅な丸みのある袖が揺れる様は、まるで屏風絵から抜け出てきたよう。
「世の中の着付けは難しすぎる。間違いだらけなのよ。もっと簡単でらくちんでいいの」
 きもの本来の自由奔放な独創性と、究極に磨き抜かれた伝えるべき知恵をきちんと世に伝えたい。先生はその熱い思いに駆られ、おかしいと思ったことは改善するべく、いろいろな場所に乗り込まれてゆかれるのだとか。その武勇伝はお茶目で可愛く、いつも笑い転げながらお聞きしては、先生のパワーに恋い焦がれるばかり。きものを愛し、どこへでも突撃し、笑いと幸せ旋風を巻き起こされる村林先生は、眩しいほどに輝いていらっしゃる!
「戦争があったから鍛えられたわ。ありがたい。感謝しなくちゃ。」
「父に扇風機を買ってあげたくて一生懸命働いて、四人の子供たちにご飯食べさせて、いつもいつも誰かのことを想ってやってきたら、なんだかいちばん得しちゃったのは私みたい」
 どんな負の状況も、鮮やかにプラスの力に変えてしまう先生は、たくましく潔くお美しい。先生のご著書『ます女きもの手控え』のなかに、大好きな言葉があります。
「見渡せば、有り難いことばかりでございます。」
 私は、村林先生のこの言葉とともに、いつか私も世の為に光を放てる人生を目指し、日本を、もっともっと学んでゆきたいと思います。そして、確実に伝えてゆくことを約束します。
 先生、これからもご指導、よろしくお願いいたします!
 心からの感謝と尊敬を込めて
 二〇〇七年の佳き日 

山口智子
(やまぐち・ともこ 女優)

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美しいきもの姿のために

村林 益子 著

定価1,890円(税込)