セイコの庭へようこそ

鈴木美和

 画文家・大田垣晴子ほど、「普通」の生活をここまであっけらかんと、かつ魅力的に描ける人はあまり見たことがない。さらに、彼女の魅力が遺憾なく発揮されているのが「旅」、「食」、「暮らし」に関わる“取材もの”。テーマに対する彼女のユニークな視点を、画文(=イラストとエッセイ)という独自の手法で豊かに伝えている。
 のほほんとしたイラストにふっと心が緩んだり、何気ないひと言に「確かに〜」と膝を打ったり、イラストの隣にある添え書きに思わず「ぷっ」と噴き出してしまったり。彼女の作品はいつのまにか懐にするりと入り込んでくる、穏やかな小動物みたいな心地よさがある。
 そんな大田垣晴子がはじめて自ら企画・編集を手がけたのが、雑誌『O(オー)』。二〇〇三年一二月〜二〇〇五年一〇月の約二年間にわたって出版され、その数はじつに一二冊にもなる。「見た目は大事よ!」、「築地市場散策」、「プロレスの魅力!!」など、多彩なテーマが毎回繰り出され、セイコ的視点を生かした“取材もの”の面白さがここでも際立っている。
 企画立案からアポ取り、インタビュー、撮影までこなし、一冊にまとめ上げる苦労は並大抵のものではなかっただろう。会いたい人に会って、興味のあることを追求して、書きたいものを書く。一見、彼女らしい素直なスタンスに見えるけれど、決してひとりよがりにならず、どんなテーマでも読者が関心を持てるようにきめ細やかに構成しているのがわかる。そう、大田垣晴子は編集者としてのバランス感覚のよさ、読み手へのサービス精神も持ち合わせている人なのだ。
『O(オー)』は号を追うごとに雑誌としての完成度も増して、多くのファンをつかんできたけれど、それだけに売れる雑誌としての制約やプレッシャー(?)もあったのではないか、と思う。しかし誌面には彼女が唯一、自分を自由に遊ばせることのできる“聖域”があった。それが、今回一冊にまとめられた「箱庭」である。
 内容は五つのカテゴリーに分けられ、日常生活でハマッている「自分ブーム」、四コマ漫画「オレンジちゃん」、気になるキーワードで展開するコラム「コト・ノ・ハ」、イラスト集「モチーフ図鑑」、世の中の何気ない事象をとらえたフィールドワーク「しらべもの」で構成されている。
「自分ブーム」はウクレレ、粉ものクッキング、知恵の輪、昼寝など、彼女の日常をのぞき見するようなワクワク感と、思わず親近感を覚えてしまう、のびやかで豊かな暮らしぶりが見てとれる。人生に潤いを与えてくれるのは、世の中であんまり役に立たないコトやモノだったりするのよね、とミョーに納得させられる傑作。
「オレンジちゃん」はなごみ系の愛らしさと、そこはかとなく漂うお笑いテイストが、やはり大田垣晴子。本人にかなり似ている……かも。「コト・ノ・ハ」は「泣く/怒る」、「いそがしい/ヒマ」、「デンワ/メール」、「ちょうだい/いらない」など相対する言葉をもとに、小さなエピソードやイメージをどんどん膨らませていく手法がお見事。
「モチーフ図鑑」は「商品キャラ」、「唐子」、「昆虫」など誰もが一度は見たことがあるけれど、普段は見落としている(忘れている)ことを思い出させてくれるイラスト集。胸がキュッとしめつけられる懐かしアイテムも必見。「しらべもの」は百聞は一見にしかず、ですね。この根気はどこから?と詰め寄りたくなる超力作。読み返すたびに、大田垣晴子という作家が、どれだけ日常をこまやかに観察しているか、バリエーション豊かな表現力をもっているかに驚く。
「箱庭」とは、まさに的を射たタイトル。「わたしにとっては、この紙の上の空間が箱庭なのではないかな。絵と言葉をちりばめる。この世界ではわたしが創造主である——なんて」(序文より引用)。気持ちのよい読後感の秘密は、おそらくこのコメントにある。読者は彼女が創り出した、楽しくも心地のよい庭で自由に心を遊ばせることができるのだから。
(すずき・みわ フリーライター)

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『箱庭』

大田垣 晴子 著

定価2,310円(税込)