大塚ひかり・江川達也対談 源氏物語はやっぱりエロい

写真・森幸一

光源氏はブスマニア?——
大塚ひかり・江川達也対談 2 大塚:この間受けた取材で、光源氏が末摘花(すえつむはな)を妻にしたのはブスマニアだからじゃないかという観点で言ってくれというのがあったんですけど、ブスとちゃんと結婚する話って、『源氏』が初めてなんですよ。『古事記』では、ブスと結婚しそうなとこまであるんですけど、追い返しちゃうんです。美人な妹とブスな姉と、二人セットで、結婚しないかという話があって。妹は繁栄でお姉さんは長寿をもたらすからというのに、ブスのお姉さんは嫌だと送り返したら、天皇家は短命に終わったとかいう。『源氏』の「末摘花」は、かつてないブスを、美男子と夫婦にしてみようという作家の実験みたいなものもあるんじゃないかと思う。
江川:いや、美人とやっちゃい過ぎると、すっかり飽きて今度はブスに行ったりするんですよ。成熟した社会で男の視点から見ると、もう美人ってパターンができてくる。そうすると、未知のブスに萌える時がある。
大塚:はああ。ブスマニアじゃなくて、美人に飽きたからなんだ。
江川:言ってみればあの当時は、顔を隠している。というのは顔も性器なわけですよ。どう見ても、性器って変な形、グロい。だから逆に、血筋のいい特殊階級の女が、顔見たらすごいと。それに男は、勃起するんですよ。
大塚:高貴な女は親兄弟や夫以外に顔を見せない当時、「見る」=「セックス」ですものね。それで末摘花の場合、その顔がすごい人で、光源氏は目が釘付けになって離せなかった。「“後目(しりめ)”…横目使い…はただならず」って(笑)。
江川:そう。目が離せなくなって、横目でこうやって見ている(笑)。かなり興奮したと思いますよ。それまでが、美人ばっかりだから。いずれにしても成熟した社会だからですよ。『古事記』の時代だと、人生一回の中でできることが限られてくるじゃないですか。美人とたくさんエッチすることはできない。でも『源氏』の時代になると、都にいろんな富が集約してきて、美人も集められる。短期間に普通の経験はできちゃう。そうなると、やっぱりそういう、変わったものを入れていかないと。俺が一番好きなのは、五十七、八歳のばあさんが出てくるでしょ?
大塚:源典侍(げんのないしのすけ)。私も好きですよ。
江川:あそこ、源氏が彼女とやった後にそれを聞いた頭中将が、「その発想は俺にはまったく抜けてた!」って悔しがるじゃない。
大塚:そう(笑)。その手があったかという。
江川:さすが源氏、すげえぜ、じゃあ俺もってその女のもとへ行くじゃない。それで「意外にいいじゃん」って言う(笑)。そういう訳は俺が初めてだと思うけど、ちゃんとそれに当たる文章がある。まさにあれは「やってみたら意外にいい」なんです。
大塚:でも『源氏物語』の源典侍は結構醜悪に描かれてますよね。『伊勢物語』にも、おばあさんとやるというのがあるんだけど、そこのほうが結構きれいなんですよ。
江川:きれいじゃだめなの。エロくないの。
大塚:目のまわりが黒ずんで落ちくぼんでるのがいいんだ。
江川:そう。そっちのほうがエロい。藤壺(ふじつぼ)だって、かわいいから源氏は好きだったんじゃなくて、単に自分の親父の女だったからいつまでも行くわけで。この人、基本的に普通の女にはもうモテてるから、全然萌えない。萌えるのはやっぱり、屈折した愛。それは現代人としてすごいよくわかる。だから成熟したセックスをある程度わかってないと、この時代というのは読み解けないと思います。
大塚:紫式部は人の体験を我がものにして書くという能力があったから自分の体験だけじゃないと思いますが。