室生犀星集 童子
室生犀星集 童子
 第10巻は室生犀星にしました。犀星も未明と同様に、ぜひ編んでみたかった作家なんですよ。犀星は「杏っ子」とか初期の詩のイメージが強くて、名声のわりに意外に読まれていない。最近、「蜜のあはれ」がわりと乙女チックな興味で注目されていますが、逆にいうと「蜜のあはれ」だけが犀星幻想じゃないぞ、と。そこをアピールしたかったんです。しかし、今回あらためて読み始めたら、えらいことになりました。全集のほかに未刊行作品集まであって、それにも入っていないものがかなりある(笑)。しかも各作品が短篇でもけっこう長い。泣く泣く落とすことになりましたが、まあその結果、精選された作品集になったかなと思います。
 サブタイトルは「童子」ですが、これは「後の日の童子」とセットで一作みたいに考えてお願いしましたが、いかがでしたか。

金井田 「童子」の、かなりリアルな親の心情が描かれた切ない内容が、「後の日の」でじわっと怪談っていう。そのへん、すごく濃厚な感じですよね。

 犀星の文体って独特なんですよね。きわめてリアルに書いているかと思うと、ふっとあっち側に行っちゃうような……。

金井田 虚実の間(あわい)がすごく巧みで。だから童子そのものを描かざるを得なかった。

 でも、この絵をいただいたとき、ああなるほどなあと思いました。自分が思い描いていた感じとぴったりだったんです。しかもこの、訴えかけるようなまなざしね。笛も……。

金井田 そうですね、笛もポイントです。

 吹いていない。

金井田 吹いていない。持ってるんです。ちょっと行き詰るような濃密な気配を、後ろのバナナで表現してみました。しかもこのバナナの葉っぱがXで、いちおう童子の目に集中していくような構成になってます。

 ああ、なるほどねえ。実際に犀星も大の庭好きでね、植物の大好きな人だったので、このイメージはとても合ってるんじゃないかと思います。

金井田 昭和30~40年には、庭にバナナを植えるというのが、ちょっと洋館風で、流行ったんですよね。ある意味、時代を髣髴とさせる植物かなと。

 たしかに、犀星が暮らした田端の住宅街は、そういう感じがありますよね。

金井田 「童子」、「後の日の童子」、そして「童話」、この三作品で強烈にイメージを決めますね。

 でしょうね。この「童話」は、今回渉猟していて見つけて、おっ、こんなのもあったんだ、と。それと「童子」のほうも、なぜか全集にも未刊行作品集にも入っていないんです。あるいは作者として、何か思うところがあったのかもしれませんが、いずれにせよ、こうして「童子」と「後の日の童子」を一巻に収めたのは本書が史上初なので、ぜひこれを機会に再評価が進んでほしいと期待しています。