田中優子 法政大学教授(近世文化)

  いずれも、日本文化を極めている。しかも言葉だけの「美しい日本」などではなく、これらの本の中にあるのは「多様な日本」なのだ。
 益田勝実は、日本古代文学の迫力のみならず、地方の文化のすごさを伝えてくれる。民俗学と文学の接点で、人が生きて暮らす営みとしての日本が見えるのだ。加藤周一は日本文学の中に、中国の思想や文章が深く根付いていたことを教えてくれる。漢学から見る日本は、まるで違う日本のようだ。安東次男は、芭蕉が俳句ではなく俳諧連句の天才であった事実を伝えてくれる。連句は江戸文化の基盤に広く深く根付いていたのである。鈴木棠三は、江戸の人々のものの感じ方や情報や知識の多様性と広さを感じさせてくれるし、樹下龍児は文様というものが日本を超えていかに普遍的であるかを、痛感させてくれる。
 誰もが私にとって越えられない師であり、これらの著書は、文学と文化の汲めども尽きぬ芳醇な喜びと、眼前に広がる広大な視野を与えてくれるのである。 


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