訳者のことば

 今回の全訳のポイントは、『源氏物語』にまつわる性愛の読みです。

 『源氏物語』は、娘を後宮に入内させ、産まれた皇子を皇位につけることによって一族繁栄した、いわば「セックス政治」の時代に産まれた物語です。

 つまり性愛は、政治であり、一族の命綱であり、生きる道であり、物語にもそのことが描かれている。にもかかわらず、『源氏物語』には、ダイレクトな性描写がほとんどない。

 その代わり、当時の「流行歌」や「自然」や「天候」など、あらゆるものに託して「性」を「エロ」を、そこから生まれる「感情」を代弁させ、それが物語を牽引する「伏線」となっているということが、訳す過程で身にしみました。

 『源氏物語』が、時代を越えて、生き延びてきたのは、実はこんなにも性的な物語でありながら、ダイレクトにそれを言わないからという部分もあるでしょう。しかし隠された性表現が分かったほうがもっと面白いはず。

 というような考えに基づいて、私は、本文随所に配した「ひかりナビ」の中で、しつこいほど解説し、歌の訳にも反映させました。

 それによって、やっと自分の『源氏物語』を出す意義が見えてきた次第です。

2008年秋大塚ひかり