ココロに効くちくまの本

心をはなれて、人はよみがえる─カウンセリングの深遠 「悲しくて泣きくずれている自分の姿を、わたしは後ろから見ていました」と彼は話し始めた。自分をまるで他人であるかのように眺める、その不思議な体験から悩みの解決が始まった。 苦悩する心はどのように解決に向かうのか。精神科医である著者が、心の深遠を解き明かす。

カウンセリングで悩みが解決されるのは、心が広がって、精神的な発達を遂げるからである。
より広い心になると、いろいろな感情、考え、生き方を受け入れられるようになる。すると、悩みは相対的に小さくなり、それまでは得られなかった解決策が見えてくる。カウンセリング理論では、心を広げる作業は「葛藤の解決を経て行われる」とされる。小さな心の中でかかえきれなくなった感情や考えが「葛藤」として現れてくる。その葛藤に気づき、向き合い、取り入れて、心を広げていくのだ。それは苦しい作業である。
 私のところにやってくる多くの患者さんも、自分がかかえてきた葛藤に気づき、苦しみ、心を広げて、悩みを解決していく。
 葛藤は互いに矛盾する気持ちのぶつかり合いである。解決しようとしてもそう簡単にはできない。一方を立てれば、他方が壊れる。逆もまた真で、どん詰まりになってしまう。悩んで、苦しんで、落胆して、しかし、ある時、それがスーッと解ける。
 悩みのプロセスは人によって異なるのであるが、葛藤を乗り越えるこの瞬間は共通である。葛藤が解決されるというより、それを超越してしまう瞬間である。
 その時は、ただただ「これが自分なんだな」という確信に満ちた気持ちになる。葛藤だけではなく、自分の人生からもはなれて、自分を感じているだけの時間である。人によってその時間の長さは異なるが、その「特別な時間の介在」によって人は心を広げる。
 カウンセリング理論には「特別な時間の介在」についてはほとんど書かれていない。
 しかし、それはどんな人でも起こっていると思う。
 そのことを詳しく報告してくれる患者さんに何人も出会った。
 彼らも最初は、「心の葛藤」に気づき、それを解決しようと悩み、葛藤を受け入れようと苦しんだ。しかし、患者さんの悩みがピークに達したところで、まったく新しい地平に至る。
 その時に味わうのが「心をはなれる」現象である。

(中略)

 心をはなれる。
 自分を客観的に眺める。
 自分から少しはなれて自分自身を見る。あたかも自分の人生を映画のスクリーンに見るように味わう。
 そこでは、苦しみを味わいながらも、苦しみに振り回されることがなく、楽しみを味わいながらもそれに固執することはない。自分を生きながら、自分自身を静かに見ている。
 それがどんな心の状態なのか。
 たぶん、空を見上げている自分が、空から眺められているような、自分でありながら自分の外側から自分を感じていられる状態である。
 カウンセリングの具体的な事例を通して探っていこうと思う。
(本文より)

  • 心をはなれて、人はよみがえる
    ─カウンセリングの深遠
    高橋和巳 定価:本体1600円+税
  • ココロに効く本の一覧
  • 気まぐれ「うつ」病
    ─誤解される非定型うつ病
    貝谷久宣 定価:本体680円+税