『脳と魂』 養老孟司 玄侑宗久
- かたや、緩やかに曖昧で、しかも精緻な自然をそのまま受け容れる仏教的な解剖学者。かたや、悟りを論じるのに脳科学を援用し、死後の世界を量子論から透徹する禅僧。異色の知がらせんのように絡み合い、見事に共振。緩急自在にあなたの脳を刺激します。
人間という存在の「まるごと」に真正面から向き合えば、現代人が陥っている病理も、そして希望も見えてくる!
解説 茂木健一郎 - 脳と魂 養老 孟司 · 玄侑 宗久 著 定価:本体700円+税
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対談 禅問答、あるいは、こんにゃく問答 ——『脳と魂』 余滴 養老孟司 玄侑宗久
- 玄侑
- 今回の対談は『脳と魂』っていう書名になりましたけど。
- 養老
- あんまり売れそうもないな(笑)。
- 玄侑
- え!? でも私、この対談で先生が「生命の始まりのところに、何か変なことがある」っておっしゃった、それを伺えただけでも大変な収穫でした。「創発原理」っていうより、よほど納得できましたよ。
- 養老
- 西洋はロジカルに考えようとするから。だけど、人間の脳みそが考えることなんて、始めから限界があるんです。ものごとのすべてがクリアにわかるわけじゃない。カエルにとっては、動くものが世界のすべてでしょ。それと似たような話です。
- 玄侑
- カエルっていえば、カエルみたいな顔の彫り物してるおじいさんがいたんですよ(笑)。なんかおかしいなと思ったら、「昔は龍だったんだ」って(笑)。
- 養老
- 年とって平和になって、カエルになった(笑)。カエルにヒゲがあったんじゃ困るんだけど。
- 玄侑
- 年とると身体も龍もしぼむってことが頭になかったんですね。
- 養老
- 一年も経てば、細胞ひとつ残らず入れ替わっちゃう。仏教はそんなこと始めからわかってるでしょ。諸行無常っていってね。そのじいさんは信心が足りなかったのかな。
- 玄侑
- 若気の至りで入れちゃったんですね。温泉なんかで「刺青(いれずみ)お断り」っていう旅館が多いじゃないですか。そうすると入れるところに集中しちゃうんです。坊さんの集まりをそういう旅館でやったことがあって、風呂に行ったら、裸になった人が風呂に入らないまま、また服着てるんです。湯船の方に行っても、あわてて戻って来る。何なのかと思って入って行ったら、紋々背負った人がずらっと並んでた(笑)。だけど、やっぱりここで引き下がったらって思うじゃないですか。
- 養老
- 坊主の沽券にかかわる(笑)。
- 玄侑
- ええ。でも話してみると彼らって意外に信心深いんですよ。坊主は下にも置かないってところがある。まあその場では黙って向き合ったまま温まってましたけど。
- 養老
- 刺青と坊主ばかりじゃ、ほかの人は入れませんわ(笑)。東大の標本室には、完全な彫り物の標本がありますよ。明治政府が禁令出したから、なくなると思って集めたんですね。そういえば「南無妙法蓮華経」って彫ったのがあったな。
- 玄侑
- ほおー。背中に南無妙法蓮華経ですか。
- 養老
- でも南無阿弥陀仏はないね。なんとなく勢いがない。
- 玄侑
- 受け身ですから。「なんでも受け容れましょう」っていうのが南無阿弥陀仏ですから、優しすぎますね、刺青には。
- 養老
- いざっていうとき、ぱっともろ肌脱いだら南無阿弥陀仏。「さあ殺せ」ってなもんだ(笑)。僕が入れるならそっちだな。
- 玄侑
- 刺青って、あれも修行みたいなものなんでしょうね。
- 養老
- なにしろ、痛えっていうから。熱も出るし。異物入れるんだから、そりゃ身体のほうが反応しますわ。
- 玄侑
- 私、道場出るときに、先輩がフンドシに龍の絵を描いてくださったんですけど、フンドシでよかったですよ(笑)。墨って、一年間洗わなければ永久に消えないんですね。
- 養老
- 残った龍はしっかり馴染んで、一蓮托生になるわけね。フンドシと(笑)。
- 玄侑
- 一蓮托生ですか。先生、ほんとに仏教用語多いですよね。
- 養老
- この前も浄土真宗に呼ばれて説法して参りました(笑)。その前が曹洞宗(笑)。なんか僕の葬式やってくれたけど。
- 玄侑
- え? 模擬葬儀ですか。
- 養老
- そう。そこでも戒名もらったから、玄侑さんにもらったのと二つになった(笑)。裏表に入れるかな(笑)。おかげさまで、すっかり成仏した気分ですよ。まだ墓は決めてないけど。
- 玄侑
- でも先生、私が位牌に書いた享年は百二十歳ですからね。私も書いた責任があります。まだまだですよ。
- 養老
- あとは遊行にでも出て虫捕り三昧(笑)。
- 玄侑
- うーん、先生、達観してますね。「到底拙僧ごときの及ぶところじゃございません」(笑)。
- 養老
- そりゃ「こんにゃく問答」だ(笑)。落語になっちゃあしょうがねえ。なんだ、やっぱり売れそうもない対談だなあ。