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あらすじ

都心の古ぼけた団地で5歳上の姉・七海と暮らすみかげ。父とは死別し、母は数年前に出て行ったきり。デリヘルで家計を支える姉に心苦しさを覚えながらも、ぜんそく持ちで、かつ高校でいじめに遭い、夜の学校に通っていることもあり、自分の無力さにうちひしがれて、未来に希望が持てず「死」に惹かれはじめる。そんな彼女の前に団地警備団を名乗る奇妙な老人・ぜんじろうが現れ、みかげの日常が変わっていく―
装画:宮崎夏次系

お知らせ

雑誌

2023.2.3

「MOE 2023年3月号」のNew Booksコーナーにて紹介されました。

雑誌

2023.1.6

「ダ・ヴィンチ」2023年2月号の「注目の新刊」コーナーで紹介されました。

release

2022.12.14

特設ページを開設しました

薄暗い場所の終わり、軽やかな生の始まり

「本物の死体には、色も質感も臭いもある。そしてそれは、団地全体に常に漂っている臭いと言ってもいいだろう。そこには生きることのしんどさが詰め込まれている。」

書評坂上秋成(作家)

 ここには「ほどほどの弱者」が描かれている。

 十五歳の少女、みかげは姉である七海と二人で暮らしている。彼らが住んでいるのは森に囲まれた築五十年を超える団地で、そこはスラムと称され、自殺の名所としても有名になっている。団地の治安の悪さ、住人たちの貧困さ、状態が不安な独居老人の多さといった薄暗い要素が描写の端々から伝わってくる。

 みかげは頭がいささか「とろい」上に喘息もちで身体も弱いため、昼の学校でいじめに遭い、現在はパン工場でアルバイトをしながら夜間の高校に通っている。

 ある日、彼女はぜんじろうという老人に誘われる形で、団地警備員の仕事を手伝うことになる。生き残っている人間の生存確認、子どもたちの安否確認、それから、飛び降り自殺をしようとしている人間がいないかどうかの確認。これらが団地警備員の仕事だ。もともと人間の死体を見たいと考えていたみかげは、この手伝いをしていれば飛び降りの死体に出会えるのではないかと期待する。

 肉体や知能に多少の問題があろうとも、みかげの生活は楽しそうなものに映る。彼女には倉梯くんとむーちゃんという二人の友人がいる。倉梯くんは吃音症を、むーちゃんは在日コリアンであることを理由にそれぞれいじめを受けた過去を持ち、みかげと同じ高校に通っている。やがて二人は団地警備員に加わることになるが、その様子はさながら、年相応の子どもたちが本来あり得た青春として部活動を行うかのようだ。

 だが、おだやかな筆致でありつつも、本作における楽しさや幸福は常にあやうさをまとっている。

 そのあやうさは、メインの舞台である団地に強く紐づいている。そこは孤独死や自殺がいつ起きても不思議のない場所であり、みかげは実際に、知り合いの男児の母親が死んでいる様を目撃する。だが死体は決して、彼女が夢見ていたようなものではなかった。本物の死体には、色も質感も臭いもある。そしてそれは、団地全体に常に漂っている臭いと言ってもいいだろう。そこには生きることのしんどさが詰め込まれている。

 たとえば、姉の七海が置かれている状況にしてもそうだ。彼女は生活費を稼ぎながら貯金をし、やがては美容師になりたいと考えているが、そのための手段として選択した職業はデリヘルであり、しかも仕事内容に疲弊している。彼女の疲労や仕事の危険性を感じ取るがゆえに、みかげは七海がデリヘルを続けることに反対する。仕事を続けることで、七海がしんどさに飲みこまれることをみかげは理解しているのだ。

 団地とそこに生きる人間たちは社会システムの外に置かれている。しかし、それは社会問題化するほどに決定的な外部ではない。ほどほどに貧しく、ほどほどに孤独で、ほどほどに疲れている。そうした「ほどほどの弱者」に対して、行政は、あるいは社会は、救済として入りこめない。

 だからこそ、みかげやぜんじろうの団地警備は重要な意味を持つ。本作の後半では団地の取り壊しに反対する形で、高校生による反対運動が起きるものの、それは非常に薄い思想に映るし、あっという間に大人たちの運動へと姿を変えてしまう。

 翻って、団地警備員の活動はどうか。それぞれのメンバーが、一軒一軒部屋をおとずれ、話しかけ、飲み物や食べ物を提供する。社会システムが助けてくれない人間の不安や孤独に対して手を差し伸べる。それはきわめてささやかな行為でありながら、大上段に構えたナタを振るうよりもはるかに尊い行為と映る。

 ぜんじろうが始めた団地警備員の仕事は、最終的に三人の子どもたちへ受け継がれていく。団地がなくなってしまう以上、活動そのものが残るわけではない。だがラストシーンにおいて、子どもたちは活動の中で自身が変化したことを感じ、それに伴う形で未来を思い描く。

 その時彼らは、ほどほどに大人であり、そして同時に、ほどほどに子どもと呼ぶべき軽やかな存在なのだ。

(初出:「ちくま」22年12月号)

#デスバスに寄せられた声

刊行前から書店員さんの熱い感想、届いています

はじめはなんとなく頼りなかった「みかげ」が、“団地警備員”を始めてから自らはきることを掴んでいくその課程が胸をあつくし、七海の、歯をくいしばって体を守ろうとするその姿に、嗚咽をこらえることができませんでした。時代から取り残されようと、そこにいる人々は手と差しはべないながら毎日を生きている。この小さな小さな、でもとてつもなくや強い物語を忘れたくないと強く思いました。読ませていただき、ありがとうございました
── 紀伊國屋書店 鶴見大学ブックセンター

伊勢川詩織さん

1冊の本の中に凝縮された様々な社会問題に、1人のか弱い少女が立ち向かった!!誰彼にも見て見ぬふりが出来ない優しくて好奇心旺盛なみかげちゃん。自分の生い立ち、幸せとはいえない今の環境から抜け出したい一心で大人になろうとも、もがきながらも一生懸命なところが輝いてみえた。いい友達と、自分を守ってくれる大好きな姉に囲まれきっと素敵んあ大人の女性になるんだろうと思った。今この時を考え、見め直す一冊でした。
── あおい書店 富士店

望月美保子さん

決してフィクションの出来事ではなく、誰もがよく知る現実が、そこにあった。登場人物が抱える日々はそれぞれに孤独で酷であり、すぐそこにある苦しみがひたひたと迫ってくる。こんなにも。「生きる」ということを見つめさせられる小説はそうない。
── 丸善丸広百貨店 東松山店

本郷綾子さん

この本を手に取ったあなたは、ひとりじゃない。

#デスバス

でつながろう。
『タイム・オブ・デス、デート・オブ・バース』 窪 美澄著

窪美澄(くぼ・みすみ)

1965(昭和40)年、東京生まれ。2009(平成21)年「ミクマリ」で女による女のためのR-18文学賞大賞を受賞。受賞作を収録した『ふがいない僕は空を見た』が、本の雑誌が選ぶ2010年度ベスト10 第1 位、2011 年本屋大賞第2位に選ばれる。また同年、同書で山本周五郎賞を受賞。2012年、第二作『晴天の迷いクジラ』で山田風太郎賞を受賞。2019(令和元)年、『トリニティ』で織田作之助賞を受賞。2022年、『夜に星を放つ』で直木賞を受賞。その他の著作に『アニバーサリー』『よるのふくらみ』『水やりはいつも深夜だけど』『やめるときも、すこやかなるときも』『じっと手を見る』『私は女になりたい』『ははのれんあい』『朔が満ちる』など。
『タイム・オブ・デス、デート・オブ・バース』 窪 美澄著

窪 美澄

タイム・オブ・デス、
デート・オブ・バース

明るい未来なんて思い描けない、この場所で自分だけの生を、未来をつかみ取っていく

東京の古びた団地が舞台の、生と死をめぐる成長譚。希望溢れる長編小説。装画=宮崎夏次系

定価: 1,540円(10%税込)/ISBN:978-4-480-80509-6