気鋭のライター、長期取材による傑作ノンフィクション!

2019/02/13@Readin'Writin'橋本倫史×向井秀徳「記憶を探す、街を彷徨う」対談トークイベント

橋本
今日はまず、どうして向井さんとトークイベントを開催したいと思ったのかというところからお話しできればと思っています。あれは2004年のことだから15年前になりますけど、僕がZAZEN BOYSのことを好きになって、「一本でも多くライブを観たい」と思い立って、原付でツアーを追いかけたんです。
向井
そうね。それはZAZEN BOYSのセカンドアルバムを発売するという冠でツアーをやることになって、細かくいろんなところに行きたいなと思って、結構な数のライブをやったんだろうと思うんですね。そのツアーのときに、リトルカブでやってきて。
橋本
そうです、そうです。そのツアーは帯広で始まって、次の都市が札幌だったんです。札幌ではZAZEN BOYSのライブだけではなくて、スナックを貸し切って弾き語りのライブもあったんですよね。そのライブが終わったあと、その場でそのまま飲み会になりまして。50人ぐらいお客さんがいたんですけど、向井さんがひとりひとりに話しかけていて。
向井
それ、全員で飲んだんやっけ?
橋本
全員で飲みました。そのとき、向井さんがひとりひとりに「自分、何しとる人?」と聞いてらしたんです。そこで僕が「東京で大学生をしてます」と答えると、「東京? ああ、札幌が地元で、里帰りしてるのか」と言われて。「いや、実家は広島です」「広島? じゃあ何で札幌におるのよ」「いや、このライブを観たくて、原付で北海道まで来たんです」「ちょっと、こっちに座れ」という流れになって、その日は最終的にラーメン屋さんに連れて行ってもらったのが最初の出会いですね。
向井
ああ、そうか。それで、財布事件はいつだっけ?
橋本
それはその翌々日ぐらいですね。札幌の次は函館でライブがあって、札幌から函館まで一日で移動しなきゃいけなかったんです。案外近いかななんて思ってたら、調べてみると400キロくらいあったんですよね。朝早くに札幌を出て、ひたすら移動してたんですけど、長万部あたりで財布を落としてしまって。ただ、その日は台風が近づいていたこともあって、早く函館にたどり着かないと夜を越せないなということで、とにかく函館まで走ったんです。そこで警察署に遺失物届を出して、問い合わせてもらったら、交番に届いてたんですよ。でも、それが届いてるのは長万部の交番で、片道100キロくらいあるから、その日のうちに取りに行くのは難しそうだったんですよね。それで「今晩ホテルに泊まるお金を貸してもらえませんか」と警察署で相談したら、「警察は銀行じゃない」と言われてしまって。落ち込んだ気持ちで外に出ると、通りの向こう側を楽しそうに歩いている人たちがいて。こっちは財布を落としたのにと勝手なことを思いながら眺めていたら、そのうちのひとりが僕に気づいて、道路を渡ってきて、「あれ、札幌にいたよね?」と声をかけられたんです。ああ、この人も札幌のライブを観にきてたお客さんかなと思っていたら、その人がくるりと振り返って、「向井さん、原付の青年ですよ!」と。驚いてそちらに視線を移すと、向井さんが歩いてきて。思わず「財布落としたんです!」と伝えると、「ラーメン食いに行こう」と向井さんが言ってくれたんですよね。
向井
またラーメンに行った?
橋本
またラーメンに行ったんです。そのラーメン屋さんで、「自分、財布落としたか」と向井さんに言われて。「はい、落としたんです。でも、交番に届いてたみたいで」「そうか。でも、絶対中身はないけどな」と言われて落ち込んでいると、向井さんが自分の財布を取り出して、中に入っていた4万円を差し出して「とっとけ」とおっしゃったんです。いや、財布自体は見つかっているのでと断ったんですけど、「いや、一回出したものは引っ込められん」とおっしゃって。じゃあ、財布を取りに行ったらすぐ返しますと受け取ると、「いや、返さんでいい。返さんでいいから誠意を見せろ」と言われたんです。
向井
北海道つうのもあるしさ、『北の国から』の世界じゃないですか。
橋本
その日は同じホテルに部屋を取っていただいて。エレベーターで別れるとき、扉が閉まる瞬間まで「誠意を見せろ」とおっしゃっていて。誠意って何だろうなと思いながら、15年が経ちました。
橋本
僕がドライブインに興味を持つきっかけになったのも、ZAZEN BOYSを追いかけていたことが関係していて。2008年の初夏に宮崎・熊本・大分・長崎とまわるツアーがあったんですよね。いつか九州をぐるりと巡ってみたいと思っていたので、「これは観に行こう」と。大阪まで原付で行って、そこからフェリーで鹿児島に出て、宮崎を目指したんです。そうやって国道10号線を走っていると、すごく奇抜な建物があって、これは何だろうと近づいてみるとドライブインと書かれていて、「ああ、言われてみればドライブインって全国各地にある気がする」と。それまでも原付でツアーを追いかけていたから、ずっと一般道を走っていたんですけど、ドライブインを一度も気にかけたことがなかったんですよね。でも、鹿児島でドライブインの存在が気になり始めて、そこから東京まで帰るあいだに注意して走ってみると、ものすごい数のドライブインがあって。それまで自分の目に一度も留まったことがなかったということも含めて、ドライブインのことが気になり始めたのが10年前なんです。僕は小さい頃、家族でドライブインに出かけた記憶というのはないんですけど、向井さんはドライブインって利用してましたか?
向井
うちの父親の実家は佐賀にあるんですけど、転勤が多くて、小学生のときは福岡市内に住んでいたんです。盆とか暮れには福岡から佐賀まで車で移動するんだけど、どのルートを使うかっていうのは色々選択肢があるわけ。その頃から九州自動車道は整備されてたんだけど、都市高速とはまだ然繋がってなくて、九州自動車道に乗るには福岡市の外れまで行かないといけなくて。そのルートよりは、福岡市からまっすぐ下に降りる下道というのがあって、これが標準ルートなわけですよ。そのルートで行くときもあるし、山越えをするときもあるんだよね。その山越えをするときに、やっぱりドライブインがあって。すごいシンプルですよ。でっかい看板で、「ラーメンとライス」と書いてある。
橋本
「ラーメンと餃子」や「ラーメンとチャーハン」ではなくて、「ラーメンとライス」。
向井
「ラーメンとライス」。その看板がカーブのところにあるわけだ。そこを通りかかるたびに、子供ながらに盛り上がるのよ。「ラーメンとライス」って面白いじゃない、自分で言ってみるとさ。そこに立ち寄ったことは一度もないんやけど、ポイントとして「ラーメンとライス」という看板が出ていたことはおぼえとるね。それと、父親の実家は佐賀県だけども、母親の実家は長崎の佐世保というところで、佐世保に行くことも多いのよ。そこに向かう途中の国道沿いにもドライブインは何軒かあって、帰りが遅くなったときはドライブインに寄って食事をして、また福岡市に戻るっていうことはよくやってたね。それはもう、ベーシックなドライブインだったな。そこにね、西岸良平の『三丁目の夕日』のコミックスがあって。今は何十冊と出てますけど、まだ何冊かしか出てなかったんだよね。その頃はまだ子供だったから、西岸良平の世界には反応できなかったんですよ。ただ、かすれたドライブインで、西岸良平を読みながら焼肉定食を食べたことはすっごいおぼえてる。その焼肉定食というのも、お皿がアルミのお皿でさ、これ、何の肉を使っても同じだろうってぐらい濃い味つけだったんだよね。
橋本
ドライブインって、濃い味つけが多いんですよね。
向井
そこに立ち寄るのは夜も深い時間で、だいたいシーンとしてる。そこにNHK-FMが流れてる、その雰囲気だね。やっぱり、索漠とした印象が強いね。その時代、80年代だろうけど、その時点で寂れてるんだ。
橋本
僕は2017年の春に『月刊ドライブイン』というリトルプレスを創刊して、向井さんには読んで欲しいと思って、毎回MATSURI STUDIO宛に送りつけてたんです。こんなことを自分で聞くのも図々しいですけど、読んでいただいて、いかがでしたか?
向井
毎回、薄っぺらいなーと思ってさ。内容じゃなくて、ページ数がね。でも、毎月送られてきて、楽しみでしたよ。薄っぺらいと言ったけど、ちょうど良いページ数で。「あ、届いたな」と思って居酒屋に行って、瓶ビールを飲みながらじっくり読む。その時間は楽しかったですね。「ああそうか、今度はこっちに行ったか」と思いながらね。北から南まで、全国行ってますもんね。
橋本
毎回違う地域に出かけてました。あるとき、向井さんが『月刊ドライブイン』の感想をメールしてくれたことがあって。「毎度毎度漂う、ある種の索漠感はなんだろうな。絶滅していくドライブインはやはりその存在自体が寂しいのか。アナタの視線がセツナミーなのか。いずれにせよセツナミーを感じる」と。その「セツナミー」というのは何なんでしょう?
向井
セツナミーね。切なさがあるっていうことなんだろうけど、まあセツナミーがあったね。やっぱりあなたの目が見た風景が文章になってるわけだから、あなたがセツナミーを感じてると思うけどね。セツナミーって一体何なのか。私は旅行とか、そういうのはあんまり興味ないんですね。ただ、あるとき電動アシストつき自転車を購入して、行動範囲がだいぶ広まったんですよね。東京都内ですけど、いろんなところに行ってみるようになって。どこに行くかというと、風呂ですね。東京都内には銭湯がすごい多いから、「電動自転車で行ってみっか」と行くようになって。MATSURI STUDIOは渋谷区笹塚にあるんですけど、自転車でだらだら行って、1時間半ぐらいすると荒川区まで行くわけ。
橋本
この会場の近くですね。結構遠出するんですね。
向井
そういうときに、いわゆる幹線道路は使わずに、わざわざ細い道を選んで移動したいわけですよ。するとね、商店街に迷い込んだりする。そこは初めて訪れる商店街で、別に懐かしさを感じるわけではないんだけども、「この感じ、知ってるな」と思ったりする。この商店はもう閉まってるけど、何売ってた店だったんだろう。昔は商売になってたんだろうけども、今はもうシャッターが降りてひっそりしている。その侘しさね。ワビシミーと言ってもいいけども、ノスタルジーとワビシミーがある。そこで夕暮れ時を迎えたりするわけだ。夕暮れって、人の脳細胞に直接囁きかけてくるから、それに支配される。その瞬間の気持ちというのは、皆さんよくご存知だろうと思うんですよね。それも総じてセツナミーだね。そこでセツナミーを感じて、風呂に入って帰ってくる。これが楽しかったりするんですね。つげ義春さんがまさにそういう、寂しい旅日記みたいなやつをいっぱい出してるじゃない。あれは絶望的に孤独な気分に浸りたいがために、山村地帯にある閑散とした温泉に行ったりする。私の場合はそういうことじゃないんだけど、商店街とか、当たり前のような団地とかね、そういうところを走る。そうすると、私鉄沿線の駅前って大体同じやなと思うんですよね。ドラッグストアがあって、日高屋があってさ、最近あるのは鳥の唐揚げ屋さんですよ。その要素が、どこへ行っても全部同じなんだな。それはすごく窮屈だなと思いますね。ただ、活きがいい商店街というのもある。戸越銀座みたいなでっかいやつじゃなくてさ、普通の商店街でもね。そういう商店街は、確実に本屋さんが営業してるんだね。町の本屋さんが絶対ある。生活に余裕があるんかなって、勝手に思ったりするんですけどね。最近は無機質に見える街並みが増えてるけど、その街にしかない風景っていうのがね、見たいですね。
橋本
ドライブインというのは、今残っているのは個人経営の店が多いんですね。40年、50年も家族で経営してる店だから、ちょっと家みたいになってるとこもある。常連のお客さんからもらったお土産が並んでたり、おそらく店のお子さんが好きだったのであろう、30年くらい前の漫画のポスターが黄ばんだ色になりながらも貼られていたり、時間の経過がすごく見える。僕はそこに何かを感じるから、ドライブインを巡ったんだろうなと思うんですね。じゃあ何でそこに何かを感じるようになったかというと、この15年、向井さんの歌を繰り返し聴いてきた影響が大きくあると思うんですよね。向井さんの歌には、ある街の風景の中に立っている「俺」がいて、そこで何かを感じているさまが歌われることが多いように思うんです。つまり、ただ街の風景を歌にするだけではなくて、そこにセツナミーを感じたり、ささくれ立った気分になったりしている「俺」のことが歌われている。それを繰り返し聴いてきた影響は大きいなと思うんです。
向井
街の見え方というのは、年齢を重ねるごとに変わってきたような気もするし、夕暮れ時にはこんな気分になるっていうのは変わらない部分もありますね。
橋本
向井さんはこれまで、CITYという場所を繰り返し歌われてきましたよね。向井さんはある時期まで佐賀に住まれていたわけですけど、高校を卒業して佐賀から博多に出るときとか、そこでバンドを組んで東京に出るとき、博多や東京という都市はかなりギラついた場所に映っただろうなと思うんですよね。その都市のギラつきというものを感じたことがある人は多い気がするんです。自分が生まれ育った町から、もっと大きな都市に出る、と。ただ、年齢を重ねるごとに変わってくるものがあるとすれば、CITYの見え方というのも向井さんの中で変わってきた部分があるんですか?
向井
街を変化させようとする勢いが確実に激しくなっているような感じというのは、肌で感じてますね。ただ、街というものは新陳代謝していくもので、しょうがないことなんだなとも思いますね。渋谷の再開発に対しても、「その再開発の波に乗っていかなければいけない!」という焦りみたいなやつはないんですよ。それはたぶん、年齢なのよ。もし若いときだったら、もっとガツガツした気持ちが生まれたかもしれない。でも、そういうのはないね。私は福岡から東京へ出てきてからずっと渋谷区民なんですけど、渋谷区にはなんとかアンバサダーという役割があるの知ってますか。昔、アンバサってジュースがありましたけど、ジュースじゃなくてアンバサダー。俺も渋谷区民だし、もうちょっと若いときであれば「何かをアンバサしたい!」と思ったかもしらんけど、全然思いませんね。
橋本
新しい潮流に乗っかっていくかどうかは別としても、なくなっていくものがありますよね。向井さんが出かけている銭湯というのもどんどん減ってますけど、ドライブインもどんどん減っていて。そこで「ドライブインが残って欲しい」と言えるかというと、「残って欲しい」とまでは言えないんですよね。では、なくなっていくものに対してどういう態度でいればいいかってことについて、ドライブインを巡りながら考えたんですけど、答えがなくて。
向井
答えはないですね。しょうがない。「諸行は無常である!」と言って、飲み屋で冷酒の一杯でも飲んでますよ。その一言で片付けようや。諸行は無常である。ただ、銭湯はね、流行ってるとこは流行ってますよ。家族が引き継いでいるわけじゃないかもしれんけど、建物をリニューアルして利用客が増えたりね。引き継ぐ人がいなくて畳んでしまうとこも多いけど、リニューアルして成功してるとこも多いですよ。たしかに、綺麗だしね。風呂入りに行って汚かったら嫌だね。汚い銭湯を「渋い!」とは思わないですね。汚ねえラーメン屋なら、それも味になるかもしれんけど。
橋本
向井さん、前におっしゃってましたよね。自分が九州にいた頃の基準だと、汚いラーメン屋にはハズレがないと思ってたけど、東京ではそれが通用しなかった、と。
向井
そうですね。やっぱ佇まいが渋い店だと――いや、でも、今はもうないですね。福岡でも、汚ねえ店はなんかまずいね。ウマい店は、古くさくてもちゃんと綺麗にしてますよ。MATSURI STUDIOの近くにもじいさんがやってる中華屋さんがいっぱいあって、よく昼飯食いに行ってたんだけど、ある日「都合により休業させていただきます」と貼り紙が出ててさ。ほどなくして「長らくのご愛顧いただきましてありがとうございました」って潰れてるのね。気合いを入れたラーメン屋さんというのもあって、そういう店は美味しいんだろうけどさ、行列ができてるわけだ。昼飯食うのはそういうとこじゃなくて、パッと入って「タンメン!」と注文して食うのがいいんだけどね。何の変哲もないただの中華屋のタンメンが好きなんだけど、そういう場所がまったく減ってるんですよ。食うところがなくなってきているということに、現実問題としてぶつかりますね。別に日高屋でもいいんだけど、なんかデジタルなんですよね。
橋本
向井さんは、ライブで日本各地を移動することが多いですよね。最初にバンドでツアーにまわったときは、ツアーに出るってこと自体がまだ珍しかったんだと思いますけど、そんな日々が日常になって、日常という言葉も通り過ぎるくらい当たり前になってくると、移動した先で目にする街の風景というのも見え方が違ってくると思うんですよね。僕が最初に原付で旅に出たときから、ドライブインはそこにあったと思うんですけど、その当時は移動すること自体が珍しくて、あんまり風景のことは見えてなかった気がするんです。でも、移動を繰り返しているうちに目が変わってきて、そこにあるドライブインが目に留まるようになったんだと思うんです。向井さんの中では、街の見え方が変わってきたところは何かありますか?
向井
またセツナミーの話になりますけど、自転車であちこち行っているとね、いよいよアパートが切ないなと思って。アパートですよ、アパート。中野区でもいいですけどね、細かい道に入ると、アパートがずらーっと並んでるのよ。そこを通るたび、その一室一室に住んでる人たちの生活が、なんかこう、よぎるわけですよ。どんなふうに暮らしてるのか、具体的にはわからんけども、自転車でサーッと行くたびに「いろいろなことがあるんやろうな」とよぎるわけですね。「このアパート、くるね」と。それは別に、形状じゃないんですよ。そのアパートが建設されてる場所も関係してるのかもしれないけど、「これ、いいね」と思うアパートがある。それをね、名づけてるんですよ。「おお、実にアパーティング・アパートメントだね」と。そうやってアパートに対して気持ちが入ることは今までなかったですね。それは自転車の速度感っていうのも作用してるんじゃないかと思う。歩いてどこかに行くとき、そういうことを考えたことはないからね。
橋本
きっと、ちょうど良いスピードがあるんでしょうね。車だと速過ぎるし、歩いているとそこまでじっくり観察しないという。
向井
最近好きなのは、たとえば「80年代 街」とかで、ネットで画像検索するんですよ。そうするといろんな写真が出てきて、「新車買いました!」ってときだろうね、当時の大学生みたいな人がプレリュードと一緒にニカッと写っているような、まったく個人的な写真もたくさん出てくる。もちろん全然知らない人ですよ。でも、そういった写真を見ると、なんとも言えない気持ちになる。自分の人生とは関わりがない人の記録がここにあるんだと思って、変な気持ちになる。それが好きで、よく見てますね。そうやって検索していると、街の風景の写真も出てくるんですよ。それが一体どこなのか、探すことを趣味にしてますね。
橋本
ああ、実際に探すんですか?
向井
あのね、Googleマップで探すんです。わかりやすいのは、電柱なんかに地名が書かれていればすぐ探せるんやけど、特に探し甲斐があるのは商店街ですね。商店街の風景って、基本的にどこも同じだからね。でも、最近は結構な確率でたどり着けるようになって、パッと見れば「これは何県だな」とわかるようになって。後ろに山の影が写っていれば「これは中国地方だな」と。
橋本
山の感じって、地域ごとに結構違いますよね。
向井
違うと思うんだよね。北海道は街のつくりが全然違うからわかりやすいけどね。「雪が降ってる、これは北だ」とかね。そうやってたどり着くのは、ひそかな楽しみですね。
橋本
最近、向井さんがバンドでも弾き語りでもよく演奏されている曲に、「amayadori」という曲がありますね。これは2008年にリリースされたコンピレーション・アルバムに寄せられた曲ですけど、その頃はあまりライブで演奏されてなかったですよね?
向井
ええ、してないですね。
橋本
でも、それが最近になって頻繁に演奏されるようになって。「amayadori」の歌詞には、降り続く雨の色を青だとイメージするけれど、それが実際には黄色であり、しかしながら他人から見ればあきらかにねずみ色である、といったフレーズが登場しますよね。他人から見ればあきらかにねずみ色で、実際には黄色であるものを青だと認識する。それを「幻を見る」と形容すると怪しい感じになってしまうけど、「天狗」という曲にあるように、他の人には見えない何かが、向井さんに見えるようになっているのではないかという感じがするんですよね。
向井
いや、そういうことでもない気がしますね。自分だけが幽霊のような存在になって、そこから世界を見ている――そういうことではないと思いますね。雨宿りをしている人たちが皆、それぞれ考えていることがあって、それが同時多発的に渦巻いている。「人間は一つの感情で構成されているわけではない」というのは昔から思っていることで、そういう歌も作ってきましたけど、「amayadori」で歌っているのもそういうことじゃないかと思いますね。私だけが離れたところから世界を眺めているわけじゃなくて、全員そうなんだと思う。それはアパート一室一室に対して何かがよぎるってことと近い気がしますね。いろんなことがあり過ぎてよくわからんけども、「でも、それが世界だろう!」って、それだけはわかる。私は別に、世界を理解しようとも思ってないし、理解する必要もないと思ってますけどね。
橋本
僕がやっている仕事はドキュメントで、ドライブインであればドライブインを一軒一軒訪ねて、そこにどういう生活があって、どういう時間が流れてきたのか聞いてまわる作業なんですよね。向井さんは、ある風景を目のあたりにしたとき、それを歌にするわけですよね。それは、ドキュメントとは根っこが違う作業だと思うんです。僕は、目の前にある風景に気になることがあれば、直接質問としてぶつけるんですよね。でも、向井さんはそうやって直接問いかけるわけではないし、問いかけることでは解決しない何かがあるってことだと思うんです。
向井
そうですね。そこで答えを知ったところで、「ああ、そうですか」となるだけだと思う。「なんでこんな気持ちにさせられるんだろう、教えてくださいよ」と、風景に対して問いかけることはないですね。答えを求めようとはしません。こういう感情なんだと説明できればすっきりするのかもしれないけど、それが説明できないから、歌を作って歌ってみようとするんだと思いますね。

激動の時代に、ドライバー客を迎え続けた店主たちの半生

平成も終わりを迎えつつある今、「ドライブイン」といっても通じない方もいるかもしれません。高速道路にあるサービスエリアやパーキングエリアでもなく、近年注目を集めつつある道の駅でもなく、ドライブイン。ロードサイドを走ると、現在では廃墟になってしまったお店も含めて、数多くのドライブインを見かけます。どうして日本全国に「ドライブイン」と看板を掲げるお店が誕生し、どうして現在ではその数が減りつつあるのか。

道路沿いにひっそりと佇み、ドライバーたちに食事を提供する人々。クルマ社会、外食産業の激変とともにあった、その人生とは? 本書『ドライブイン探訪』は、著者が一人で企画・取材・制作を手がけた少部数の自主出版=リトルプレス「月刊ドライブイン」(全12号)をもとにして生まれた一冊です。今、徐々に消えつつある全国のドライブインを訪ね歩き、店主の個人史をじっくり聞き出すことで浮かび上がる「昭和」を記録します。

リトルプレス「月刊ドライブイン」(全12号)

書店員から絶賛の声、ぞくぞく

街道沿いに社会を読む。その控えめで確かな声

──Title 辻山良雄

足を使った取材には勝てないす。熱量に乾杯

──ホホホ座 山下賢二

店を生んだ人と町と時代の、宝物のような記録

──市場の古本屋ウララ 宇田智子

理想の記録文学です。写真もすごい

──蟲文庫 田中美穂
目次
  • まえがき
  • プロローグ
  • 酪農とドライブインの町 直別・ミッキーハウスドライブイン

ハイウェイ時代

  • かつてハイウェイ時代があった 阿蘇・城山ドライブイン
  • 東海道はドライブイン銀座 掛川・小泉屋
  • クルマで巡る遍路道 高知ドライブイン27
  • 千日道路の今 奈良・山添ドライブイン

アメリカの輝き

  • 一九六六年のピザハウス かつて都心にドライブインがあった
  • グッド・オールディーズ 平塚・ペッパーズドライブイン
  • オレンジ色の輝き エイアンドダブリュ沖縄株式会社
  • 沖縄で感じるハワイ ドライブインレストランハワイ

花盛りの思い出

  • 観光バスはどこまでも 能登・ロードパーク女の浦
  • レトロなオートレストラン 群馬・ドライブイン七輿
  • トラック野郎のオアシス 福島・二本松バイパスドライブイン
  • ドライブインのマドンナ 千葉・なぎさドライブイン

移りゆく時代に

  • きたぐにの冬 青森・わかばドライブイン
  • 目的地はドライブイン 栃木・大川戸ドライブイン
  • 一本列島の夢 児島・ラ・レインボー
  • 採掘のあとに 筑豊・ドライブインかわら

店を続けること

  • 霧に包まれた道 津山・ドライブインつぼい
  • 雪に覆われた道 南魚沼・石打ドライブイン
  • 海辺 岩手・レストハウスうしお
  • 川辺 小山・ドライブイン扶桑
  • エピローグ
  • 戦後 鹿児島・ドライブイン薩摩隼人
  • あとがき
  • 参考文献

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2019/02/09@B&B 橋本倫史×又吉直樹 「時代を描く、人間を描く」『ドライブイン探訪』(筑摩書房)刊行記念 対談トークイベント

橋本
又吉さんに最初にお会いしたのは、今から10年前ですね。今日も客席にいらしてますけど、森山裕之さんが編集長になって、『マンスリーよしもと』が『マンスリーよしもとPLUS』にリニューアルされたのが2009年で、僕はライターとしてその雑誌に関わっていて。そこで何組も芸人さんに取材させてもらいましたけど、取材後に話しかけるのは失礼だと思って、誰にも話しかけずにいたんです。でも、又吉さんにだけはどうしても話しかけてしまったんですよね。「ナンバーガール、お好きなんですよね?」と。
又吉
おぼえてます、おぼえてます。橋本さんには昔から雑誌でインタビューしてもらってきましたけど、一緒にZAZEN BOYSのライブに行ったこともありますよね。それで、橋本さんが『月刊ドライブイン』というリトルプレスを出されていて、それが書籍化されて『ドライブイン探訪』になって。
橋本
『月刊ドライブイン』は自費出版という形で作っていたので、あまり余裕がなくて、献本というのをほとんどしていなかったんです。でも、5人くらいの方には届けていて、そのひとりが又吉さんで、毎号送りつけてたんです。
又吉
ありがとうございます。嬉しかったです。『月刊ドライブイン』でも読んでましたけど、書籍になって読むとまた印象が違っていて。そもそも、橋本さんから聞くまではドライブインのことをあまりよくわかってなかったんですよね。(会場に向かって)皆さん、ドライブインってわかります? 橋本さんはいつもどう説明されてます?
橋本
ドライブインって、消去法でしか説明できないんですよね。「ドライブインを取材している」と言うと、勘違いされるものがいくつかあって。一つは「高速道路にあるやつですか?」というものなんですけど、高速道路にあるのはサービスエリアやパーキングエリアなんですよね。そうじゃなくて、ドライブインは一般道路沿いにあるんです。次に勘違いされるのは、「あの、マクドナルドとかにあるやつですか?」というもので、これはドライブスルーですね。ドライブスルーは買い物をして通り過ぎて行きますけど、ドライブインは車を駐車して、そこで食事をしたりお土産物を買っていく場所で。最後にもう一つ勘違いされるのは、「最近賑わってるやつですよね?」というもので、これは道の駅ですね。道の駅は運営に自治体が関わっているものですけど、ドライブインは民間で運営されていて、今残っているものの多くは家族経営のところが多いんです。
又吉
そのドライブインというのが、すごく流行った時期があるってことですよね。今では潰れてしまっているところも多いけど、今も残っているところを橋本さんが取材されていて。そこで話を聞いている方は、年配の方が多いんですけど、その人たちの語りがすごく好きで。この本の中で、橋本さんは「同じ店に三回足を運んで取材している」と書かれてますけど、やっぱりこれは三回行かないと聞けない話なんですよ。初めて行ったお店で、いきなり「あなたにとって一番の思い出は?」と質問するのはたぶん失礼ですし、信頼関係が要りますよね。その力もあるんやろうなと思うんです。
又吉
僕は橋本さんにインタビューされたことが何度もありますけど、橋本さんって話しやすいんですよ。僕は「これは言いたくないな」ってことが結構はっきりしてるタイプなんで、質問の答えを濁すことも多いんですけど、橋本さんにインタビューされると、気がついたら誰にも言うてへんかったことを話していたりする。この『ドライブイン探訪』に出てくる話も、橋本さんやから聞けたんかもなと思うんですよね。ここで語られている言葉って、人が創った言葉だと、なかなかこうはならないですよね。自然体の言葉を創作しようとしてもこうはならないから、すごく面白いなと。それに加えて、橋本さんが細かく時代背景を入れていくから、よりイメージが膨らむんですよ。そこに橋本さんの感想がぽんと一言二言入ったりするのが、むちゃくちゃ面白かったです。
橋本
ありがとうございます。ドライブインを経営されてる方にあれこれ質問するんですけど、さっき又吉さんが言ってくださった「あなたにとって一番の思い出は?」と質問しても、あまり答えが返ってこないんですよね。お店の方は取材されることに慣れているわけではないから、取材感が強くなってしまうと、答えがよそいきの言葉になってくる。当たり障りのない言葉か、実際には思っていないこと――たとえばテレビの街頭インタビューなんかでも、「この事件についてどう思いますか?」と急に尋ねられたら、そんなこと思ってなくても「いや、許せないですね」と答えてしまうと思うんです。初めて訪れてインタビューすると、そういうやりとりになってしまうかもしれないですけど、3回くらい繰り返し行くと、それで完全に打ち解けたとは言わないですけど、少しは打ち解けるところがあって。ドライブインを取材していたとき、2回目に足を運ぶときは電車やバスを乗り継いで行っていたんです。そこで朝からビールを注文して、「お兄ちゃん、車じゃないの?」と聞き返されて、「いや、歩いてきたんです」「えっ、歩いてきたの?」と会話をして。そこから何杯もビールとおつまみを注文して、そのたびにちょっとずつ言葉を交わして、帰り際に『月刊ドライブイン』を手渡すんです。そこで「こういう雑誌を作ってまして、もしよかったら今度お話を聞かせてもらえませんか」とお願いする。それでオーケーをいただけたお店に後日改めて取材をしているので、思っていることを語ってもらえたのかもしれないですね。
又吉
今の話を聞いていて思ったのは、この本に載っている面白い話を、ご本人はスペシャルと思ってない可能性がありますよね。僕は『遠野物語』が好きで、遠野市に取材に行ったことがあるんです。『遠野物語』は、基本的に妖怪とか不思議な話ばかり書かれているのに、新田乙蔵という人物について二話も使われてるんです。乙蔵は山の中にひとりで住んでいて、遠野のことは乙蔵が一番詳しいとされているのに、「あまりに臭くて誰も近寄ろうとしない」みたいに書かれてるんです。『遠野物語』を書いたのは民俗学者の柳田國男なんですけど、これは遠野出身の佐々木喜善という人物が語った話を柳田が聞き書きしたものなんですよね。僕の考えでは、佐々木喜善は自分が知っている遠野の話を全部話したけど、「これで終わりちゃいますよ」ってことで乙蔵の話をしたんじゃないかと思うんです。「乙蔵にしゃべらせたら、とんでもない話がいっぱいありますからね」と。それで、乙蔵の子孫がいるなら会ってみたいということで、遠野に出かけたんです。
遠野には乙蔵の玄孫(やしゃご)の方がいらっしゃって、その人に会いに行ったら、「あなた珍しいね、なんで乙蔵のことが気になるの」と言われたんです。自分は乙蔵の子孫であることがすごく嫌だった、と。そこで僕が「いや、違うんですよ、あなたの先祖が一番すごいんですよ、妖怪でもないのに二話も使われてるんですから」と伝えたら、「ああ、嬉しいわ」と言ってくれて。それで、僕は質問が下手やったから、「こういうとこに住んでたら、不思議な経験をしたこととかありませんか?」と聞いたんですけど、その玄孫の方は「ないねえ、妖怪の話なんて、その柳田って人が勝手に作ったんじゃないの?」とおっしゃっていて。その取材が終わって、ご自宅までお送りしますって一緒に散歩してたら、カメラが回ってないところでその方が話し始めたんですよ。「あそこにお墓があるんだけど、子供の頃はあそこを通るのが嫌でね。毎日のようにこんなでっかい火の玉が出て」――いや、それですそれです、それが不思議な話なんですとなったことがあって。まずはこっちの常識を伝えて、それが不思議なことやと伝えないと駄目なんですよね。橋本さんはきっと、それに成功してるんでしょうね。
橋本
取材って、どこかで終わらないといけないわけですけど、「じゃあ、ありがとうございました」と打ち切ったあとに意外な話が出てくることはよくあって。だから、ドライブインを取材してるときは、なるべく粘るようにしてましたね。お店の人からすれば、「もう取材は終わったはずなのに、なんで帰らないんだろう?」と不審がられてたと思うんですよね。身構えているときは思い浮かばないけど、ふっと気を抜いたときに出てくる話があるから、ひとしきり取材が終わったあとも店に残り続けて、「いや、いい景色ですねえ」とか言ったりして。
又吉
向こうは思ってるでしょうね。「え、帰らへんやん」って(笑)
橋本
もちろんその空気を感じてはいるんですけど、「ここで粘らないと」と。たばこが吸えれば間が持つんでしょうけど、そういうわけにもいかないから、ただ座ってる人になってます。
橋本
又吉さんって、自分からお店の方に話しかけることってありますか?
又吉
知らない街に行って、バーみたいなところで話しかけられたら、「この街はどういう街なんですか?」とか聞くことはありますね。あと、音楽や文学に詳しいお店の方がいたら、その方から話を聞いたりはしますけど、この『ドライブイン探訪』みたいな感じでじっくり話を伺う機会はないですね。
橋本
僕も普段東京で過ごしているときは、基本的にお店の方とほとんどしゃべらないんです。だから、何回足を運んだとしても、「お店の歴史を聞かせてください」と質問するのはガサツなことだなとは思っているんですけど、そうは言っても話を聞いておきたい気持ちが勝つから、ドライブインを取材してまわることにしたんです。
最初に日本全国のドライブインを巡ったのは2011年で、そのときは友人に車を貸してもらって、ドライブインを見かけるたびに立ち寄ったんです。でも、そこでちょっと立ち寄って、写真を撮って終わりにするというのは嫌だなと思ったんですよね。基本的に何十年と続いてきたお店が多いから、写真に収めると郷愁が漂うし、その写真から想像できるものはもちろんあるんです。でも、その「想像する」ってことは、あまりにも便利過ぎるなと思ったんですよね。「いやいや、お前は人に話を聞く仕事をしてるんだから、想像とか言ってないで、きちんと話を聞いて記録しろや」と自分自身に対して思ったんです。
又吉
聞いておかないと、いつか聞けなくなりますからね。
橋本
さっき又吉さんが、この本に出てくる、鉤括弧でくくられた店主の方達の言葉を「すごい」と言ってくれましたけど、その「すごい」っていうのは、驚愕の事実が語られてるとかってことじゃないですよね。そういうことではないんだけれども、そのお店でその人が何十年過ごしてきた時間の重さを突きつけられる言葉が多いんです。取材ではありますけど、その言葉を聞いたあとですぐに「じゃあ、次の質問なんですけど」とは言えないような時間に何度も出くわしたんです。誰かが過ごしてきた何十年っていう時間を聞くことは、当たり前に大変なことだなと思いながら、ドライブインを取材していた気がします。
又吉
会話って格好つけあってしまうから、「正確な言葉で話そう」という意識が入った時点でちょっと作り物っぽくなってしまって、天然の言葉みたいなものと出会える機会って少ないんですよね。でも、そういう自然な言葉に急に出会えるときがあって。かつて釜ヶ崎と呼ばれていたところへロケに行ったとき、少し離れたところで、仕事帰りの労働者の人が「はあ? 芸人やろ? なんやねん『先生』って」と言ってるのが聞こえてきたんです。その人が近寄ってきたときに、こんにちはって挨拶したら、「お兄ちゃん、真っ白や。俺、真っ黒」って笑いながら言われて、うわ、めちゃくちゃかっこいいなと思ったんです。たぶん、「なんやねん『先生』って」と言ってたのは、「アイツは芸人なのに、先生なんて呼ぶのは失礼だ」ってことを聞かせてきてたんだと思うんです。「大丈夫やぞ、お前が芸人なのはわかってるから、やれよ」と。こういう言葉はなかなか拾われへんし、そういう言葉に出会える場所に行かないとなと思いますね。
橋本
僕はノンフィクションを書く人間なので、どこかに出かけて言葉を拾って、それを文字に書き留めるって作業を繰り返してるんですよね。又吉さんはエッセイも書かれてますけど、小説も書かれてますよね。僕はフィクションを書けなくて、やっぱり創作というものには壁があるんですね。又吉さんの中では、自分がどこかで偶然出くわした言葉と、創作として書く言葉というのは、どういう関係にあるんですか? 特に鉤括弧でくくられる言葉というのは。
又吉
いろんなパターンがありますね。書いているうちに話が転がっていくこともありますけど、「ここからおそらくこういう話になるだろう」というものがある場合は、やっぱり、街の声を拾いに行くんですよね。自分の中で書きたいことはあるけど、それを言っているであろう人のちゃんとした言葉みたいなものが欲しくなることはあって。それをやり過ぎると、「こういう番組を作りたい」と決め過ぎて、その言葉を言わせようとするディレクターさんみたいになってしまうけど、「なるほどな、ほんまはこういう言葉になるんやな」っていう拾い方をしてますね。取材という形ではないですけど、飲み屋とかで話しかけられたら、個人的なことを聞いたりはするかもしれないです。
橋本
個人的なこと?
又吉
人間関係とかですね。「世間ではパワハラやセクハラが問題になってますけど、実際働いてる方の話はあんまり聞いたことなくて。働いていてどうですか?」みたいな質問をしたら、「いや、実はパワハラで悩んでて」という話になって。それまで可愛がってくれていた上司が、私が他の社員さんと話しているのを見てから冷たくなって、「お前は女であることを利用して仕事をしている」と言われたらしいんです。それ、めちゃくちゃパワハラやしセクハラやないですか。「そんな職場辞めたほうがいいですよ」と伝えたら、「いや、辞めたいと言ったんですけど、『そんな理由での退職は認められない』と言われたんです」と。「え、それに対して、先輩は何て言ったんですか」と聞いて――そう考えたら、結構質問してますね(笑)
橋本
さっき、「向こうから話しかけられたら質問する」とおっしゃってたじゃないですか。飲み屋で又吉さんを見かけて話しかけてくる人って、ガサツに話しかけてくる人のほうが多くありませんか? そういう人に対して又吉さんが質問したら、向こうが戸惑いません?
又吉
戸惑う人もいますよ。ラーメン屋さんで隣に座った男の子三人組が、僕に聞こえる声で「火花!」とか言うてたから、帰るときに「お兄さん、ちょっとだけ話聞いてもいい?」って外に連れて行って。「なんか『火花!』つってたけど、あれ何やったん?」「いや、又吉さんがいると思って言ってしましました」「なんで『又吉さんや』と思ったら『火花!』って言うん? 俺に対して攻撃してんのかなって思ってもうたんやけど」「いや、そんなつもりはなかったです、むしろ応援してます」「そうやったんや、それなら呼び出してごめんな」と。酔っ払って絡んでくる人には一切話さないですけど、そうやって理由を聞くことは多いかもしれないですね。
橋本
又吉さんは今、毎日新聞夕刊で「人間」を連載されてますね。それを読んでいて感じるのは、僕も人から言われたふとした言葉を忘れずにおぼえているほうではありますけど、又吉さんって人から言われたことを絶対に忘れないですよね。
又吉
忘れないですね。「あ」って思うんですよ。「今、すごいこと言われた」って。その言葉をおぼえておきたいというよりは、それを言われたときの自分の感情をおぼえておきたいんですよ。何を言われても聞き流せるはずやのに、なぜそれは駄目だったのか。「人間」っていう小説にちらっと出てくる言葉の中には、僕が実際に言われた言葉で、相手もおぼえてないような言葉を入れてたりするんです。そうすると、それを言われたときの主人公の感情がすごくわかる。僕、23歳のとき、「お前は何も成し遂げられない」と言われたことがあるんです。それをずっとおぼえてるんですよね。
橋本
その言葉が忘れられないってことはわかるんですけど、それをエッセイや小説として、文字に書き残そうとするのは何でしょうね。さっきと言ってることが反対になってしまうかもしれませんけど、「何も残らなくていい」という考えの人だっているじゃないですか。僕がドライブインを取材しているなかで、どうしてもこのお店に話を聞きたいと思った店があって。そのお店に取材依頼の手紙を送って、ぜひお話を聞かせてもらえませんかと後日電話をかけたんですけど、「うちは常連のお客さんを相手に細々と営業しているだけで、跡継ぎもないので、このままひっそり消えていけたらと思っているんです。私たちがここで営業してきたことを、こうやって気づいてもらえただけでもう十分です」と断られたことがあって。「店名は伏せますので」とか、「地名も伏せます」とかお願いしてみたんですけど、「もう、このまま消えていきますので」と言われてしまったんです。残さなくていいと思っている人からすると、僕がやっていることは、すごく余計なお世話だと思うんです。それでもどうにか書き残したいと僕は思ってしまって、その「書き残したい」という衝動はそもそも人間に備わっている感覚であるような気もするんです。又吉さんの「おぼえておきたい」っていう気持ちは、何に突き動かされてるんですかね?
又吉
僕が今行動していることは、すべて過去の何かで動いているんですよ。僕が使っている言葉も、子供の頃におぼえたもので、それを今こうやって話している。僕が今こうして話していることも、「上京して芸人になろう」と決めた、18歳の僕が選択したことなんです。18歳の僕が、38歳の僕に断りもなく、「上京して芸人を目指します」って決めよったんです。その続きを僕はやっているんですよね。過去と自分は切り離せないから、僕がもし芸人辞めるとすれば、18歳の自分を説得しなあかんくて。決定を行使できるのは今の自分ですけど、決定権は今の僕にだけあるんじゃないんですよね。6歳のときの僕も、18歳のときの僕も、今の僕と平等なんですよ。そう考えると、かつて僕が言われた言葉は今の僕が請け負わなあかんし、かつて僕が言ったことも今の僕が請け負わな駄目なんです。過去の自分がむちゃくちゃ傷ついたことがあるとしたら、今の僕が「こういうことだったんだ」と状況を把握しないと、次に行けないんです。
橋本
過去の自分の経験があって、それに影響を受け続けている自分があるわけですよね。でも、今現在は38歳である又吉さんも、未来の又吉さんからすれば過去の自分じゃないですか。未来の自分に対してはどんな感覚でいるんですか?
又吉
最近それに気づいたんです。「え、今は?」て思ったら、急に世界がクリアに美しく見え始めて。たとえるとすれば、自分の人生が終わってしまって、「うわー終わってもうた、もうあの世界の景色を見ることはできへんねや」と思ってたら、神様に「よし、一日だけ戻したる」と言われて、もう一度世界を見ているような感動があったんです。景色はきれいやし、空気は吸えるし、なんやこれは、すべてがあるぞ、と。今というものがいかにすごいかってことに気づいたのは、ほんとに最近ですね。

2019/02/09@B&B 橋本倫史×又吉直樹 「時代を描く、人間を描く」『ドライブイン探訪』(筑摩書房)刊行記念 対談トークイベント

橋本
ドライブインを取材しているあいだ、過去・現在・未来という三つの時間のことをよく考えたんです。自分の好きな店があるとして、未来にはやがて閉店してしまうかもしれないけど、今はまだ営業している。その視点で捉えると、現在という時間はすごく貴重なものですよね。ただ、その一方で、ドライブインというのは昔ほど賑わっていない店が多くて、今まさに閉店しようとしているところも増えているんです。それを巡るというのは、終わりつつあるものを愛でているだけなんじゃないかという自問自答が常にあって。ただ、あるお店の閉店が決まってしまったときに、やっぱり僕は「残念」という言葉は言えないなと思うんです。もちろん「明日から違う人生を過ごしたくなったから、このお店は閉店する」ということもあるとは思いますけど、どうしても続けることができなくて閉店していくお店もある。その状況を生み出したのは誰かってことを考えると、同時代を生きている私たちなので、「残念」とはとても言えないなって気持ちになるんです。終わりつつあるもの、終わってゆくものに対して、又吉さんはどんなふうに思っていますか?
又吉
終わらせるっていうのは、すごく大事なことやと思っていて。昔、線香花火ってコンビを組んでいたとき、単独ライブを始めるときに「永遠に続くものほど、退屈なものはない」という文字を出して、その数ヶ月後に解散したんです。その当時は「解散」って言葉しか知らんかったから「解散」って言いましたけど、チャットモンチーさんが「完結」とおっしゃったとき、ああ、その言葉のほうが正しいよなって気がしたんです。「解散」っていう言い方だと、続ける可能性があったのに途中で辞めたっていう見え方しか許されてないじゃないですか。でも、「完結」って言い方をすると、お客さんからすれば「寂しい」という思いはあるにせよ、その期間はそのお店があったということが良かったこととして残る気がするんです。

 これは橋本さんとも行ったことがあると思うんですけど、すごく好きなバーがあって、そこが閉店することになったんです。そのお店の何が好きかって、こんなこと言うたら失礼ですけど、いつ行っても混んでなかったんですよね。でも、そのバーが段々混んできて。マスターも混んでないのがいいと思っていたみたいで、選曲を研ぎ澄ませるようになって、「これについて来れないやつは去れ」みたいなやりかたをして、ちゃんとお客さんを減らして元の状態に戻して、閉店することになったんです。それはめちゃくちゃかっこいいなと思ったんですよね。皆が大好きな曲を延々かけ続けて客を満杯にすれば続けていけるかもしれないけど、それは明らかに違うとマスターが思って店を閉めるというのは、「うわ、残念やな」とは思うけど、納得するしかないなと思いますね。
橋本
世の中や時代とどう関わるかは難しいですよね。ドライブインというのは、ある時代に花盛りとなって、放っておいてもお客さんが詰めかけてたんだと思います。でも、時代が変わってしまって、ドライブインを利用するお客さんは少なくなってしまっている。閑古鳥が鳴いているお店というのは、今の時代の需要に合ってないわけですよね。自分がそのお店を好きだとしたら、それはすごく悲しいことで、自分が好きだと思っているものを、同時代を生きている多くの人は好ましいと思っていないという。自分が好きなものと時代との関係について、又吉さんはどんなことを思っていますか?
又吉
そこは難しいですよね。お笑い芸人の先輩や後輩でも、僕からするとめちゃくちゃ面白いけど、お客さんはそう思わないということもありますよね。それはきっと、僕が面白いと思う基準がズレてるんですよ。僕はその人のことを好き過ぎて、「他の要素は要らんから、ここだけくれ」みたいに、お弁当の好きなおかずしか食わへんみたいな構え方になってるんです。お弁当でたとえると、お米はカピカピになってるけど、肉じゃがはむちゃくちゃ美味しい弁当があるとして、多くの人は「そのお弁当、お米がカピカピやから食わへんよ」と言うと思うんです。でも僕は、その肉じゃがを永遠に食われへんものにしていいのかって思ってしまうんですよね。そこで「もうちょっとお米もちゃんとしませんか?」と言うと、お米はカピカピじゃなくなるかもしれへんけど、肉じゃがに掛ける手間暇が減ってしまって、肝心の肉じゃがが美味しくなくなってしまうかもしれない。あるいは、その美味さというのは、カピカピのお米を食べて、その寂しさを身体に充満させたあとだから感じるものかもしれないですよね。そこは難しいなと思いますけど、時代と合ってようが合ってなかろうが、自分の好きなものを自分の愛し方で「好き」と言っていたいなと思いますね。逆に、むちゃくちゃ流行ってるものに対して「流行っているから嫌い」みたいなことも言わず、できるだけ自分の感覚で楽しみたいなと思ってますね。
橋本
又吉さんが連載されている「人間」という小説で、1月15日付の新聞に掲載された第104回の冒頭に、「そんなに人を描くことって容易いのか?」という言葉が出てきます。小説の中でその言葉を書いた影島という男も、その言葉を受け取ったナカノタイチという男も、著者である又吉さんとは別人格であると思うので、もしその言葉が自分に向けられたとしたら、又吉さんはなんて答えますか?
又吉
やっぱり、人を描くのはものすごく難しいなと思うんです。言葉は人類が誕生したあとになって発明されたものじゃないですか。言葉のおかげで進歩してきた部分もあるけど、すべてを完全に再現することはできないですよね。今この状況を言葉で説明するとしても、全部を言葉にするとものすごい文字量になってしまうし、完全に再現はできないですよね。景色一つとってもそうやのに、秒単位で考えが変わっていく人間のことを断定しながら描くのはすごく難しくて。それに対する畏れみたいなものは、どこかで感じておかないといけないんじゃないか。全部のことをわかっているかのようなふりをする人は苦手なので、「人を描くことって容易いのか?」と聞かれたら、「いや、容易いと思ったことは一度もありません」と答えますね。容易いと思えないのに、どうして拙いやり方で人間のことを書こうとするのかと言うと、短い言葉で何かを言い表したときに、その人そのものを言い表してしまうようなことが稀に起こるんですよね。それが面白くて、そこに価値を見出してるんですけど、すごく難しいことやなとは思ってます。
橋本
人間を描く上で難しいなと思うのは、そこにはどうしても時代の影響というものがあると思うんです。『火花』を読んでいても、その背景には一つの時代が見える。それは又吉さんご自身も経験された、ネタ番組がたくさんあって、そこに出演するために若手芸人がオーディションを受け続ける日々を過ごしていた時代があって、その中でもがいている人間を又吉さんは描いていたと思うんです。『劇場』や『人間』も、それがいつの時代であるのか不確かな時代を描いているというよりも、ある時代の中を生きる人間を描いてますよね。
又吉
時代みたいなものは、否が応でも関係してくるんじゃないかと思いますね。「時代を問わず」という人もいますけど、それは時代から切り離されているということではなく、時代と人間の関係性の中に普遍的なものがあるということであって、時代と人間はセットじゃないかと思います。
橋本
僕がドライブインを取材して感じたことも、それに近いことなんです。僕が取材したお店の多くは家族経営で、こぢんまり営業されている店がほとんどだったんですね。でも、どんなに小さな規模に見えようと、そこで何十年とお店を続けているなかには何かしら時代の影がある。その時代の影にはいろんなバリエーションがありますけど、時代と人間というのは無縁じゃないんだなってことを思ったんです。
又吉
時代から逃げるというのは、たぶん無理なんですよね。僕は古着が好きなんですけど、中学の頃はまだダッフルコートがダサいと言われてた時代があるんです。ダッフルコートが80年代にめっちゃ流行って、それがあまりにも流行り過ぎて、90年代の初頭になると、真面目な人や受験生が着る服みたいになっていて。それで、僕が93年ぐらいに古着屋でダッフルコートを見つけて、友達に「いやお前、ダッフルコートって」と言われながら買ったら、次の年ぐらいにダッフルコートがめっちゃ流行り出して。そのことについて、「俺は時代にとらわれず、自分の好きなものを選んできたんだ」と思ってましたけど、あれはもう、僕よりもっと敏感な古着屋の店主によってセレクトされたものだったんだなと気づいたんです。やっぱりそれも、時代の影響下にある。そう考えると、時代と無関係でいることは難しいし、無関係で書けないというのがありますね。そこで難しいのは、時代に対する認識って人によってズレてるんですよね。
橋本
ズレてる?
又吉
たとえば歴史に詳しい人が「82年はこうでした、83年はこうでした」ってことを言ったとしても、それは全国的にそうだったわけではなくて、「82年の東京はそうやったかもしれへんけど、じゃあ大阪はどうだったんやろ」、「東京といってもそれは港区や渋谷区の話やろ、立川はどうやったんや」と言い出すと、全然変わってくるじゃないですか。さっき話したセクハラやパワハラのこともそうで、テレビをみている限りでは「セクハラやパワハラなんてありえない」という共通認識が出来上がりつつあって、そういうものは過去のものになりつつあるように思えるじゃないですか。でも、街の人にちょっと話を聞いただけでも「嘘やろ」と言いたくなるような話が出てくる。ただ、それを小説として書いたとすると、古くさいと言われてしまうと思うんですよね。「これだけセクハラやパワハラが問題視されている時代に、こんな上司なんておるわけないやん」と。時代に対してアンテナを張っている人の中では当たり前のこととして浸透していることでも、まったく届いてへんとこがある。そっちのほうがしんどいと思うんですよね。
橋本
セクハラやパワハラなんて前時代のものだと思われている時代を生きているのに、セクハラやパワハラを受けている人のしんどさがあるということですよね。
又吉
そうなんですよ。その人たちは実際にセクハラやパワハラを受けているのに、「今の時代にそんなやつおらんやろ」と、存在しない人として処理されるんですよ。あと何十年かすると、「2010年代にはセクハラやパワハラに関する議論が盛んに行われて、2020年には労働環境が整った」という簡略化された歴史が残されていくと思うんです。でも、現実にはまだセクハラやパワハラを受けている人たちがいて、その人たちの存在は埋もれていってしまう。それを考えたときに、「文学って、一番人数が多い人たちのことを書くもんやったっけ?」という疑問が浮かんでくるんですよね。それは報道で発信されていることだけど、文学や芸術というものはもっと、歴史上ではいなかったことにされていく人たちの声に焦点を当てないといけないんじゃないか。ただ、それをそのまま書くと、「時代認識が10年古い」と言われてしまうから、そこが難しいですね。
橋本
どんなに時代が進もうと、そこから取り残されてしまう人はいるから、そういった人たちを描くんだということですよね。又吉さんがこれまで書いてきた小説は、どれもそういった問題意識で書かれたものだと思うんです。それを強く感じるのは女性の登場人物で、『火花』に登場する真樹という女性も、『劇場』に登場する沙希という女性も、「そんなに献身的に男性に接する女性なんて、いまどきいる?」って言われることもあると思うんです。でも、どんなに時代が変わろうとも、そのように生きている人はいる。そこを描くんだというのが又吉さんの中に強くあるのかなと。
又吉
その前提で書いてるのに、その前提で書いてると思われないから、「なんで急に昭和みたいなことを書くんだ」と言われるんですよね。僕がよく言うたとえがあって、かつて運動部は「水を飲むな」と言われてたじゃないですか。「水を飲まずに練習したほうが根性がついて、試合のときに走れるようになる」と。選手たちがそれを真実として信じることができていた時代もあったけど、僕がサッカーやってた頃になると、「水をこまめに取らないと、運動機能が低下する」と言われ始めてたんです。そうすると部活中に水を飲ませる高校が全国的に増えて行くんですけど、水を飲ませずに強くなった高校だと、1990年代の後半になっても根強く水を飲ませてなかったんです。水を飲まへんかったら強くなれると思って飲まなかった人より、水を飲んだほうがうまくなるのに飲ませてもらえなかった人のほうが絶対キツいんですよね。周りからは「アホや」と言われてるなかで水を飲まずにやらないといけない状況のほうがキツいのに、「その時代にそんなやつおらん」と言われるんですよ。「いや、おってん!」っていう。それは女性性に関する話にも言えることで、「昔の女性は献身的であることが美徳とされていたけど、今は時代が変わった」と言われてますよね。でも、そんな時代になっても、その状況で生活をしている人たちがいる。それは全国一斉調査みたいなアンケートでは上がってこない声かもしれんけど、そのへんの飲み屋に行けばなんぼでも聞ける話ですよね。
橋本
ドライブインを取材しているうちに、途中からテーマの一つは女性だなと感じるようになったんです。戦後と言われる時代を生きてきた、これまであまり記録されることのなかった女性たちの姿を書き留めているんだなと。ドライブインの中には、80近いお母さんがひとりでやっているお店が少なくないんです。そこで話を聞くと、「もともと農家だったんだけど、主人が突然『ドライブインを始めるぞ』と言い出して。商売の経験なんてなかったけど、そうやって始めることになって、それから50年だね」という話になるんです。そこにある「主人」という呼び方も含めて、そのように生きてきた人たちがいる。しかも、夫に先立たれたあともひとりで店を続けている。それはいったいどういうことなんだろうって思ったんです。この本に出てくる「ロードパーク女の浦」というお店の澄子さんは、すごく穏やかなお母さんなんです。話を聞かせてもらったあと、海辺で写真を撮影させてもらうことにしたんです。海辺のベンチに移動すると、澄子さんは海のほうに向いて座られて。「写真を撮るから、こっち向いてもらえますか」と言うのも違う気がして、じっと待ってたんです。そうすると3分くらい経って振り返られて、「昔はね、ワーッて叫びたいような気持ちになることもありましたけど、こうして海を眺めていると落ち着いてくるんです」とおっしゃって。今はすごく穏やかな顔をされているから、「えっ、叫びたくなるようなことなんてあったんですか」と尋ねると、「そりゃありましたよ」と笑っていたんですよね。昔からごく当たり前のように存在していて、今も存在しているのに、言葉にされてことなかったことがある。ドライブインを取材しながらそれを記録できたらということを、途中から考えてましたね。
橋本
又吉さんが連載されている「人間」には、めぐみとカスミという女性が出てきます。ここ数日の展開は、めぐみと語っているなかで永山の記憶がまったく見当違いだったことが明らかになったり、めぐみと語っていたと思っていたのに相手がカスミになったり、結構スリリングだなと思ったんです。自分が見ていた世界とまわりが見ていた世界に隔たりがある。その隔たりやわからなさというのも一つポイントだなと。
又吉
これを言ったら元も子もないと言われるかもしれないですけど、いわゆる語りみたいなものは100パーセント正しいとは限らないですよね。裁判だってひとりの証言者だけで決まるわけじゃないのに、小説の登場人物の語りというものはなぜ間違わない前提で進んでいくんやろってことを考えていて。今橋本さんがおっしゃった箇所は、「登場人物だって間違うだろう」ってことなんです。その間違っていることに対する気づきもないまま進んでいくことのほうが実際には多いし、「自分が生きている世界はこうだ」っていうふうに、過剰に悪い感じで決めてしまったり、反対に過剰に良い感じに決めてしまったりする。「人間」っていうタイトルで小説を書くんやったら、語り手は完全ではないっていうこととして書かなあかんと思ったんです。そうすると語り手はやや不安定になるけど、不安定じゃないかのようで不安定なものとして描かなあかんのかなという気はしてます。
橋本
何人かでどこかに出かけたとしても、皆それぞれ記憶は微妙に違っているはずで。あのときはすごく嫌な思いをしたよねと言われて「え、そうだっけ」となったり、あの日はこれまでで一番盛り上がったよねと言われても「え、そうだっけ」となったり、そこは人によってかなり開きがありますよね。
又吉
太宰の小説に、「黄金風景」って短編があるんです。主人公はお金持ちの子で、お手伝いさんが何人もいる家で育ったんだけど、上京してぶらぶら過ごしてたせいで家から関係を断ち切られるんですよ。それがある日、お巡りさんに「あれ、お坊ちゃんじゃないですか」と声をかけられて、「うちの嫁もお坊ちゃんの家でお手伝いしてたんですよ、今度一緒に挨拶に行きます」という話になるんです。その名前を聞いた瞬間に、自分が悪行を働いた相手やと思い出して、二人が自分の家を訪ねてきたときも逃げ出すんです。でも、海辺でその家族を見かけて、「あのお坊ちゃんだけは目下のものにも優しく接してくれた」と言っているのを耳にする。それを「黄金風景」というタイトルにするのは、むちゃくちゃ過剰なタイトルではありますけど、すごく好きな小説なんです。自分は「あの人に対して酷いことをしてしまった」と思っているけど、その出来事は相手の記憶のベストテンに入っていない。僕自身の人生でもそれと同じような経験があるんですよね。

 それは小学校4年生ぐらいのときのことなんですけど、男子4、5人くらいで、掃除の時間になってもまだ紙を丸めたボールでサッカーしてたんですよ。そうするとクラスで一番優等生の女の子が――僕はその子のことをちょっと好きやったんですけど――「このままではあかん」と思ったのか、僕にうわーっと向かってきたんですよ。僕は女の子を殴ったことは一度もないし、どうやって対処したらいいかわからなくなって、「なんやねん」って言いながらその女の子のことをゆっくり倒したんです。それが忘れられなくて、「人が嫌がることをやっていたら、あんなことになる」と思えたんですよね。普通の人は小学1年生で気づくようなことを、4年生になってやっと思えて。それから時間が経って、大人になったとき、幼馴染の女の子と話してたんですよ。「皆、『又吉、頑張ってるみたいやな』ゆうてたで、地元に帰ったら顔だしたってや」と言われて、「最近は誰と遊んでんの?」と聞いたら、その女の子の名前が出たんです。それは大人になっても怖い思い出やったんですけど、勇気を出して話したんですよ。「その子にいつか謝らなあかんと思っていることがあって、伝えといてもらいたいねんけど。あのとき謝ることもできへんかったけど、今は反省してて。でも、俺みたいなもんとは一生会いたくないやろうから、顔を見せることもできへんけど……」「いや、又吉、何言うてんの?」みたいな話になって。いや、本人に伝えてくれたらすぐわかると思うと言っておいたんですけど、すぐにメールが返ってきて、「『なんのこと?』って言ってるよ」と。そのときに「ああ、人の記憶ってこういうものなんやな」と思ったんですよね。
橋本
誰かが語るエピソードに対して、又吉さんが愛でるポイントというのもそこなのかなという気がします。又吉さんは「さよなら、絶景雑技団」というコントライブを開催されていて、3月22日から24日にかけて三越劇場で上演されます。又吉さんにとっての「絶景」というのは、多くの人が美しいと感じる風景ではなくて、他の人からなんてことないものに思えるかもしれないけど、その人にとっては忘れられない風景である。そういった絶景を、いわゆるコントとも少し違ったかたちで舞台上にのせることができたらってことで続けているのが「さよなら、絶景雑技団」ですよね。
又吉
そうですね。でも、その表現って難しいんですよね。僕が「うわ、これ、めっちゃええな」と思う瞬間は皆とズレてるから、話す機会もあんまりないし、作品化するには地味やなと思ったりもして。どうしましょうかね。自分なりの絶景を言っていける何か、ないですかね。前に六本木ヒルズを歩いていたら、向こうから家族が歩いてきて。それは60代くらいのご夫婦と娘さんやったんですけど、娘さんが「あ、さっきの店に鞄忘れてきちゃった」と言ったんです。その瞬間にお父さんが「俺、取ってくるよ」と走り出して、意気揚々と率先して走り出すお父さんって格好ええなと思ってたら、お母さんが「あなた、ひとりで大丈夫?」と声をかけて。そうすると、10メートルぐらい走ったところでお父さんが立ち止まって、振り返ってモジモジし始めたんです。ああ、ひとりじゃ駄目やったんやと(笑)。娘のために率先して行こうとしたのも最高やし、ひとりじゃ行けないだろうと気づいたお母さんも最高やし、モジモジする顔も絶妙やったんですよね。こうして話すと地味やと思われるかもしれないですけど、そういう瞬間を摑んでいきたいですね。

又吉直樹さん主宰ライブのお知らせ

<本公演>
タイトル:「さよなら、絶景雑技団2019 本公演」
作・演出:又吉直樹
出演:又吉直樹、グランジ五明、しずる、ライス、サルゴリラ、囲碁将棋根建、ゆったり感中村、井下好井好井、パンサー向井、スパイク小川
日程:3/22(金)19:00開演 3/23(土)19:00開演 3/24(日)18:30開演
会場:日本橋・三越劇場
<派生ライブ>
タイトル:さよなら、絶景雑技団主宰「日本の表現者」
作・演出:又吉直樹
出演:又吉直樹、竹内健人、フルポン村上、サルゴリラ児玉、ライス関町
日程:3/23(土)15:00開演 3/24(日)14:30開演
会場:日本橋・三越劇場
チケットは、チケットよしもと他で絶賛発売中です!!
さよなら、絶景雑技団
橋本倫史(はしもと・ともふみ)

橋本倫史(はしもと・ともふみ)

1982年生まれ、広島県東広島市出身。ライター。構成を担当した書籍に坪内祐三+福田和也『羊頭狗肉 のんだくれ時評65選』(扶桑社)、谷川俊太郎+箭内道彦+宮藤官九郎『ボクらの時代 自由になる技術 80歳詩人の言葉を聞く』(扶桑社)、宇野常寛+濱野智史『希望論―2010年代の文化と社会』 (NHKブックス)、向井秀徳『厚岸のおかず』(イースト・プレス)などがある。2007年、リトルマガジン『HB』を創刊。その後もいくつかのリトルプレスを手がけ、2017年春に『月刊ドライブイン』を創刊。
著者によるまとめ

ドライブイン探訪 橋本倫史

橋本倫史

ドライブイン探訪

四六並/320頁/本体1700 円+税/
ISBN: 978-4-480-81850-8

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