第76回 毎日出版文化賞
紀伊國屋じんぶん大賞2022
W受賞

東京の生活史 岸政彦 編

東京の生活史 書影

一五〇人が語り、一五〇人が聞いた東京の人生

1216頁に織り込まれた
150万字の生活史の海。

いまを生きる人びとの膨大な語りを
一冊に収録した、
かつてないスケールで
編まれたインタビュー集。

……人生とは、あるいは生活史とは、要するにそれはそのつどの行為選択の連鎖である。そのつどその場所で私たちは、なんとかしてより良く生きようと、懸命になって選択を続ける。ひとつの行為は次の行為を生み、ひとつの選択は次の選択に結びついていく。こうしてひとつの、必然としか言いようのない、「人生」というものが連なっていくのだ。(……)



 そしてまた、都市というもの自体も、偶然と必然のあいだで存在している。たったいまちょうどここで出会い、すれ違い、行き交う人びとは、おたがい何の関係もない。その出会いには必然性もなく、意味もない。私たちはこの街に、ただの偶然で、一時的に集まっているにすぎない。しかしその一人ひとりが居ることには意味があり、必然性がある。ひとつの電車の車両の、ひとつのシートに隣り合うということには何の意味もないが、しかしその一人ひとりは、どこから来てどこへ行くのか、すべてに理由があり、動機があり、そして目的がある。いまこの瞬間のこの場所に居合わせるということの、無意味な偶然と、固有の必然。確率と秩序。



 本書もまた、このようにして完成した。たまたま集まった聞き手の方が、たまたまひとりの知り合いに声をかけ、その生活史を聞く。それを持ち寄って、一冊の本にする。ここに並んでいるのは、ただの偶然で集められた、それぞれに必然的な語りだ。



 だからこの本は、都市を、あるいは東京を、遂行的に再現する作品である。本書の成り立ち自体が、東京の成り立ちを再現しているのである。それは東京の「代表」でもなければ「縮図」でもない。それは、東京のあらゆる人びとの交わりと集まりを縮小コピーした模型ではないのだ。ただ本書は、偶然と必然によって集められた語りが並んでいる。そして、その、偶然と必然によって人びとが隣り合っている、ということそのものが、「東京」を再現しているのである。

(岸政彦「偶然と必然のあいだで」より抜粋)

NEWS

東京の生活史 目次

ただ……ピアノは弾くんだと思ってましたから。どう言えばいいんでしょうね、よくわかんないけど。ピアノのない生活なんか考えないですよ
語り手
手島儀子
協力
伊藤るり
聞き手
青山薫
「私は神様より悪魔のほうが好き」とか言っちゃって母を悲しませたよなぁ
聞き手
秋山きらら
あそこの店やって、みんないろんな人が来て、で、どこ住んでるんですか?って言うと、世田谷から来ましたとか下北から来ましたって、勝ったなって
聞き手
浅海卓也
で、前の工場っていうのは、そうだ、火事になって焼けた
聞き手
足立大樹
サーフィンじゃないけど、来た波に乗った感じ。やっぱりみんな何者かに最初からなろうとして目指すものだって言われた
聞き手
足立大育
目が合っちゃったの。ほかのこととか記憶ないけど(笑)。で、記憶もないんだけど、朝、自分の荷物もないの
聞き手
雨澤
鴨川に呼び出されてさ。ふたりでさ、けっこう言いあって。でもまあ、ふたりのことが心配だって。刹那的、絶望に、破滅に向かってるみたいな
語り手
谷ぐち順
聞き手
飯田沙織
で、結局地域の子で「友だち」になった子っていなかったですね、ずっと。うん。それはもう、大人になるまで
聞き手
飯山由貴
お母様が信頼してる占い師のところに連れて行かれて。そしたら、「子どもはできるし、この方が濱口家の金庫番になりますよ」って
聞き手
碇雪恵
気休めで飲みに行くとかそういう感覚じゃないっていうかさ、そこで生きるみたいな(笑)
語り手
吉田和史
聞き手
石川ひろみ
やっぱり一番根底にあるのは、普通の社会、一般社会の中で、「普通に働けるよ」っていう姿を見せたいっていうのはあります
聞き手
石田賀奈子
またその、時代が戻っちゃったけど、だから子供のとき、それで、都電が走ってたっつったじゃん。それと、ジーパンというのを初めて見たわけ
聞き手
石田瑞穂
ふかひれ、ふかひれだ。だから子供のときはずっと食べていた。自分でやるから安い。レストランとか高いでしょ。サメを捕らえて、普通に料理にできるところまで加工する
聞き手
石鍋啓介
私、面倒くさい人で、三倍働くのはイヤなんですよ。だけど、差別されるのもイヤなんです
聞き手
石原喜美子
息子が産まれたときに「男と和解しなきゃ」って思った
聞き手
泉谷由梨子
俺たちがやるものは、ナマで、その場で、そのとき限りに起こる、かけがえのない時間を起こさないと、来てくれって言っちゃいけないんだよ
語り手
木場勝己
聞き手
市川安紀
「長くできてすごいね」じゃなくて、優しさと、惰性と妥協と、で、続いてしまったってだけの話ですね。自らの意思で進んだ一〇年じゃない
聞き手
いつか床子
だから、モチベーションが違うんだよ、俺はもう、他の人とは、競馬に。ただ好きとかあれじゃない。俺は敵討ちだから
聞き手
伊藤宏子
自分のなかの乙女な部分が。繰り返し見れる。こわっ!そういう恋愛ってないだろうけど、男とか女とかどうでもいいな
聞き手
井上由香
そのときにいつもね、その言葉が頭にくるんですね。「ああそうだ、わたし務まるはずがないって言われたの振り切って出てきたんだから」と
聞き手
伊野尾宏之
大使館の払い下げの物ってさ、厚木基地の中に倉庫があって、そんなかに入れてあるんだよ。で、銃持ってる連中だから。中は治外法権だから
聞き手
今岡拓幹
もっとすごい色があって、いろんな繊細な色があって、それぞれが違うけど、それが見えないのが嫌だなと思ってて
語り手
青野棗
聞き手
上間陽子
誰も助けてくれなかった
聞き手
打越正行
朝ごはんはクロワッソーンとキャフェオレだよ。それがいきなり「おー」って挨拶したら、小指がねえんだから。そんなやつばっかりだから
聞き手
内田竜世
マジでほんまに友だちがM‒1で優勝するみたいな感覚ですよ。ほんまに噓みたいなことがけっこうな頻度で起こるので、噓みたいなことが
聞き手
大河原さくら
もう何百人目かの俺なわけですよ
聞き手
大北栄人
読本に書肆って。書肆、と言ったら、それ本屋のことだぞって、あたしそれで覚えて、それはもういまだに覚えてる
聞き手
大久保真由
自分の歌を好んで聴いてくれるひとがまだ世の中におったんやっていう気持ちになって、すごいうれしくて
聞き手
大久保理子
どうしようもなくなるとね、花をね、がっさり買ってきた(笑)。それで、入り口にばさっと花を飾って、それで、ちょっとこう気持ちを落ち着かせた
聞き手
大里瑞夏
お坊さんの基本の仕事って話すことだと思うよ。お経を読むとか祈るとかってあるけど、それは話をすることが大前提にあるものだから
語り手
早島英観
聞き手
太田典歩
ストローでバーッと飲ませるんだよね。それでポンっておいて、またケンカして。また「Kさん、お茶!」って言って、またストローで飲ませて、っていう。それがすごい衝撃で
聞き手
大槻美和
五、六人ぐらいの子どもで、ぞろぞろぞろぞろ、その銭湯へ行くわけ。大体三時とか午後早い時間に行って、ばしゃばしゃ泳いだり大騒ぎして
聞き手
大西未希
故郷っていうものに対する考えが芽生えたっていうか、自分の故郷はそこなんだなあと(笑)、故郷感みたいな
聞き手
大八木宏武
このままじゃしょうがねぇから、「若い連中誰かやるべぇよ」っちゅう俺が言って。それで農業の先駆者として、リーダー格でやったの
聞き手
小笠原綾
中国は触れないほうがいい、在日は触れないほうがいい、そうやって自分の中で内在化して悪者にしちゃうんですね、自分が悪くないとわかっているのに
語り手
チョーヒカル
聞き手
岡本尚之
ギーゼキングがドビュッシーの「月の光」弾いて、なんってきれいな世界だ、って。でそれからもう、あんまり感度がよくないラジオ、毎日聴いて
語り手
大友聿子
聞き手
岡本史浩
……「帰って来て?」それで、帰って来て、何をする?
聞き手
荻堂志野
ちょっと複雑な思いを抱く故郷ができちゃったわけです
聞き手
掛川直之
うちはちゃんと四角いから好きなんですよね。正方形か長方形の部屋だけで構成されている家っていうのはレアだったりするので
聞き手
笠井賢紀
自分みたいな人間もいるよ、っていうのを、認めてくれる大人になりたいな、って思ったんですね
聞き手
柏倉功
そんときにたまたま見た本に、なんかその、自分の、なんっていうんやろうな、なんかこう、魂が赴くままに行け、みたいな本があったんやね
聞き手
梶原亮一
ここはもう、まるっきり変わっちゃったわね。だって、普通の住宅が多くなっちゃったもんね。お店がなくなって
聞き手
勝浦研斗
もしかしたらみんなが集まれる場所を作ったら、喜んでもらえるかなっていう
聞き手
葛宮亘
日本の雑誌とかすごい見てたんで、しかもけっこうミーハーなので、当時V6とか好きだったんですよ(笑)。まさかのジャニーズ、ふふふふふ
聞き手
加藤里織
手話で話すので、死角がなくなるように鏡を置いて、鏡越しに会話ができるようにするとか
聞き手
加藤夏海
普通だよ。だから酒飲んでる。わかるでしょ。嫌だから。これ今の今まで、忘れなさい。って言われてる。「忘れなさい」。子供産んで、忘れなさいはできないんだよな
聞き手
加藤雄太
隊列なんかせんとバラバラやな。そしたらな、おばあさんが、「兵隊さん、ご苦労様です」言うて、わしに、こう、手に持てるだけの胡桃をくれたんや
語り手
金井塚修
聞き手
金井塚悠生
車を運転しながら花火がバンバンあがってて。ファンファーレみたい。今から死ぬぞ!じゃないけど
聞き手
兼子春菜
あるがままって、ご縁なんだよね
聞き手
加福文
山口百恵みたいにきれいに消えたい。あとは自分の消え方がほんとに、かっこよく、悔いのないようにしたい。たとえ自分が退屈だったとしても
聞き手
上久保直紀
私のあずかり知る東京はだいたいこのへんがすべてなんですけど。中央線がすべてなんですよね
聞き手
唐澤和
もう、ちょっと、出世してからじゃないと帰れないみたいな。気持ち的にはそういうのは、あったのかな、と
聞き手
川野英二
すべて金出すから、そこに住めってね。要は、この子のためだよね。だって、彼氏がね、こんなテントに住んでいるわけにはいかないじゃん
聞き手
川端豊子
口では田舎暮らしとは言いますけど、実際、本当にそう思っているかと言われたら、こういう「東京」あるよな、泉川みたいな東京もあるよなって
聞き手
川邉絢一郎
はー、陸続きで荻窪駅着いちゃった。白杖ひとつで隣の島まで歩いてしまった
聞き手
河村愛
息巻いてやってきていたことっていうのは、すべてただ単に自己満足だったんじゃないのっていうふうに思ったときがあって。なんかもう寒気がしたんだよね
聞き手
神原貴大
この土地は、江戸時代の初めにうちが住みついていま十数代目だから。昔はこの辺を武蔵国って言って茅の野原だったの
聞き手
菊池謙太郎
顔を見合わせた。なんか違う、これすごいと。レガートが、シンバルレガートが。これやっぱり東京行こう。また東京行こうと
語り手
大森秀斗史
聞き手
岸政彦
皇居を見ながら、おっぱいをこう……搾ってる自分がなんかねえ……すごい哀れっていうのか
語り手
清水千恵子
聞き手
金直子
いつだって顔出してるのはあたしでさ、いつだってリスクが半端じゃないのはあたしのほうなのに、俺の気持ちって何?って感じじゃない?
聞き手
木村映里
あー、もう、なんでも性格的に受け入れてしまうのかね。もう、そのまんま営業で、ずっと売るために頑張ってた
聞き手
具志堅大樹
自分が面白いって思うものをやるっていう意味で「誰の言うことも聞くな」っていうのが、一番印象に残ってるっていうか、そういうことが一番大事なのかもしれないなって
聞き手
久世英之
立志伝中の人物みたいに出世してやろう、大金持ちになろうはさらさらなかった。ただ、とにかく仕事をやんなきゃ。それだけだったね
聞き手
熊本博之
逃げていく車を津波が飲み込んでいくシーンとか。あれジッと見てたんですよ。そしたら俺何やってんだろうって
聞き手
倉数茂
自分の欲に何万もかけて来る人がこんなに世の中いるのに、なんでお金のない人とわざわざ付き合ってるんだろうって思って
聞き手
小池エリナ
ポンってもう軌道に乗っちゃったからね、俺の場合。軌道に乗っちゃったんだよ
聞き手
小泉真由子
まあそんなにがむしゃらに働かなくてもいいかぁみたいな感じで。そこからもう余生に入ってしまったんですね、いきなり
聞き手
小枝冬実
成人式のときに、お母さんがどうしても着物着てって言われて、お母さんの願いを叶えようと思って、そのときに着物着て
聞き手
小城萌笑
神戸のおうちで目が覚めて、「このままこの家に住んでたら大変なことになるわよ」って声が聞こえたの
聞き手
小林真紀子
商売やめるかて人間やめられへんから
聞き手
小林玲
二〇年前の物が……やっぱり、シールのついたテーブルはつらかったね、居間に置く背の低いテーブル。あれはちょっともうつらかったな。うん
聞き手
小松順子
そう、だから、次は東京に。東京、うん。東京だったらわたし一人ぐらい生きてく場所があるんじゃないかなと思って
聞き手
小松原花子
よく「左利きなんだ」って言われるんですよ。「実は右が使えないんで」って言えばいいんですけど、とっさにそこまでの会話ができなくて
聞き手
米谷瑞恵
もうね、ターン、ターン……と焼夷弾が落ちるんです。そのたびに人がね、燃えちゃうんですよ。それを間近に見てた
語り手
濱田嘉一
聞き手
近藤夏紀
まず上海で二週間隔離を受けた。そのあと武漢に行った。お母さんとお父さんは、僕を迎えに来てくれた。武漢の駅から出たとき、僕は涙を流した
聞き手
齋藤あおい
「お姉さん、もしかして東京生まれ、東京育ち?」とか言って、「うん」って言ったら、「むかつく」って言われて(笑)
語り手
高岩智江
聞き手
齋藤直子
ひとくち目はあんまり味わからなくって。どっちかというと、ひとくち目でちょっと上見たんですよ。雷が落ちるかなーっと
聞き手
酒井摂
一回ミスらないとわからないじゃん。うちらってたぶんそういうタイプ。あのときの自分死ねって思わないとわからない(笑)
聞き手
榊栞理
全部お店やめてからね、ヤクルト始めた。ヤクルト始めたらね、自分の給料として入ってくるでしょ、それからね、それからもう私の時代よ(笑)
聞き手
坂本絵美子
英語のアイデンティティーがそれこそ大きすぎて
聞き手
坂本光代
「オリバーはオリバーでええやん」の言葉で、どっかで吹っ切れたんですよね。ええふうに持っていこうと思って、これを機に変えようと思って動いただけです、東京は
聞き手
坂本唯
寒い日に児相行くのに、私のポケットにその子の手をこうやって入れたときに、「ん、つながった」って感じがして
聞き手
櫻井勇輔
下の子は、あのよく私に言っていたのが「僕はいつもお兄ちゃんの用事にくっついてるだけだね」って言われたりもして
聞き手
里芋はじめ
毎日毎日、色が変わってた。「今日はピンクだー」「今日は緑だー」「今日は何色かな」「あ、今日は紫だー」「あ、今日、きれい!青だぜ!」
聞き手
佐藤いぬこ
私は本当、東京は自分のエリアですから、いっくらでもいるじゃないと。ふふふ。だから気に入る気に入らないは一か八かで、人の出会いでしょ?
聞き手
實川真規
本当の意味でのルーツは沖縄。東京は、住む場所というより、成長できる場、憧れの地という感覚があったんだよね
聞き手
篠田里香
本来なら届くところにまだ届いてないよな、ていう。届く人は初めからいるんだけど、そこに届けるだけの力がまだ僕にはないんじゃないかって
語り手
古明地洋哉
聞き手
芝夏子
なにか、二重の構造があるんですよね
聞き手
清水唯一朗
福生の街ってやっぱ、特有だからね。なんとも面白い
聞き手
下地ローレンス吉孝
私の人生には、たくさんの麒麟がいる
語り手
イヴァンカ・ギヨーム
聞き手
末松史
ひとり夜歩きながらフリースタイルとかしますね。なんだろう、セルフボーストするための道具とかではなくて、身についてるというか
聞き手
菅谷雪乃
果たし状を出すの、中学生に。グループがあるの。うちらのグループ、そっちのグループ、果たし状出して、行って、喧嘩するの。髪の毛引っ張ったりね
聞き手
鈴木恵理
改札こうやって入ろうか入ろうかって何回かやって、そのたびに私が一歩踏み出すから、もう笑い出して、向こうから来てくれて
語り手
黒田樹梨
聞き手
鈴木紗耶香
運命じゃないけど、江戸っ子がグイーンって来たっていうか
聞き手
スズキナオ
うぉわ!って(笑)。こんなにお金がある!みたいになって。あはははは。だからもう、ほんとにもう、全然なんか、とにかくもらえるだけでうれしかったんで
聞き手
鈴木裕美
やっぱり、止まり木なんですよ。鳥が飛んで、休む場所なんですよ
聞き手
関駿平
たぶん富山ずっと住んでると、少なくとも岡山のデニムは欲しがらないと思うんですよ
語り手
松澤くれは
聞き手
髙橋かおり
混ぜご飯みたいだよ。ぐちゃぐちゃだよ
聞き手
髙見之陽
真里さんはまぁいいって言ってたけど、私はなんかしっぶって感じだったのね。いやぁ斎藤真里ここで死ぬのみたいな。なんか渋いなって
聞き手
武田千愛
天気のいい日に自転車で坂を下りて仕事に行くときはすっごい快適だし。なんか知らないけど突然歌ってるんだよね
聞き手
武田梨華
やっぱり人が死んでいる、亡くなっているっていう事実を、こう、肌で感じながらやらないと絶対いけないんじゃないかなって
聞き手
竹谷美佐子
これが自分の幸せなんだなって思う、イメージができたし。自分のセクシュアリティを受け容れつつも、幸せにやっていけるのかもしれないって
聞き手
太齋慧
もう三六五日毎日ですもん!友だち来ちゃったとかさおすそ分けとかって持って来てくれたら行かれないでしょ?ちょっと帰って、みたいに言えないから
聞き手
田中創
うえーって吐いて、ぷっと顔上げたら、僕が作ったコピーが目に入ったんですよ。「ウイニングパットはまだまだ続く」って
聞き手
田中雅大
だから、ツイッターもフェイスブックも更新が三日とかないと、生存確認が父から入る
聞き手
辻拓也
で、聞いたら、「木更津です」って言うから。「横須賀の向こう側じゃーん!」って話して。「やっぱあの辺の東京湾にはなんかあんのかねぇー!」って
語り手
河原田仁志
聞き手
続木順平
クワズイモの葉っぱっておっきな葉っぱがあるのよ。雨の日はそれをかぶるの、途中で、拾ってから
聞き手
渡真利彩
部外者なんだよ、フォトグラファーっていうのは。外から中をのぞきこむ人で、僕の人生自体ずっとそんな感じ
語り手
JimiFranklin
聞き手
冨手公嘉
隣の人だね。うん。コテハンが「チャーハン」だった時期ですね
聞き手
中井澪
自分の足、自分で立って、自分の羽、自分で飛んで。お金もらった、私の汗と涙のお金だった。わかる?
語り手
アムー・ハサン
聞き手
永井藍子
やっぱり自分のお店はいいと思うね。だからここの店大事にしますよ。死ぬまでいるよ
聞き手
中植きさら
「なんか見つかるんだよね」「そうね、ほんとそう。必ず見つかるんだよね」
聞き手
長倉崇宣
炭鉱で育って、ふるさと感がまったく他の人と違うってところが、僕がなんか発想の原点が違う、そもそもの理由なんじゃないかと最近思ってるんです
語り手
今野勉
聞き手
中島みゆき
介護するようになって、母に触るようになって。それであたしも「甘えた」という形になったのかな
聞き手
なかのゆか
あーほんと。うれしいなあ。自分がここで生まれたんだっていう思いっていいよねえ。ルーツっていうかね
聞き手
仲藤里美
男児郷関を出ずれば焉んぞというわけで、立派な人間になってというお祖父さんとお祖母さんのお見送りを受けながら、汽車に乗って行きました
聞き手
中山早織
やっぱり東京の都会のもやしっ子にだけは絶対に、なったら私が嫌いになっちゃうかもしれない
聞き手
成瀬郁
電車に、ペットボトルのごみ落ちてて……私これを拾わなかったら明日に残るなと思って
聞き手
南里百花
掛け算というか、スパイラルにならないと、みんなハッピーじゃないから
聞き手
新山大河
小学校二年生のときに私、「ノリコ・non-no」って作って。『non-no』編集者になるのが夢だったな、いまだに夢は、叶ってないんですけど
聞き手
西岡日花李
聞かれてもほんとにね、そうとしか言いようがない。自分の中では選択肢って、あったことがない感じがする。なんかそっちしかないみたいな
聞き手
外立勝也
俺、いまね、恋してんだ
語り手
西村勝男
聞き手
長谷川実
一つのところに絞って一生懸命やればそっちがいい。人があんなに成長してるから、自分もそれをできると思うと限りないから。自分に合うことをやらなきゃいけない
聞き手
はっとりたくま
「の」。それから「は」「に」「る」。いちばん出ないようなやつは「ゐ」。あんなのめったに出ない。なにせ一番出るのは「の」
聞き手
林雄司
だから私と地球の戦いはまだ続くねん
聞き手
東万里江
東京と被災地でこんなに違うんだって思っていて。なんか久しぶりに温かい味噌汁飲んで、幸せ感半端なかったんです
聞き手
藤代将人
用事があって、病院に行ったり、買い物に行かなきゃいけないとき以外は、いますよ。昼間から。土曜日も日曜も祝日も、正月も。ここ数年ずーっといますから
聞き手
藤原理子
虫がいるのは当たり前なわけなんですよ。僕らがやりたい農業って、そういうことなので。自然の中で作りたい。そこにはいろんな生き物がいる
聞き手
古屋敬洋
よく東京は目標が多いとかさ、言うけどさ、競合が多い。そのぶん、ぶっちゃけ沖縄って競合がそこまでなくて、決定的な差ってないと思う
聞き手
星野光一郎
「ピナ・バウシュ見たか?」みたいなことになって、「ああもう。これ大学行かなあかん」て。試しに大芸受けたら受かって。高校行かん言うてた人が
聞き手
細貝由衣
一〇カ月しかないんですよ、払うのに。前回、ずいぶん勉強させてもらいましたよ。種、蒔いている場合じゃないな、って
聞き手
堀部篤
東京に来た当初、学校のオモニたちがしゃべっているのを聞いていたら、めっちゃ話の展開が速くてついていけないと感じたことがあってん
語り手
金詠実
聞き手
松岡理絵
アイスコーヒーっていうのはものすごい手間がかかるんだ。それで、その人は「できました」って持っていくと「はい、ありがとね」って言って、一〇秒だからね、飲むの
聞き手
三浦一馬
でも、やりたいことは全部犠牲にするけど、医学部に行ったってことでひとつ大きなコンプレックスが消えたほうが僕の人生の中ではそれのほうが得じゃないかと思ったんです
聞き手
三品拓人
だからなんて言えばいいんだ。植える野菜も根っこが生えるが、俺にまで根っこが生えちまった、っていうこった
聞き手
水野萌
そんなもん知らんがな、じいさんなんか。それであくる日一番に実家帰ろうって思って、東京駅まで出ちゃったわけやんか
語り手
三浦紀子
聞き手
宮田桃子
二月のすんごい寒くて、風の強いときって嫌でしょ?けど、あのおいしい切り干し大根ができるんだったらと思って、ちょっと嬉しくなる
聞き手
宮本由貴子
暗黒の四日間を耐えて、で、そのまま過ごしてたら、友だちと話してても当たり障りのないことしか言えなくなっちゃって
聞き手
村上ももこ
ガスがもう、二〇年以上かかってやってるから。だからガスしかないのよ。要するに身体の、頭の中がさ
聞き手
村松賢
高校卒業して外出たことないお母さんが電車に乗って行くっていうのがすごい大変で、銀座線に乗るときに、電車に二回落っこちてるんだよね
聞き手
村本洋介
「あんな山が本当にあるのかしら、この目で見たい」という。本当にそう、それだけ。憧れよねぇ
聞き手
毛利マナ
寝てるときにもガタンガタンガタンてね。聞こえた。それも毎晩じゃない?貨物電車だと思う。うるさくはないの。寝心地のいい音で
聞き手
森山晴香
雑誌を買ってページをめくってると、新島の海の色って独特だから、すぐにわかるんですよね。あ、これ新島だって
語り手
梅田久美
聞き手
薮下佳代
現実逃避だよね。金なかったもう。人から金借りて、家賃払いながら、自分は日銭でパチンコ向かう。最悪ですよはっきりいって(笑)
聞き手
山口聖二
もういずれはやるんだからじゃあ時期を早まらせて親世代である残留孤児たちのために介護をやろうと思って、その場で決めちゃった
聞き手
山崎哲
レコード屋はほんとに夢の公民館で
聞き手
山田哲也
身軽っちゃ身軽。地面に根をおろすくらいじゃない。鉢植えくらい、まだ
聞き手
山本ぽてと
ドラマチェックはずっと続いてるわね。でも、出てくる人の顔がわからないから、出てくる人のストックがなくなってきてるっていうかさ
聞き手
湯田美明
どうかなあ。まあ、レスだからね。なにレス……言わないよ!
聞き手
ルイス
自分からアイヌのことをなくしてしまったら、想像できないですけど、その、店もそうだし、伝承活動もそうですけど、もうかなり軸となってるので
聞き手
渡邊直紀
あとがき ── 偶然と必然のあいだで
岸政彦

一般から公募した「聞き手」によって集められた
「東京出身のひと」「東京在住のひと」 「東京にやってきたひと」
などの膨大な生活史を、ただ並べるだけの本です。
解説も、説明もありません。
ただそこには、人びとの人生の語りがあるだけの本になります。

編者

岸政彦(きし・まさひこ)

一九六七年生まれ。社会学者・作家。立命館大学教授。主な著作に『同化と他者化──戦後沖縄の本土就職者たち』(ナカニシヤ出版、二〇一三年)、『街の人生』(勁草書房、二〇一四年)、『断片的なものの社会学』(朝日出版社、二〇一五年、紀伊國屋じんぶん大賞2016受賞)、『質的社会調査の方法──他者の合理性の理解社会学』(石岡丈昇・丸山里美と共著、有斐閣、二〇一六年)、『ビニール傘』(新潮社、二〇一七年、第一五六回芥川賞候補、第三〇回三島賞候補)、『マンゴーと手榴弾──生活史の理論』(勁草書房、二〇一八年)、『図書室』(新潮社、二〇一九年、第三二回三島賞候補)、『地元を生きる──沖縄的共同性の社会学』(打越正行・上原健太郎・上間陽子と共著、ナカニシヤ出版、二〇二〇年)、『大阪』(柴崎友香と共著、河出書房新社、二〇二一年)、『リリアン』(新潮社、二〇二一年、第三四回三島賞候補)など。

『東京の生活史』プロジェクト概要

プロジェクト開始に寄せて
(岸政彦)

 それまでも何度か東京には遊びに行っていましたが、18歳の受験のときにはじめてひとりで東京を訪れたときのことが忘れられません。どこだったか場所も忘れた、小さな安いビジネスホテルの部屋で、真夜中に窓を開けると、星空のような街の水平線に新宿の高層ビルの灯りがきらきらと瞬いていました。
 よく、東京にはリアリティがないとか、虚構の街だとか、記号の海だとか、そういう気取った言い方があります。でも、この歳になってもいまだに、東京を訪れるたびに感じるのは、その実在感です。ああ、東京タワーって、ほんとにあったんだ。新宿アルタって、ほんとにあるんだ。渋谷のスクランブル交差点って、実在するんだ。
 有名なところだけでなく、小さな商店街の一本裏の、小さな家やアパートが並ぶ路地も、たしかにそこに実在する東京です。
 記号やバーチャルではない、実在する東京。ほんとうにそこにある、ただの、普通の東京。
 もちろんその全貌を、一挙に理解することはできません。でも、私たちはすくなくとも、たまたま出会ったその小さな欠片を切り取って、手のひらの上に並べることはできます。

 『東京の生活史』いよいよ正式にスタートします。これは、私自身が監修し、一般から公募した「聞き手」によって集められた「東京出身のひと」「東京在住のひと」「東京にやってきたひと」などの膨大な生活史を、ただ並べるだけの本です。解説も、説明もありません。ただそこには、人びとの人生の語りがあるだけの本になります。目標は80人から100人、二段組でおよそ800から1000ページ(!)を予定しています。

 本書の趣旨・コンセプト・意義について、説明会と面談をおこないます。まずはお気軽に、事務局までご連絡ください。ご質問なども歓迎します。
 説明会と面談のあと、インタビュー調査の理論・方法・倫理などについて、がっつり「研修」をおこないます。

 みなさまからのご応募、楽しみにお待ちしています。

2020年7月1日 岸政彦
※プロジェクトの告知に際して書かれたものです
募集要項
締切 2020年7月20日募集期間は終了しました
資格・所属などは一切問いません。

「真面目に、静かに、謙虚に、他者の語りに耳を傾けることができる方」を
募集します。
(事前に拙著『街の人生』を読んでおいていただけるとうれしいです)

『東京の生活史』ができるまでの記録

担当編集者制作日誌

プロジェクトの舞台裏を全公開!

東京のひがしにある出版社で、1冊の本をつくるまでの記録です。
2021年10月
2021.10.6

2刷のできあがりを待たずに、3刷が決まったとのこと。注文がたくさんきていて、2刷分がだいぶなくなりそうになっているそう。

2021.10.07

倉本さおりさんから、電話取材。週刊新潮で連載中の「ベストセラー街道をゆく!」で『東京の生活史』を取り上げてくださるそう。もちろんお名前は存じ上げていたが、お話しするのは初めてで、楽しくて電話で1時間以上話してしまった。

2021.10.14

読売新聞の電話取材。製作部にも、造本について話を聞きたいとのことで、つなぐ。

2021.10.18

牧製本印刷さんで、『東京の生活史』2刷の製本を見学させていただいた。都営三田線の志村三丁目にある(隣駅の志村坂上には国書刊行会がある)。もともと神田にあったのが戦後に越してきて、そのころ、あたり一面はほとんど何もなかったそうだ。印刷所や製本所が多いのは川を越えた埼玉というイメージがあったので、たしかにこの立地はすこし意外ではある。

製本についてのレクチャーを受けたあと、実際にフロアーを案内してもらった。1階には、紙を折ったり断裁したり綴じたりする機械のほかに、折った16ページなり32ページの折丁を合わせていく丁合機が置かれている。折丁を順番に合わせていく、というのが非常に重要な作業で、カメラでそれぞれの折丁に間違いがないかつねにチェックしている(ここが狂うと、いわゆる乱丁本ができてしまう)。スタッフの方も、聞くと、丁寧に説明してくれた。

2階は、上製本を製本するラインがあって、花形の感がある。時間を合わせていただいたおかげで、『東京の生活史』が製本されていく様子を見学することができた。1階で丁合を取り背を綴じたものが、裸の状態で並べられている。背にボンドをつけて熱したあと冷やして固めてから、背以外の三方を断裁する。次にスピンをくっつける機械があり、そのあと背に寒冷紗など背の補強として3枚の紙を順に貼っていく。花布(はなぎれ)もこのタイミングでつけるが、本の天地だけについていると知って驚いた(てっきり背の全体にわたって糸が縫ってあると思っていた)。で、今度は見せ場というか、本体と表紙をつけていく。青くてよく目立つ。本はどうしても背の側がふくらむので、できあがった本を互い違いに、それぞれ背をずらして重ねていく。これで1日、触らずに寝かしておくそう。

3階は並製の製本機およびトライオートと呼ばれるカバー・帯を巻く機械がある。帯の天地幅といった数値が機械の限界値によって決まっているのがおもしろかった。ちなみに製本の束幅の限界は80ミリで、これは機械の幅に依っている(実際には紙の膨らみを考慮に入れて、数ミリ下げる)。なので、広辞苑の場合は、その幅に収めるために薄い本文紙をわざわざつくっているそうだ。

普通の本は16ページ単位で折るのが一般的だが、『東京の生活史』は32ページで折っている。「折り屋さん」と呼ばれる専門の職人さんがいらして、できるひとがどんどん減っているそう。32ページで折ることのメリットはなんだろうと思っていたが、1階にある丁合機を見て合点がいった。丁合機は横に45台並んでいて、45折分、合わせていくことができる。つまり、一折16ページだと最大16×45=720ページで、これだと『東京の生活史』のページ数にならない。これまた機械の制約だが、一折32ページとすると、1216ページは38折となり、45台に収まる。

製本所の見学を終えたあとも、専務の牧さんにいろいろとお話をうかがった。まず、上製本をつくれる製本所がどんどん減っている。いちど失われた技術を継承していくのはむずかしいので、製本所をとりまく状況を出版業界全体のこととして考えてもらえたら、とのことだった。ひるがえって、自分の仕事はどうかというと、上製本は年に1、2冊、やはり並製が大半で、昨年は無理を言って仮フランス装がひとつ(仮フランス装のできる製本所もすごく減っている)。

折り屋さんや箔屋さんなど、印刷・製本を取り巻くさまざまな専門の仕事があり、10人以下の小さいところが大半で、後継者が見つからなかったり、機械が故障したり(コストをかけて直しても回収できない)で、廃業されていくところがどんどん出てくるだろう、とも。もう、毎回担当した本は箔押ししたくなってくる。

編集としては、一冊一冊、ちゃんといい本をつくって、それをたくさん売っていく、という以外にないのかなと平凡な結論に落ち着きそうな自分もいるが、ことはそう簡単でもないと思う自分もいて、まだまだよくわからない。とりあえず、『東京の生活史』が売れたことで、製本所の方も喜んでくれていたのは、ほんとうにうれしかった。いい本が売れる、これ以上にみんなが幸せになることって、そうそうないと思った。

丁合機

丁合機

2021.10.26

2刷があがってきた。

2021年9月
21.09.03

聞き手の方にお渡し会の日程を送る。岸さんの都合もついて、平日と休日にそれぞれ一回ずつできることになった。

21.09.08

Eテレの放送日、タイトルが決まったとのこと。だれに取材したかなど、ちょこちょこ情報は入っていたが、実際にどういうものになったのかはわからない。楽しみ。

書店でのイベント、細かく決めないといけないことを詰めたり、準備したり。

21.09.09

宣伝課の、聞き手インタビューに同席。参加した背景を聞くと、ああ、ここにも生活史があるなあと思う。

21.09.11

Eテレの予告編を見た。おもしろい内容になってそう、反響も大きいとディレクターさんから連絡があった。

2021.09.14

見本の発送。聞き手の有志が、手伝いに来てくれたおかげで、午前中で作業が終わった。もちろん全員初対面なのだが、同じ聞き手ということで目次を見ながら「どの原稿ですか?」と聞き合っている。しまいには連絡先まで交換していて、こうやって仲良くなるんだなあと感心してしまう。筑摩の社内を案内したら、とっても喜んでくれた。

2021.09.15

イベントについての調整こまごま、ラジオ出演の日程調整、書店まわりの手配など、目が回っている。

2021.09.16

岸さん、来社。見本のお渡し会が、今日と18日の土曜日にある。続々と聞き手の方が来て、座って本を眺めている。「聞き手の〇〇です」と自己紹介がはじまり、不思議な雰囲気になった。岸さんが、「ああ、あの聞き手さんか。あの語りよかったなあ」と一人ひとりに声をかけている。

そもそもオンラインでの集まりばかりで、こうして集まることはなかった。実在するんだなあと不思議な感慨が湧く。語り手を伴って来る聞き手もいて、もう、この不思議さをどう表現したらいいかわからない。映画のフィルムをつなぐ仕事をされていた方のお話をうかがったり、花火のあがるなか病院へ向かった方のお話をうかがったり、おもしろかった。

隣どうしに座った聞き手が、なんとなく話をするうちに仲良くなっていくこともあったようだ。もともとの知り合いがいる、というひともいた。あっという間の3時間。

夜は代官山蔦屋に移動して、イベント第一弾。声優・ナレーターの加藤有生子さんを岸さんの二人で朗読会をする。各自2編ずつ、だいたい20分くらい読みあうというもの。加藤さんの朗読は、プロってすごいという子どもじみた感想しか出てこないもので、抑揚のつけかたや聞き手と語り手の読み分けなど、余計なストレスが一切聞いてる側にかからない。それでいて、内容が迫ってくるかんじがして、驚いた。岸さんの2編目は、岸さん自身の語りなのかと思うほどで、なじんでいって、とてもよかった。

何度も読んだ原稿のはずなのに、耳を通して入れるとぜんぜん違う体験になることに驚いた。蔦屋の宮台さんも、横で泣いたり笑ったりしていたが、読むとはちがう回路が開かれるような経験だったように思う。

終了後は、岸さんが会場に来てくれたお客さんと、ゆっくり時間をかけてサインをしつつお話をされていた。これは、うれしいだろうなあと見ていて思う。加藤さんは初めての人前での朗読だったようだが、すごくいい経験になったと喜んでいらしたのがうれしい。加藤さんの読んだ原稿に『名探偵コナン』の話が出てくるのだが、加藤さんはアニメのコナンくんの担任の先生・小林澄子の声をやっているそうで、びっくりした。

ほんとうならここで打ち上げして、という流れなのだが残念ながら駅で解散。

2021.09.18

お渡し会、2回目。平日は仕事などで来られない方もいるだろうから、休日にできてよかった。みなさん、岸さんに会えてうれしそう。岸さんは、一人ひとり丁寧に、サインをしながらお話しされていた。6時間ぶっ続けで対応してくださって、もう頭があがらない。ほんとうに、ありがとうございました。

夜はETV特集。ディレクターの今氏さんからはプロジェクト開始のころに連絡をもらって、1年間、じっくり付き合っていただいた。番組は、『東京の生活史』を題材にしたひとつの映像作品になっていて、とてもよかった。

2021.09.19

タイムラインでは、『東京の生活史』買ったよ、との知らせが出てきている。やはり大きさが目を引くようで、なにかしら分厚い本と並べて撮ったり、見ていて楽しい。

2021.09.22

重版がかかった! うれしい、うれしい。

2021年8月
2021.08.02

会議、会議、打ち合わせと、忙しい。

見本のお渡しについて、こまごま調整。献本リストもつくりつつ、ぜんぶ宅急便になるのではと気づいて焦る。タックシールが使えない=宛先手書き。そもそも発送用の段ボールの数が足りてるのか、宅配の発送状はどれくらいあるのかなど、地味に確認。直接取りに来てくれる方が半分近くで70人くらい、だいたい80セットは発送することになりそう。

会議から戻ると、新聞広告の確認が机に置いてあった。これは、いい宣伝になりそう。さすがである。

書籍の買い取りに関する問い合わせが来たので、大急ぎで販売に相談。まえから相談しようと思っていたのだが、ほかってしまっていた。だいたいのところは詰められるので、あとは明日アナウンスする。しかし、けっこう在庫が逼迫している。

2021.08.04

買取や本の献本に関する連絡が五月雨に届いているので、かたっぱしからエクセルの表にまとめていく。

ラジオ出演のスケジュール調整。ジュンク堂池袋本店でやる『東京の生活史』関連本フェアのリストが岸さんから届く。素晴らしい内容で、感激した。

新規の原稿依頼、新書の入稿準備、ゲラの手配など盛りだくさんで、『東京の生活史』を校了してからのほうが忙しいのでは、というかんじだ。

2021.08.06

今日のお昼で著者買取の注文締切。集計して販売へ。

献本についても、直接取りに来るか発送にするか連絡をしてもらうことにしている。名簿と対照して、全員分を確認。

15時過ぎ、見本が届いた。心なしか製作担当のテンションが高い。量が多いので製本所の人と手分けして、見本を台車で運ぶ。宣伝の尾竹さんも手伝ってくれた。集荷の前に急いで岸さん宛に梱包。喜んでもらえるといいのだが。

校閲の人にもお礼がてら見本を持って行った。とても喜んでくれて、うれしい。実感がないのだが、こうしてできあがったことを喜んでもらえると、こちらまでうれしくなる。喜んでくれる人がいるとそれを見てうれしくなる、というメカニズムが確実にある。

夜は、お祝いに乾杯。

2021.08.07

岸さんのところにも届いたとのこと。4冊結束をそのまま、筑摩特製の耐久度高めのダンボールにつっこんで送った。ちょっとウケたようで、うれしい。

2021.08.09

岸さんの選書リストにあった、スーザン・サザード『ナガサキ』(みすず書房)を読む。このタイミングで読もうと思って、取り寄せておいた。

2021.08.10

見本の手渡しと発送作業。20人ほど、聞き手の方が受け取りに来てくれた。聞き手が実在する、という事実にたじろぐ。発送を手伝ってくれた方もいて、ほんとうに助かった。

社内で、すごい本になったねと何度も声をかけられた。うれしい。

16時過ぎに駆け込みでだだだと人が来た。なぜかみんなが座って本を読むという、読書会のような雰囲気になっていた。聞き手も、自分以外の原稿がどういうものになっているのか、気になっているかもしれない。ご感想、お待ちしています。

夕方、急いで鈴木成一さんのところへ見本を持って行く。3冊をエコバッグに入れたらぱんぱんになっていて、重たい。お見せして、この分量で角背の製本はそうとう難儀したようですと伝えると、「(この厚さは)やったことないからなあ」と不敵に笑っている。仕上がりにも満足いただいたようで、ホッとした。鈴木さんにしか頼めない仕事でしたと、あらためてお礼を伝えて帰った。

2021年7月
2021.07.01

今日で、「東京の生活史」プロジェクトからちょうど1年。1年くらいで出したいと思っていたが、多少の遅れはあったものの、順調に進んだと思う。岸さんは最初「目標は80人から100人、二段組でおよそ800から1000ページ(!)を予定しています」と書いていたが、結果的には150人1216ページに落ち着いた。

いま、本文は印刷所に入れて、週明けに出校されたものを最終確認しておしまい、というところまで来た。そのあいだに、控えのプリントアウトに目を通していく。それぞれ最低2回は読んでいるのだが、つい読みふけってしまう。文字に落とすことで、語り手のことは知らないはずなのに、実際のインタビューに同席するよりもその人のことがわかったように思えるのはなぜだろう。文字だけに情報を限定することで、かえって情報が増えるというか想像の余地が生まれるのかもしれない。

書誌情報を公開してからの反応は上々で、うれしい。「鈍器本」という個人的には使いたくないフレーズが(もともとはビジネス書で分厚い本が増えてきたことから出てきた言い方のよう。本で人を殴ってはいけない、と思う)、メディアを中心に広がっていることもあって、流れは悪くない。とくに目次をみて、これだけで泣きそうとか反応している人が多いようで、予想以上の反響だった。その期待に応えられる内容になっていると思う。

2021.07.05

週末から、本文の最終チェック。単純な誤字脱字を複数発見。どんなにみても、出てくる出てくる。体裁上、直すのが望ましい箇所にも赤を入れた。ひとまず、これで精いっぱい。

これだけの本、どうやって製本するんだろうということで、製本所に見学に行けないか聞いてみたところ、条件付き(人数制限および緊急事態宣言が出なければ)で許可してくださった。製本の現場は見たことないので、楽しみだ。

午後、校閲からの指摘も反映して印刷所に戻す。ルビのレイアウトの直しがちらほら。校閲には校閲の論理がある。

赤字が直ったことを後日確認すれば、いよいよ校了となる。夕方には、表紙の新しい色校正も出た。きれい。岸さん鈴木さんに送った。

ひと息つくひまもあまりなくて、さっそく、刊行後のパブリシティが決まりはじめている。書店での刊行記念イベントもあり、予定がパズル化してきた。しかし、メディアの食いつきがすごい。本を売るために大事なのはこれからなんだなと、ちょっとモードが切り替わってきつつある。

2021.07.06

スピン30本が微妙に拡散している。

2021.07.07

朝、早めに出社して大慌てで企画書4本。だいたい考えてあったので、あとはバーッと打つだけ。眠い。企画会議は上々、今週中には依頼したい。新書の企画は、頭の使い方がちがう。

席に戻ると、どっかと最終確認用のゲラが椅子に置かれていた。先日の赤字がきちんと反映されているか確認していく。2箇所ほどこちらの指示のせいで間違いがあったが、これならと「責了」。書くとき、手が震えた。

製作に持っていくと、おつかれーとねぎらってくれる。なんかあったら、あとは増刷で直せばいいよと心強い。間違いがゼロとは思ってないが、とにもかくにもやれることはやったはず。ようやく終わった……。あまり実感が湧かないが、次第に解放感・多幸感があふれてくる。

1時間ほど喫茶店でぼーっとしたあと、メディアへの声かけの仕方を考える。旧知の記者さんにリリースを投げたり、過去のメールを遡ってラジオの担当者を探したり。すぐ返事をいただけることもあって、ありがたい。

夜は、岸さんからいただいた肉を焼いて食べた。ばっちりミディアムレアーで、おいしい。せっかくいい気分だったが、ニュースを見てだいなしになった。なんて情けない世界。

2021.07.09

夕方、西荻の今野書店に顔を出すと、花本さん水越さんが店奥のコックピットにいた。「東京の生活史、期待してますよー」と、うれしい。初回の仕入数も予想以上に多く、そこまで大きくないお店なのにどうするんだろうといらぬ心配をしてしまう。水越さんおすすめの『蛇の言葉を話した男』などを買った。

2021.07.12

イベントの手配を進める。リリースをつくったり、対談相手に出演の依頼を出したり。

宣伝の尾竹さんが、書店向けの特典にする小冊子(『東京の生活史』ダイジェスト版)のラフを持ってきてくれた。あとがきの抜粋や、紙面の見本、一カ月分の制作日誌など盛りだくさん。とってもいいかんじ。

値段が値段なので、一回見ただけでは購入にいたらないひともいるかもしれない。その場合は、このダイジェスト版を持ち帰ってもらって、検討してもらうことができる。という目論見らしい。さすが。

2021.07.19

「酷暑刊行会」(木下古栗さん)という言葉が頭に浮かぶ暑さ。

イベントの準備。青山ブックセンターでやるのが第1弾で、リリースのたたき台を岸さんに見てもらってすこし手直しして、先方へ。代官山蔦屋のイベントも、お相手が決まった。日取りを仮でおさえてもらう。

今回、書店でのイベントはすくなくとも3回計画していて、それぞれちがう趣向にしようと思っている。

2021.07.20

刷り出し(本番前の準備の印刷、確認のために一部編集に渡される。ザーッとチェックして、なにかあれば最悪ここで印刷を止められるが、たぶん損害が発生するのでやばい)の確認。3日かけて全体の刷り出しが出てくるという、初めての経験。

2021.07.21

代官山蔦屋のイベント、リリースなどの素材を宮台さんへ。朗読のイベント、これはなかなかレアで楽しいものになりそう。

2021.07.26

連休中に、書店さんからイベント告知の確認の連絡が来ていた。それぞれ岸さん、出演者に確認してお返事。早速、青山ブックセンター本店と代官山蔦屋での刊行記念イベントが告知されていた。たくさん申し込みがあるとうれしい。

HONZという出版業界でも一目置かれている書評サイトに、こんな記事が出ていた。https://honz.jp/articles/-/46053

予約ランキングに入っているのも驚きだが、取次の方にこうして注目してもらえるのもありがたい。

2021.07.28

30日に「東京の生活史」の特設サイトが新しくなるとのことで、プレビューで確認。充実している。これで書店さんもリンクがはりやすくなると思う。

2021年6月
2021.06.01

聞き手の一人からは先日、「建設業の方で、雨が降れば聞きとりできます」というメールが来ていて、ガチで雨乞いしている。

2021.06.03

生活史の原稿がさすがにちょっと疲れて読めなくなってきたので、今日は別の作業にあてた。

2021.06.04

ひたすら責了以外、あまり書くことがない。

書店さんからは早速、事前の入荷希望数が届いている。3桁注文してきた書店があるとのことで、「クレイジーでは?」とこちらが不安になる。あんな馬鹿でかいの、どこに置くのというかんじだ。

イベントの問い合わせも、ちらほら。期日を切って、あらためて販売・宣伝と相談することにした。

聞き手に原稿料を支払うため、著者として、住所や口座番号など登録しないといけない。ある時点でゲラのやりとりの際に教えてもらえばいいと気づき、半数以上の方からは聞いてあるのだが、早めに提出いただいた聞き手の情報がけっこう漏れている。支払い先がまだのひとを対照して、メールを出した(これだけで1時間以上かかる)。途中、先輩の編集者が話しかけてきて、まじ大変ですと愚痴を言ったらそれが編集者の仕事だとのこと。編集者、ほんとやること多いな。

振込先を知らせるメールに、エールがたくさん書いてあって元気になった。週末読む用にゲラを持ち帰った。

2021.06.06

朝、早めに起きて持ち帰ったゲラを読む。ゲラのチェックに必要なのは、体力と時間だと思う。1日に一定量を超えて確認はできないし、それを続けるのもけっこうたいへん。

2021.06.07

週明けて、作業がほんとうにしんどくなってきている。校了というのは通常せいぜい1週間とかそれくらいで根つめてやるのだが、1カ月近くそれが続いている。ラストスパートは、そんなには続かない。校了とは別に、度重なる催促や社内の調整や書類の作成などもあって、けっこう限界だなと思う。

原稿はこれで残り3本、というところまで来た。未提出の方に連絡をとって、それぞれ状況をうかがう。現実的に、かなりいまのスケジュールでは難しい。というか、だめだ。7月は出ない。うーん、なんとか間に合わせようとやってきたが…情けなくなってきた。今日という今日は、なんだかつらい。と思いつつ、帰りの電車でぼーっとしてるうち、「あ、お盆前の見本にすればいいんだ」と思いつき、夜には若干気分が好転。

2021.06.08

昨夜は岸さんからあとがきが届いた。書いてるうちに多くなっちゃったと言っていたが、素晴らしいあとがきだった。報われる。

刊行を延ばすと決めたら、ひと晩たって、まあそれもいいかという晴れやかな気分に。こういうときは手を動かそうと、張り切って、前付後付のテキストをつくる。目次や奥付などの原稿作成、この時間は好きだ。どういうふうに本が始まって、どういうふうに終わるか。どうでもいいが、奥付は最後の奇数ページに置いて、本の最後は白にするのがピシッとしていてかっこいい。

午後、引き続き責了。さすがに飽きてきたので、途中でやめて、対談のまとめなどちがう作業。

2021.06.09

目次の、まだ入ってない聞き手(の一部)のタイトルには「はよはよはよはよはよはよはよはよはよはよはよはよ」と仮でテキストを打ってあるのだが、岸さんから朝見て爆笑したとのメッセージ。アタリのテキストで遊ぶのはけっこう好きだ。あらためて目次にある人数を数えてみると、147と、150人には3人足りない。サーッとなって名簿と対照、抜けてただけだった。ほんと怖い。

間あいだに写真を入れるという案があったのだが、岸さんから、やっぱりしっくりこないとのことであらためて検討。だいたい100ページごとに見開きの写真を入れるという話があったが、たしかに、本の純度というか、徹底したかんじが薄れてしまうかもしれない。おそらくは文字だけというのが大事なポイントなんだと思う。ある意味、写真よりテキストのほうが情報量が多い。

ということで、デザイナーさんに相談。「ストイックだね」とご理解いただけたので、写真はなしに。それに伴い、ページ数の変更(また!)。1216ページになりそう。

カバーのラフが出たので、文字校。どんなものがあがってくるか、楽しみで仕方ない。

2021.06.11

ひとまず全員分の原稿の目処は立った(はず)。ページ数や発売日などの情報も来週には確定できそう。

2021.06.16

カバー入稿! どうしても決めきれず、ちがう紙で二種校正をとることにした。

原稿は、ついに残り1。おお、終わる…。

2021.06.21

PR誌「ちくま」9月号への書評の依頼が来ていた。この量、だれに書いてもらえばいいんだろうと悩む。岸さんの編者解題がいいのかなと思って相談してみると、山本貴光さんにぜひ書評していただきたい、とのことだった。言われてみれば、これほど打ってつけの方もそういないのでは、と勇んで依頼。さっそく快諾のお返事をいただき、うれしい。

刊行記念イベントは、ひとまず、申し出をいただいた3つの書店さんでやることにした。発売からの時間も異なるので、それぞれちがった内容の企画にしないといけない。考えるのがなかなかたいへんで、岸さんとも何度かやりとりしている。出てすぐは「本出ました!」という苦労話とか紹介でいいとして、もうすこし時間が経ったときにどうすればいいか。

2021.06.24

覚書などの提出状況を、書類を引っ張り出して確認。けっこうな数のひとが提出してないことが判明。岸さんとも相談して、聞き手全員に連絡をいれる。提出は必須ではないけど、きちんと語り手さんと合意しておいてくださいと強めにメールを出しておいた。

今日は色校正が出る予定だったが、帯だけ遅れて明日になるとのこと。鈴木成一さんのところに持って行く約束だったので、これにはけっこうがっくりきた。

2021.06.25

昨日、営業担当の出町さんが書店への事前案内セットを持ってきてくれた。筑摩書房販売部の伝家の宝刀「どすこい」(書店に向けた案内のこと。これについては、筑摩から本も出ている→『どすこい 出版流通』)には、「「超大型」新刊」の文字がでかでかと書いてあって、最高だなあと笑ってしまった。たしかに、大きい。応援してくれる書店さん向けの特典も、おもしろいアイデアでありがたい。

それとは別に、目次や一部原稿をプリントアウトしてホチキス綴じした、お手製の冊子もつくってくれている。これだけ手をかけてくれると、じーんとする。毎月たくさんの本が出ていくなかで、一冊一冊にかける時間や労力はどうしても限られてしまう。まずは会社のなかで「この本なら」ということにならないと、わりとお話にならない。社内で注目されるのも一種の販促。来週にはそれぞれの書店さんへの案内が順次出される、とのこと。急ピッチで準備が進んでいる。

色校が揃った。急いで梱包して岸さんに発送。どうしてこう、色校送るのに適した封筒がないのか。

そのあと、鈴木成一さんの事務所に色校を持っていく。校正紙を切って、実際の束見本に巻いて確認するのだが、ちょっと切るのに時間がかかりそうとのことで、ひとまず鈴木さんと話す。まあベージュかな、というところで落ち着きそう。

束見本を見ながら、ゲラのほうが読みやすいよねえと軽口。今回、そこまで厚い紙ではないので、ページのわりに薄い本にはなっている(それでもでかくて重たいが)。鈴木さんに「この本、おもしろいですか?」と聞くと、「おもしろかったですよ」と言われてホッとする。すごい本になるねえと笑っていた。

2021.06.27

朝起きると、岸さんから「祝」のメッセージが昨晩届いていた。150人目が入った。おお、おお。ついにこの日が。デザイナーの平林さんに、「日曜にすみませんがレイアウトお願いします」とメール。これでやっとページの右左が決められる…。

2021.06.28

週末のうちに岸さんのところに色校が届いたそう。2パターンのうちどちらかなあと思っていたが、悩んでらっしゃるようで、返事は明日に持ち越し。

原稿が揃ったので、はりきって最後の作業。仮でつくっていた台割がぴったりはまった。なんだかうれしい。全ページのPDFをもとに、目次の照合。本文をちょこちょこ直してるので、漏れがけっこうある。というか、一人抜けてて焦った。最後、150と書くところでちょっと手が震えた。150揃ったよ!

2021.06.29

朝、岸さんから連絡があり、「グレーです!!!!!」とカバーの紙色も決まった。その後、表紙の別案も確認いただいて、これでカバーまわり(カバー、帯、表紙、別丁)は確定!

2021年5月
2021.05.01(土)

朝にかけて8本ほど原稿の提出があった。メールの文面から、悩みながらもなんとか仕上げてくださったんだなというのが伝わってくる。午前中いっぱいかけて、できるところまで原稿整理してデザイナーさんへ。お休みなのにお返事が来て、ちょっと申し訳ない。急がないでいいですよー、とわけのわからない返事をしておいた。

2021.05.02(日)

素晴らしい原稿が来ていて、朝から泣いてしまった。ちょっとした奇跡が起きているような原稿。

2021.05.06(木)

連休後半はへばってしまった。明けて、出社。校閲のひとが、ドサッとゲラを持ってきてくれた。この原稿はここがおもしろかったよね、あそこ良かったよねと感想を言い合うのが楽しい。

朝から入稿とゲラのチェック、これでほぼ1日終わる。

2021.05.07(金)

入稿130。あと20、ここからがけっこう大変かもしれない。

週明けには営業との打ち合わせなど刊行に向けた準備を進めないといけない。が、来週はけっこう忙しい。

2021.05.08(土)

朝方、入稿1本。素晴らしい原稿。こういう原稿が来るとひときわうれしい。本当に、がんばって仕上げてくださったなあと思う。再校を岸さんへ、ちょうど100になった。

2021.05.10(月)

今週はけっこう予定が詰まっていて、忙しい。朝、出社して初校の戻しを何本か。聞き手の方に直していただいて、格段に読みやすくなったものがあった。よかった。初校を出して以来、戻しに時間のかかっている方が何名かいる。悩んでるのかもなあと思って、どうですかー?とメールを送ってみる。

午後はゲラ作業の合間に制作とページ数や進行について打ち合わせ、その後宣伝・販売と打ち合わせ。それぞれの持ち場で、どうしたら本が良くなるかを考えてくれていて、ありがたい。束見本のページ数を間違えたのがやばい。

2021.05.11

午前中、入稿と初校の戻し。

2021.05.13

今日は疲れもあって、在宅。午前中はぐったりしていた。午後は入稿したりこまごま。

2021.05.17

出社。入稿2本、初校戻し8本。戻しが多い。お願いしていた中国語訳が届いたのでライツ担当に転送。これでうまくイメージをつかんでもらえるといいが。この2社さんに投げてみますねーとのお返事、ありがたい。

カバーまわりのテキストをひとまず打ってみた。メインコピーは「東京にある、普通の人生。だけど、リアルでおもしろい」。下手な代理店のコピーみたいで、なんだかしっくりこない。ダメもとで、デザイナーさんに頼んでラフ(のラフ)を切ってもらうことにした。

2021.05.19

午前中、初校戻し3本。しばらく入稿なし。

午前中、販売・宣伝と打ち合わせ。対外告知のタイミング、定価と部数などなど、詰めていく。本体価格は、わりと理想的な価格帯に落ち着きそう。

カバーまわりの文言がしっくり来ないので、岸さんに相談。「これ誰が書いたの?」「テキストがすべてだめ」と肝の冷えるメッセージ。穴があったら入りたい。ちょっと考えるわ、と時間をおいて届いたネームに目を見張った。この思い切りはなかった、やっぱり言葉のセンスがすごいと感服。

新しい帯のテキストを、デザイナーさんに送る。表1に総額表示を入れないといけないのだが、短いコピーだけにしたいので、販売に確認。無理を言って、表4に入れさせてもらう。こういう、ちょっとの無理があとあと本の質に響いてくる(はず)。

明日は「入稿表検討」という、定価と部数を決める一歩手前の、本のだいたいの設計とか方針を確認する会議がある。出席する部長さんに、あれこれ説明。とにかく束見本がとんでもサイズなので、みんなびっくりする。

2021.05.20

「どすこい」という筑摩の販売独自の書店向けペーパーに、「東京の生活史」に関する原稿を書いた。

入稿表検討の結果も聞いた。とくに大きなツッコミはなかったようで、ひと安心。目次どうするの?という質問があったようだが、16ページくらいにぶちこみますと返事しておいた。

2021.05.21

疲れで、ばっちり寝坊。いつもより1時間ほど遅れて出社。

とりあえずゲラをプリントアウトして名前の順に並べる。机の下から、以前プリントアウトしたものの、赤字合わせをしてない再校ゲラを多数発見、やばい。プリントアウト、赤字合わせで1日終わった。名前の順に並べるのは、途中で時間切れ。

入稿数は、今日の時点で140本。あと10本というところまできた。

週末に家で読むのに、あ行のゲラだけ持ち帰った。

2021.05.24

週末、あ行読み終える。やはり、異様にあ行とか行が多い…。数えてみると74人で、半分近い。

最初のころ見ていたゲラと、些細なところだが微妙に基準が合わないところが出てきているので、細かく直す。入稿1本、これであと9本。再校と3校がまじってきてカオス。

凡例(本の最初に、その編集目的・方針・使い方などを箇条書きにまとめたもの)を試しに一回書いてみる。どうもうまくないので、筑摩の本をうろうろ見てまわる。いったんできたので、岸さんに。手直ししてくださって、だいぶよくなった。

2021.05.26

午前、出社。ひたすらゲラを読んで戻す。「、」「。」の字間が詰まっている箇所が気になりはじめる。こうなると、文字を読むというより字間を見てしまうようになるので、けっこうやばい。

2021.05.27

今朝の時点で、入稿141、残り9。やっと一桁。

2021.05.31

週明け、入稿1、あと8本!

昨日SNSで岸さんが「あとがき」を書いてると言っていたので、ちょっと気持ち的にも楽。もうすこし、もうすこし。

とはいえ、現実的に7月下旬が微妙になってきたので、引っ張って引っ張ってのスケジュールと、泣く泣く1カ月延期のスケジュールを出してもらうことにした。それで、引っ張ってのほうは、ぜんぜん引っ張れないことがわかった。延期のほうは、印刷所にも確認する必要があり、後日。

初校の戻しも、だいたい済んできている。ひたすらゲラを読む。合間の気分転換に、経費精算と企画書2枚。

午後、細かいレイアウトと今後の進め方をデザイナーの平林さんと電話で相談。いまそれぞれの原稿はバラバラのファイルになっているのだが、それを128ページ単位でひとつのファイルにしてもらい、責了分のゲラの確認に当てることになった。

2021年4月
2021.04.05(月)

週明け、新規の入稿は2本。K-POPは「Kポ」と略すらしい。入稿の少なさに「デザイナーが泣いていますとお伝えください。笑」というメールが来た。

振込先の必要項目に「支店名」と入れるのを忘れたため、何人かに確認。こういうちまちましたのが、けっこうめんどくさい。念のため経理に確認するも、支店名がないと振り込めないそうだ。わかってた。実際いちばん重要な情報は口座番号だと思うのだが、階層的に支店名がわからないとたどり着けないので、まあ仕方ない。経理への支払い先の登録は、excelのファイルにまとめて記入することになった。とはいえ、それもいちいちコピペで貼って行かないといけない。電話番号が全角だったりすると半角に直したりしないといけないので、これもなかなか面倒。

2021.04.06(火)

岸さん取材。駒沢公園の近くの、お洒落なカフェで。岸さんが前の取材が押して遅れるそうで、だったら自分もちょっとゆっくり行くかと駒沢公園を通って行ったら迷った。でかい公園。

毎月のようにzoomで会っていたが、対面するのはいつぶりだろう。神保町の喫茶店で会ったとき以来? 開口一番、痩せたと言われうれしい。岸さんに「肥えたな」と言われたからですよというと、なんでやと言っていた。でも、ほんとにそう。

東京という場所についてどう考えているか、生活史のおもしろさはどこにあるのか、プロジェクトのこれまでの経緯などなど、二日酔いの岸さんがしゃべりたおしている。すごいなあ、と思った。収録は2時間ほどで終了。

2021.04.07(水)

わりと身体が疲れているが、今日は予定がみっちり。

ライツ関係の二人と、翻訳についての相談。いま、中国とイタリアの出版社がこの企画に興味を示しているとのこと。中国の出版社にいたっては、「東京の生活史」のホームページ(もちろん日本語)をみて、連絡をくれたそう。英語圏への売り込みの仕方を相談。企画のプレゼンの仕方がやはり異なる。日本では通じるようなことも、一から言語化してコンセプトとして示さないといけない。エージェントに渡すレジュメ、翻訳サンプルに使う原稿の選定、おおまかな目次(日本語版ではなく、より語り手の幅が伝わるようなやつ)をつくることに。

校閲、制作から進捗の確認。おおいに心配される。心配しているひとを見ると、大丈夫だと言いたくなる不思議。

2021.04.09(金)

入稿なし。今週は3本しか入稿がなかった。深刻である。翻訳エージェントに渡すレジュメ、苦戦している。

夜、相談会。以下、メモ。

・生活史の原稿の長さ。編集したりするのは普通なのか?

→街の人生、フルで入れてる。

・学問的な訓練なしでいいのか?

→だれかに習ったわけではないので、発表しなくてもいいからやってほしい。ボサノヴァのギターというか、みんなが真似できる形式、パターン。

・面識のない人に話を聞くときに、どこまでやればいいのか? 手続き的に。

→ケースバイケース。書類を出してサインしてもらうことへの抵抗感。揉める可能性にどうやって対処するかが大事。語り手との信頼関係を作るときに、サインをさせるほうに抵抗感がある。

・削ってほしい、という依頼について。語り手にとって恥ずかしいこととか。

→ここおもしろいなっていうのは、自分でストーリーができちゃったとき。

・生活史をやってみると、本を出すときに不安になる。本人チェックがいちばん怖い。

・信頼関係と覚悟とケースバイケース。

2021.04.12(月)

週明けて、入稿2本。これで入稿は74本。

2021.04.12(月)

週明けて、入稿2本。これで入稿は74本。

2021.04.14(水)

入稿、0本。本当に残念。この企画が始まって以来、いちばんやる気がない。

制作に束見本の発注。カバーの紙はこれ、帯の紙はこれと、仮の資材で本番テスト用の製本したものをつくる(本文はまっさら)。ページ数が全然決まらなくて、そんな状態でつくってどうするのという感じだが、どうしようもない。平謝りで依頼。原稿揃わないとページ数が決まらないが、原稿は揃わない。

新書の企画会議のあと、宣伝の濱中さんと今後の流れについて打ち合わせ。対書店の説明会をやったらどうかとか、パブリシティの出し方をこういうふうにしたいとか、具体的なものが出てきている。定価部数会議というのが社内にあって、名前の通りこれで定価と部数が決まる。と同時に、この会議がいわば公式の出版アナウンスということになり、取次をはじめとして外部に発売日などの情報が出るタイミングになっている。つまり、予約を開始するためにはこの会議を済ませないといけない。が、会議にはページ数など決まらないと出せない。大きな商品ということもあり、予約も募りたいとのこと。これで予約数が大きくなって、発売前重版がかかるのが理想だが、果たして。しなびた状態で打ち合わせしてしまい、申し訳なかった。

夕方、とぼとぼと家路。引っ越した近所にある中華屋さんに行ったところ、安くてうまいの大当たり。1日の最後に、ちょっとだけいいことがあった。

2021.04.16(金)

今週は入稿がグッと減った。3本くらい? テープ起こしの提出はもうすこしたくさん来ていて、こちらは期待。会社の雑誌が置いてあるスペースで『本の雑誌』(454号)をパラパラ読んでいたら、ターケルの『仕事(ワーキング)!』などの翻訳を出したのも編集者の津野海太郎さんだったと知る。

以下、記事の引用。

「ターケルはシカゴ生まれの硬軟ひっくるめた多才な人物で、60年代末からは、テープレコーダーを手にした街のインタビュアーとして、人びとの体験談による現代史とでもいうべき大きな本を何冊もだした。その最初の本が『仕事!』で、売春婦から大企業の会長まで、百三十三人の人びとがじぶんの仕事について、のびのびと語っている。」

制作部と束見本について打ち合わせ。強度をあげるため、ボール紙と見返しの紙の厚みをそれぞれ一段階あげることになった。とりあえず1104ページ上製角背で発注。

エージェントに渡すレジュメの締め切りが今日だったので、ライツの担当者に見せてフィードバックをもらい、一回直して出した。とにかくベタに、わかりやすくというので、オーダーに応じて書いてみた。なかなか苦労したが、試しに目次をつくってみると、字面だけで十分おもしろい。こういう本なのかなというイメージがちょっと湧いた。

2021.04.19(月)

週明け、入稿3本。テープ起こしも何本か届いた。

2021.04.20(火)

今日は、えいやと催促の日。勢いにまかせて送らないとくじけてしまう。

10人ほど、しばらく音信不通の聞き手の方に、進捗の確認。強めに、お返事ください、と書いておいた。場合によっては辞退いただく、という選択肢も視野に入ってきている。

入稿原稿とテープ起こしが合わせて数本。月末にぐわーっとくるのか、こないのか。

2021.04.21(水)

入稿2本、一次原稿の確認ちらほら、編集の相談もいくつか。パンク寸前。1名、辞退との連絡。残念だが仕方ない。メールの文面にも悔しさのようなものがにじんでいて、いろいろと考えてしまった。

思い立って、再校ゲラをプリントアウトして赤字のつきあわせをすることにした。全然終わらない。直し漏れもやはり出てくるので、手間をおしまずつきあわせをすることにしてよかった。しかしこれ、最初といまとで微妙に表記の基準が変わったりしていて(たとえば麺と麵)、気にしだすとどうしようもないので、ひとまずひとつの原稿内で揃っていればいいということにしておく(でも、気になる)。うおー、困った。

帰りぎわ、制作のひととエレベータで乗り合わせ、「『東京の生活史』はあのページ数だから手巻きになるよ」と言われ血の気が引く。また説明するからと言われるが、不安である。この部数手巻きって、コストはどうなるんでしょうか。

2021.04.22(木)

入稿、テープ起こし、編集の相談などがどんどん届いている。15時の段階で入稿85まで来た。月末にわんさか来るような雰囲気。

タイトルは台詞から70字以内で抜き出すルールだが、一般論あるいは結論めいた箇所が多くなっているのが気になる。どうしてもまとめてしまいたくなります、と聞き手の方がメールに書いていて、わかるなあと思う。でも、これってどうしてなんだろうか。どちらかというと、一瞬ちょっと何を言ってるかわからないタイトルのほうが、いいなと思ってしまう。想像させる余地があるというか。「だから私と地球の戦いはまだ続くねん 」とか。「いつだって顔出してるのはあたしでさ、いつだってリスクが半端じゃないのはあたしのほうなのに、俺の気持ちって何?って感じじゃない?」もいいタイトルだと思う。今日来た原稿の「車を運転しながら花火がバンバンあがってて。ファンファーレみたい。今から死ぬぞ!じゃないけど」もいい。

聞き手の方が郵送してくる書類に、お茶やコーヒーなどを同封してくれることがある(なに、その心配り!)。今日はいただいたコーヒーを飲んでみた。いい香りで、優しさが沁みた。

東京の生活史、たいへんですねがんばってください、と他社の編集から言われる機会が増えてきた。けっこう苦しい状況ではあるのだが、楽しみにしてくれてるひとがいると思うと、がぜんやる気が戻る。

2021.04.23(金)

疲労の色濃い金曜日。午前、入稿3本、初校戻し1本。

帰って最後の相談会。最後ということもあって、参加者も多く、初めて見る方もちらほら。原稿提出済みの方が多かったのでそこまで質問は出なかったが(うっかりメモを忘れてしまった)、それにしても、岸さんはほんとうに丁寧に対応してくださった。月2回として、かれこれ10回以上は時間をとってくださった。こんな贅沢なこと、めったにないよなあと思う。

2021.04.27(火)

昨日の出張で作業ができなかったこともあり、原稿がたくさん届いていた。入稿が10本くらい? よくわからない。校正の赤字もどっさり。すっごく立て込んでいる。言わんこっちゃない、とはこのことだ。

束見本が来たと制作から内線、取りにおりる。でかい、太い、重い。これに文字がきちんと埋まるのか不安になってしまった。岸さんにも写真を撮って送り、意見をいただく。竹尾の見本帖が家にあるとのことで、びっくり。

東京の生活史 2021.04.27(火)本棚の画像

1日デスクで作業していたが、ぜんぜん終わらずにお迎え。

2021.04.28(水)

今朝の段階で、入稿100!

2021.04.30(金)

締切。続々と原稿が届いている。同時に、「間に合いません」「今晩中に送ります」「テープ起こしが半分終わりました」などのメールも。これは、どこまで寛容になれるか試されているのか……

ひたすら作業。入稿、初校戻し、ゲラ送付。流石に夕方になって疲れ果ててしまい、ゲラの添付を忘れまくった。

会社を出る時点で、入稿112。

2021年3月
2021.03.01(月)

夜は恒例の相談会。以下、メモの抜粋。

・推敲の仕方→何回か繰り返して読むと、飛ばして読むところが出てくる。そこは削れる。メディアを変える、段組み変える。

・岸さん、飲みはじめた。

・「約物のつけかた」→三点リーダ、!とか。あんまり記号使わないほうがいい。

・「二十歳のおれ、見たい?」→いまだにダウンロードのフォルダに若かりしころの岸さんの写真が残っている。

2021.03.03(水)

カレンダーにふたつ以上予定が入ってる日を「忙しい日」と定義しているのだが、今日は午前打ち合わせ一本、午後に企画会議がある。つまり、忙しい日になる。

校閲のひとから、これまでに見た初校が30本ちょっとですけどこのペースで大丈夫ですかと心配される。えーまだそれだけ?と焦ってしまう。しばらく連絡のない方に、リマインドのメールを送ってみることにした。

2021.03.04(木)

今日も予定がふたつある。午前、岸さん交えて聞き手の方と打ち合わせ。なんとかなりそうでホッとした。

2021.03.05(金)

今日は予定がみっつ…。自分的には閾値を超えている。

今日は入稿2本。語り手は看護師さんと役者さん、おもしろい取り合わせ。看護師の方は言語化の能力が高くて、状況の説明が的確かつ独特でおもしろい。役者の方はさすがの江戸っ子で、落語をやっていたこともあり軽妙。読んでて何箇所か吹き出してしまった。聞き手は二人とも単著のある方だが、編集の完成度の高さにうなった。

2021.03.08(月)

午後、東京の生活史の作業。数えてみると、入稿原稿が40弱とペース的にけっこうまずい。というか、まずい。校閲からもまずいねと心配の声が。そして、ゲラの赤入れについてきちんとアナウンスしたほうがいいことに気づく。勝手にこちらの常識だと思っていたことが、ぜんぜん共有されてないのでは、と思いあたった。

ざっとここにも書いておく。おそらく問題は、入稿原稿=ゲラと認識されていることに尽きる。これは間違いで、入稿したワードの原稿とゲラの原稿は微妙にちがう。なので、入稿したデータを直して再入稿ですと渡されると、二度手間になってしまう。

もちろん編集者によって程度は異なるので、あくまで自分の場合。送られてきた原稿について、表記揺れのチェック、ルビの判断、映画のタイトルなど簡単な事実確認、カギカッコのつけかた、繋→繫など正字にするものは正字にするなど、細かく修正したものをデザイナーさんに送ることになる。デザイナーさんはデザイナーさんで、字間など向こうなりの細かい調整を経てゲラが出てくる。

で、ゲラあるいはワードで修正箇所だけ赤くするなどしてどこを直したのかがはっきりわかるようにしないと、一字一句対照してどこがどう変更されたのかを探さないといけなくなる。これだとふたつの原稿を見比べて間違い探しする羽目になり異常に手間なので、再送されてきたデータをもう一回細かく修正して、もう一回デザイナーさんに組んでもらう、ということになる(相対的にこちらのほうが手間が「編集にとっては」すくない。デザイナーさんにとっては面倒で、こういう場合、謝りたおして組み直してもらうことになる)。

それにしても、今日はまだ40本しか原稿が来てないことに愕然としてしまった。今日は雨で、弱気も高まる。

2021.03.10(水)

初校の赤字を3本戻して、新しく2本入稿。ひとつ、体裁をどうするか悩む原稿が来たので岸さんに相談、聞き手にこうしてはどうですか?と提案した。電話で話したほうが早いかなと電話をかけてみるが、知らないおじさんが出た。ちょっと笑った。

2021.03.11(木)

わりと動きが出てきたので、今月から日誌の更新を月2回にしてもらうことにした。

2020.03.15(月)

週末にだだだと原稿や戻しが来ていた。朝早くに出社して、1本入稿、5本初校戻し。だいたい午前中いっぱいかかった。で、いま、これくらい。

入稿したもの 46/校正中 8/残り 104

3合目くらいだなと思って、え、3合目なの?と思った。

編集の仕事をはじめてすぐのころ、原稿を自分の手元で止めてはいけないと叩きこまれた。著者から原稿が来たらなるべく早くお返事をするとか、赤字が来たらすぐに転記して印刷所とかデザイナーに渡すとか。とにかく、自分で止めずに相手に時間を使ってもらうように、と教わったのだった。

現実的にはすぐには作業できないことも多いが、この企画に関しては手を止めたら終わるというか、来たボールをひたすら打ち返していかないとテンションが続かないなあと思う。ゲラ出すの早いですねとびっくりされるが、このスピードでやらないと無理なのだ。

2021.03.16(火)

午前、入稿1本戻し2本。

午後、社を出る前にデザイナーさんに電話、状況を共有しておく。「いまのペースだとこういう進行になりそうなんですが」「それならなんとかなりそうですね」という心強い返答が。最高。この業界では一般に、印刷所をのぞけば著者<編集者<校閲者<デザイナーの順にたくさんの本をつくっている。月に2本も校了があれば編集はてんやわんやだが、デザイナーさんは一日2本もざらだという。

デザイナーさんは、入稿した原稿を基本当日に組んで送ってくれる。その際、ちょこちょこと感想がついていて、それがうれしい。

2021.03.18(木)

今日は在宅。やっと50本入稿。ちょうど1/3に到達、と気づいたところで焦る。原則3月末締め切りというのに、これではかなりまずい。予測では50くらいは4月にこぼれるかなと思っていたが、これは、半分くらい4月になってしまうかもしれない。お願い、みんなもうちょっとがんばって!

しばらく連絡のつかない方に、進捗うかがいのメール。こういう状況で、メールの返事がないと非常に不安になる。電話番号を応募の際の記入事項に加えなかったのはまずかったかもしれない(電話での催促ができない)。

2021.03.19(金)

原稿の集まりが非常に低調。週明けにドドッと来るのだろうか。

昨日今日と続けて、戦後に引き揚げてきた方の聞きとりだった。お一人の方はたくさん苦労されたといい、もうひと方は困ったことはそうなかったといい、対照的でおもしろい。同じ本のなかにこういう原稿が入ってることもうれしい。

夜は相談会。以下、メモ。

「自分が思っていた話とちがった」→それでいい。

タイトルのつけ方→一般論にまとめがちなので、語りの特徴が出ているところを拾うといい。

タイトルについては、つけ忘れて送ってくる方もいるし、ちょっともったいないなあというタイトルをつけてくる方もいる。そのつど提案しているのだが、それは、全体の原稿を見ているからこそできることなのかもしれないと思う。タイトルがずらっと並んだ目次を想像するだけでちょっとワクワクするのだった。

2021.03.22(月)

週明け、原稿の集まり非常にわるし。朝の時点で、新規の入稿は2本。もう、なんだかなあ。

2021.03.24(水)

午前中、入稿2本、戻し3本。集中してできた。

2021.03.25(木)

今日は午後、聞きとりを終えたプロジェクト参加者のインタビューがある。宣伝から、販促のため何人かに話を聞きたいという話があり、その初回。高校生で、自分の祖母にお話を聞いたという方。

都内にある祖母の家でお話をうかがうということで、宣伝の濱中さん(同期)と一緒に社を出て向かう。あまり住宅地のイメージがないところにあるきれいなお宅で、聞き手の方、お母さん、お祖母さんの3人が迎えてくれた。

挨拶のあと、聞き手の方が1階に残ってインタビュー開始。人の話を聞くことにどういう意義があるのか自分なりに言語化しようとしてくれていて、しっかりした考えの人だなあと感心してしまった。高校1年生のとき田舎でジャージの片方の脚の裾をまくりあげていた自分を思い出してゾッとする。おもしろかった。内容はまた後日。

2021.03.26(金)

お昼の時点で、入稿が58本。1週間で7本しか入っていない。雑誌をやってる友人から連絡が入って、状況を心配される。「あと90人でしょ」「死ぬで」正直、彼の雑誌の進行のほうがいつもやばいのだが(どの口が言う、のレベルで)、そんなひとにまで心配されてしまってちょっとびびった。

2021.03.29(月)

週末に届いていたのは入稿原稿が2本だけ。薬物依存症の方の聞き取りと、しんどい家庭環境に育った女性の聞き取り。ほかに、何本かテープ起こしの原稿と、それに関わる問い合わせが来ていた。遅れます、という連絡もいくつか。

これで入稿は60本、残り90本。待つしかない、待つしかない。

2021.03.31(水)

年度末。今日がひとまずの締め切りだったが、入ったのは6本。

3月末の入稿本数は、66本。あと84本。

2021年2月
2021.02.01(月)

朝、思い立って調査計画未提出の方を洗い出し、個別にメール。選考通過以降、メールのやりとりがないひともちらほらいて、若干心配だが、みんないい大人なので、きっとちゃんとやってくれるだろうと信じるほかない。

2021.02.03(水)

調査計画、ドドッと届く。なかには、すでに実査を終えて、提出忘れていましたという方もちらほら。調査計画の提出じたいはそれほど重要ではなく、事故防止というか、不安材料がこの段階であるなら解決するべく話すためのもの、という位置づけだと思う。

2021.02.08(月)

調査計画が出ていないのが、事情を聞いてるひとをのぞけば8名ほど。ううん。

2021.02.12(金)

相談会、30人くらい。

質問の具体的な仕方について、けっこうつっこんだ話をしている。自分のインタビューが不十分だと思った、ということをどう考えるか。聞くべきことが聞けてない、という感覚。あるあるだと思う。

以下、相談会を聞きながら書いていたメモ(の一部)。

「固有名の処理の仕方は3つ。隠す、変える、ずらす。」→地味に役立つ話。「渋谷で育って〜」であれば「〇〇で育って〜」か「松戸で育って〜」(元の文脈と切り離す)か「新宿で育って〜」(元の文脈、この場合は繁華街、を活かす)というかんじかな。

2021.02.16(火)

岸さんからメッセンジャー。「原稿読んでた。めちゃめちゃ素晴らしい」ですよね!

聞き手のチェックを終えたゲラは、赤字を反映して再校を出し、岸さんに送っている。いま20本超えるくらい。

生活史でお酒飲めると以前岸さんが言っていた。ちょっとわかる。一本一本、良さを話したくなる。

2021.02.18(木)

岸さんから、「これで20本」になったとメール。まあまあ順調、なのかな。

読んでいると、得体のしれないおもしろさのようなものがあって、それがどういうものなのか岸さんがメールに書かれていた。なるほどなあと納得。

「全体として、あの下町の小さい本屋さんの、84歳ぐらいのおばあちゃんの話とかもそうだけど、

・話が途中で始まって途中で終わってる

・語り手の属性がよくわからない

・聞き手との関係性もよくわからない

・語り手の人生の「コース」もよくわからない

から、なんていうか不思議なことに、

・読めば読むほど「ここに書いてないことのほうが多いんだな」っていうことが伝わってくる

という、不思議なテクストの集合だよね。

非常に不思議なことをやっていて、大量の言葉を投入しながらも、結果的には「ここに書いていないこと」のほうがはるかに膨大であるということをメタレベルで伝える、という本になってます」

2021年1月
2021.01.05(火)

仕事はじめ。今年はいよいよ刊行の年になるが、年末からコロナでなかなか不穏な幕開け。実際の聞きとりにも影響が出てきている。

年末年始は会社のメールを見てなかったので、お返事だけで1日かかってしまったが、まだ終わってない。調査計画の提出もまあまあ順調。第一次原稿の提出も多い。ベタ起こしに近いものだが、十分おもしろい。

ゲラも動かしはじめた。どうやったらうまく管理できるか。ひとまずは鈴木さんのところのスタッフさんとGoogleのシートを共有して、入稿から校了まで、それぞれのゲラの進捗を記録するようにした。

2021.01.07(木)

緊急事態宣言。スケジュール、ずらしたくないが……。

2021.01.12(火)

ようやく、調査計画が100に。なかなか壮観。週末にメールがどさどさ来ていて、細かな相談から調査計画、入稿原稿までさまざま。読んでいくと、やはりおもしろい。ここでしか聞き取られなかった話がある気がする。

2021.01.13(水)

メディアの方と打ち合わせ。番組の構成の方向についての相談だった。

テレビの場合、聞きたいことを聞くに行くというのが一般的だが(戦争を体験したひとに戦争の話を聞きに行くとか)、今回の生活史の場合、いわば逆をやっている(人生について聞く)。なので、番組のつくり方も、生活史のスタイルに沿っていくのがいいんじゃないかというお話だった。なかなか挑戦的だと思うが、どうなるんだろう。

2021.01.15(金)

相談会、延期。岸さんの姪っ子の卒業公演とかぶってしまったそうだ。人生には、大事なものがたくさんある。

2021.01.16(土)

相談会、新年一発目。40人弱の参加で、なかなか盛況。その前に、今後の撮影の仕方について、岸さん、メディアの方と打ち合わせ。

質問を聞くに、みなさんほとんどが編集の仕方で迷っている様子。そういうことまで考えつかなかったなあという質問もあり、おもしろい。ふだん言語化せずにやっていることが実際どういうことなのか、相手に説明するためにはあるていど自分でもわかっていないといけない。

2021.01.19(火)

参加できなかったひと向けに、相談会の動画をアップロード。地味に時間がかかる。アーカイブを残すことがすっかり習慣化しつつあるが、以前ある本屋さんでイベントがあったとき、アーカイブの配信には慎重だというお考えを聞いた。それにより、実際の場に足を運ぶ機会が失われてしまうのではないか、という危惧があるということで、それにはなかなか納得させられた。それぞれ事情はあるから仕方ない部分があるとはいえ、一度それが習慣化されてしまうとなかなか引き返せなくもなるので、なるべくなら同じ時間同じ場所を共有するほうを大事にしたいと思う。

午前中、静かな編集部で原稿整理をして、2本入稿。眼鏡屋さんと保育士さんの語り。どちらもおもしろい。それぞれ、聞き手と語り手の関係性が見えてくるのもいいなあと思った。こういうとき、仕事が楽しい。

2021.01.20(水)

校閲のひととお昼。生活史の原稿を見てくれている。

「読んでくるうちに、そのひとが浮かび上がってくる感じが楽しい」と言っていた。あー!と思った。どういうことかというと、こちらは調査計画で、聞き手がどういう語り手に話を聞いているかの前情報が入っている。性別とか年齢とか職業とか。なので、厳密にはまっさらな状態で原稿を読んでいるわけではない。

対して、校閲やこれを買って読んでくれる読者は、そういうものがない状態で読むことになるから、いくつくらいのひとかなとか、何の仕事だろうとか、想像しつつ読むことになる。これはけっこう読んでいる感覚としてちがうんじゃないか。いまさら気づいたの、という感じだが、いまさら気づいた。

2021.01.22(金)

岸さん、聞き手の方と3人でオンラインの打ち合わせ。いま第一稿があがってきている段階で、なかなかセンシティブな原稿の扱いについて話す。今後の編集の方針を共有できたのでよかった。

「いままで生活史やってきて、初めてのケースやわ」と、どこか岸さんもうれしそうだった。

2021.01.25(月)

宣伝の濱中さんからもうすぐ今月の日誌アップですよとリマインドが来て、焦った。思いついたときに書いているので、あー1週間くらい書いてなかったと後悔する。会社に出てれば、帰りの電車とか、決まったルーティンのなかで書けるかもしれないが、在宅だとそういう時間がなくて、うまくできない。

出社。机の上に「東京の生活史」のゲラが並んでいるが、「あれ、これどこまで確認済んでるっけ」とすこし混乱した。これまでの経験上、「あとでやろう」と思っていると、忘れてしまう。なので、いま出ているゲラにしても、原稿が来たら1日2日でデザイナーさんに送るようにしているのだが、出したゲラを校閲に回し、聞き手に回し、赤字を統合してデザイナーさんに戻し、赤字が直ったのを確認して岸さんに送り、という一連のプロセスが各原稿単位で動いているので、しっちゃかめっちゃかになりつつある。

ちまちました話になるが、いまゲラは、デザイナーさんに組んでもらったPDFをB4横原寸で出力している(B4サイズのゲラがいちばんゲラを読んでる感覚がある。文庫や新書はA4でゲラが出てくるので、気分的にだいぶちがう)。右上に初校の「初」の字を書いて四角で囲って、その下に聞き手の確認が済んだら「聞」の字、編集部の確認が済んだら柴山の「し」の字を書いて、デザイナーさんに戻す。初校を戻したら、クリップを外して右上をホッチキスでとめる。赤字の反映が済んで再校が出たら、右上に再校の「再」の字を書いて、赤字の突き合わせをしたものに「つ」と書いておく。で、それが混在して机の上に重ねられていたので、朝からちょっとパニックになった。まあ、重ねたのは自分なんだが。

お昼休みにバーっと書いたら、ほんとにどうでもいいことを書いてしまった。

2021.01.30(土)

相談会。30人くらい。14000字くらいの原稿がどうしても削れないということで、実際に岸さんが目の前で削るライブエディティング。

以下、メモ。

「一般論を言ってるところは削る」→「太平洋戦争っていうのはね〜」みたいなこと。男性に多い傾向。ただ、単純に削っていいのか悩ましいとも。

「日本語と外国語がまじったインタビューについて」→おもしろかった。基本は翻訳するが、その言い方を残したいところは残す。

12月
2020.12.03(木)

調査計画は、70くらい。宣伝課から、聞き手のインタビューをしてみたいという打診があったので、ちょっと相談。かかる時間との相談になるが、インタビューをしてみてどうだったか、なんでこのプロジェクトに応募してきたのかなど、本の背景が聞ければおもしろいと思う。

2020.12.04(金)

発売日もだいたい決めたので、制作部に進行表を切ってもらう。1000ページ超えるとなると、製本の時間がふだんより多くかかるんじゃないかと思うが、どうだろう(通常の倍の日数とってあるそう)。

逆算して、ちょっと焦った。いま半分くらい調査計画が出ていて、ということはあと半分くらい出ていない。年明けから実査はじめたとして、3月末の提出までけっこう時間ないよ!

2020.12.13(日)

今日は相談会。その前に、岸さんと共有事項について話す。おもに、メディアの取材状況と、リードについて。「リードなんですが、なくてもいいと思っています」と言うと、親指立ててグーっとやっている。岸さん、説得する気満々だったらしく(ずっと揉めていた)、箇条書きで、なぜリードが必要ないかを書いてくださっていた。お手間をおかけしてしまった。

基本的にはつけたほうがいいと思っていたが、何本か提出原稿がそろってきて、タイトルは語り手の台詞を抜き出してくるかたちなのだが、それだけでも十分差があって、リードなしでもいけるなと考えをあらためた。

相談会も35人くらいと盛況。もう常連となった顔ぶれもある。「(笑)とするかしないかの基準は?」という質問がおもしろかった。岸さんの回答は、「声出して笑ったら」というものだった。こういうディテールはセンスでやってるように見えて、なんだかんだ技術としても共有できることが多いと思う。具体的な質問は、無意識にやっていることを言語化してることがある。あと、その場で画面を共有して岸さんが原稿を直すという、ライブ・エディティングみたいなこともやっていた。「ここの聞き手の質問は削れるわ」「こことここはつなげちゃっても意味は変わらん」すごい早さで作業している。が、地味だ。

2020.12.15(火)

年末に向けて、調査計画や第1次原稿の提出が増えている感じがする(木金とお休みをとったので、メールを開いてなかったのも大きい)。ということで、ぜんぜん間に合ってないなりに、返事を書いていく。

第1次、気合の入ったものだと複数回のインタビューもあって、字数にして4万超えるものもざら。読むこちらも、実はけっこうたいへん。

2020.12.21(月)

調査計画、もうすぐ90。昼、参加しているライターさんと別件で打ち合わせもかねてごはん。調査計画出してくださいねと言うと、インタビューの前に出すんでしたっけ?と言うので、これはわりと共有されてないかもなと思う。年末にもう一度、進行の仕方についてメールを出しておいたほうがいいかもしれない。

2020.12.22(火)

鈴木成一デザイン室のスタッフさんに、原稿を4本入稿した。読むのが楽しみです、とお返事があってうれしい。おもしろいですよ!

11月
2020.11.13(金)

メディアの方から、進捗の報告。これはひょっとすると、いいかもしれない。

2020.11.16(月)

定例の月一相談会。前回より盛況で、30人ほどの参加があった。

ざっと質問事項のメモをとった。

「写真を見ながら喋るのは、どうか?」「外国の方に話を聞いたとき、どう文字起こしすればいいか? 相手の言語を残してもいいか」「インタビューが2回に渡った場合、どう編集すればいいか」「1回目に聞くこと、2回目に聞くこと」「聞きとりの場所の設定の仕方」「終わりのタイミングの見極め方法」

質問が具体的でおもしろい。聞き手それぞれが考えながら聞きとりを進めていて、このプロセスじたいにおもしろさのあるプロジェクトなんだなと思う。

調査計画もまあまあ順調で、相談会のあとに何通か届いた。質問も出ていたから、みんな、書き方がわからないのかもしれない。とくに決まったものがあるわけでもないのだが。

2020.11.18(水)

社の版権担当者と簡単に打ち合わせ。エージェントに売り込んで、海外翻訳の道筋を探ってみることにした。印象としては、海外の方にもわかりやすく、関心を惹きそう。

2020.11.20(金)

代官山蔦屋での『地元を生きる』『海をあげる』刊行記念イベント、おもしろかった。人文系のイベントとしては参加者が過去最多とのことで、注目の高さがうかがえる。簡単にメモをとった。

加害と被害の話を同時に書けないと上間さんが言っていて、それについて岸さんが「同時に書けないのが、社会」と返していた。これはすごく大事な話をしていると思う。自分の頭ではまだうまく理解できていないが、「東京の生活史」でも、ここはポイントになってくると感じる。同時に書けないものを、なんとかちがうかたちで書こうとしているのかもしれない。わからない。

またまた岸さんだが、「定型的な語りの個性」もおもしろい話だと思った。生活史の原稿を読んでいて思うが、ひとつの「あるある話」が展開されている側面がある。たとえば地方から集団就職で東京に出てきて〜みたいな。それじたいは「定型的」とも言える内容を含んでいるが、その語りはやっぱりそのひとそのものだなという感触を持っている。ノンフィクションを読んでいて取材対象者の顔が浮かんでこないなというときがあるが、そういうときは本当に「定型的な語り」として書いてしまっているんだろう。語りの実在が疑われるとき、それは定型化する?

調査の楽しさをみんなで話しているのも印象的だった。「みんな、面白くてこれしかできないから、調査してる」

インタビューを終えた聞き手の方からは、その経験の楽しさや新鮮さが、ちょっとした興奮とともに伝えられることも多い。やっぱり、おもしろいんだなと思う。

2020.11.27(金)

今日は夜に信田さよ子さん+上間陽子さんの『海をあげる』刊行記念トークイベントがある。初顔合わせだが、果たして。申し込みは300人を超えたみたいで、うれしい。

そのまえに、青山ブックセンターの控室を借りて、岸さん、メディアの方と打ち合わせ。企画が正式に通る算段がついたとのことで、今後の進め方などを確認する。放送のタイミングから本の発売日もほぼ決めた。オリンピックの時期には書店に関連書籍があふれると思うが、『東京の生活史』に匹敵するものはそうそうないはずなので、気にしないことにする。

10月
2020.10.05(月)

相談室、初回。参加者は10名弱で、思ったより少なめ。そのぶん一人ひとりの相談に丁寧にこたえることができたので、結果的には良かった。

岸さんの「そういうひとだったら、こういうことを聞いたほうがいい」という返答が具体的で、聞いてるひともうなずいていた。あとは、地味に「この語り手に連絡とるにはどうしたらいいか」の話もおもしろかった。

2020.10.14(水)

午前中、メディアの方と電話で打ち合わせ。社内での企画の進捗を聞く。大きい会社となると、企画決定ひとつとってもなかなか大変そうだ。番組以外での展開の仕方についても企画に盛り込みたいとのことで、こちらからもアイデアを出しつつ、30分ほど話した。

すこし整理できた。使い方は慎重にならないといけないが、こちらの手持ちの材料は、インタビュー原稿と音声、そして(撮れれば)動画の3つ。聞き手の方が揃えてくれる。これをどういうふうに活かしていくか。それとは別に、こちらが動いて何をつくるか。

鈴木さんの事務所のスタッフから、本文レイアウト(フォーマット)が届く。本文の級数が12Qのものと、11.8Qのものの2種類。後者はだいぶギリギリで、ルビを振ることを考えるとあまり現実的ではないと書かれていた。

早速プリントアウトして確認。この瞬間がわりと好きで、画面で見ているものと打ち出したものとで、印象は変わる。どちらもきれいで惚れ惚れする。鈴木さんの本文組みはとても端正。

8000字だとこれくらい、1万字だとこれくらいと目安もついたので、あらためて全体のページ数を検討。1000ページを基本と考えると、一人1万字でもなんとかなりそう。岸さんに、その旨も含めて、レイアウトを送る。懸案のリード部分だが、ちょっとまだ決めかねている。名前、年齢、出生地(あるいは育った場所)くらいあるといいとは思うが。潔くなくしたほうが、徹底した感じになるのはわかっているのだが、読み手への負担が大きくなるような気もする。

2020.10.20(火)

在宅。調査計画、30通ほどになった。「これからインタビューです!」とか「明日、決まりました!」と言いつつ、計画を送ってくる方が多くて、ちょっと笑ってしまう。多分、自分もそのタイプだ。

濱中さんから日誌の締め切りについてリマインドがあって、今月あんまり書いてないことに気づく。

2020.10.24(土)

夜は、『地元を生きる』(ナカニシヤ出版刊)の刊行記念トークを、オンラインで視聴。岸政彦さん、上原健太郎さん、打越正行さん、上間陽子さん。この4人が揃っているところを見るのは初めてで、おもしろかった。ぜんぜん時間が足りない感じ。「東京の生活史」の話題にも、チラッと触れてくださった(主に、リードをどうするかで)。もはやネタになりつつある。

2020.10.26(月)

週末、5通ほど調査計画が送られてくる。月曜の朝は、だいたいそれのお返事にあてている。

一件、4万字ほどのテープ起こしの原稿が送られてきたのでざっと読む。帰国子女の教え子さんに話をうかがっていて、なかなかおもしろい。この、「おもしろい」という感覚は、いったいなんだろうなと、毎回考えてしまう。

調査計画は、現時点で35。今月初めのメールで10月中に50届けばうれしいと書いたが、果たして。

9月
2020.09.01(火)

取材の依頼、一件。先週に濱中さんの流してくれたリリースが効いている。多分、応募者の数や概要もすこしずつわかってきたのがよかったのだと思う。

一日在宅で、岸さんと今週末に控えた説明会の打ち合わせを細々とする。語り手に書いてもらう承諾書など用意する書類や、研修の日取り、実際にフローチャートのたたきだいを見てもらいつつ、必要なものを確認。やること多い。

2020.09.02(水)

昼過ぎ、週末の説明会のリマインド。なんだかんだ100人くらい参加できそうで、ホッとする。曜日や時間の設定がすごくむずかしい。研修日も同じように2回設けるつもりだが、なるべく全員が参加できるといい。本当は実際に顔を合わせて飲み食いする機会でもあればよかったのだが。

朝日新聞の夕刊に小さく紹介記事が出ていた。ありがたい。「インタビュー集は2021年に筑摩書房から刊行される予定だ。」こういうふうに書かれると、緊張する。まだ出てない本の記事はけっこう珍しい。単行本はしょっちゅう刊行が遅れるので、きちっとスケジュールを切らないといけない。外堀はだいぶ埋まった。

トントン進んでいく感じを出したい。だれないというか、スッと出た感じ。それで売り上げも変わってくると思う。難航しまくって、2022年ではたぶんダメな気がしている。

2020.09.06(日)

今日は午後から説明会。なかなか緊張している。

15分くらい前に岸さんのzoomの会議室に入ると、すでに待機されている方も。雑談しつつ、最終確認。岸さん、最後の最後までスライドを直してくださった。連絡事項も多いので、何を言わないといけないのかがけっこう漏れる。

120人超の参加があり、回線が重たくなるので岸さんと自分以外はみんなミュートで画面なし。印税や原稿料の部分はちょっと緊張したが、とくに問い合わせもないので、ひとまず納得いただいたと考えることにする。zoomの機能でリアクションができるらしく、みんな拍手したりとなんだかんだ盛り上がる感じ。岸さんは、真剣かつ軽妙に話していく。

スライドは1時間くらいで終わり、あとは質疑応答。ひっきりなしに質問が出てくるので、それにひとつひとつ答えていく。初版部数の想定は?と聞かれて笑った。まあ、それは気になるところだろうし、こちらとしても、この部数と値段で成立するのかどこかで怖い部分は残っている。いまの数字を正直に答えたが、これはもう聞き手の方のがんばり次第というところもある。

SNSに書いてもいいですか?という質問もあり、みなさん気を遣っていたんだなと思った。もちろん大歓迎なので、プライバシーとかに気をつけつつどんどん書いていただきたい。終わると、たくさんの方がツイッターなどに「東京の生活史」のことを書いていた。

語り手の選定に関わる質問や、実作業についての質問も多かった。詳しくは研修で、と思うが、個別に対応したほうがいいことも多そうなので、とにかく困ったら相談とだけ伝えた。

ほぼ2時間で終わり。zoomを落とすと、どっと疲れた。たぶん岸さんはこの10倍くらい疲れたと思う。ありがとうございました。

2020.09.10(木)

制作の平井さんと進め方について話す。印刷所に五月雨で入稿していくのは現実的でないということで、DTPをこちらでやることになった。

今回の装丁は鈴木成一さんにお願いする予定だが、果たして流し込みや赤字の反映までやってくれるかどうか。実際、ゲラにする前にテキストのチェックはするので、ほとんどゲラの赤字はなさそうではある。

となると、当初考えていた予算も変わってくる。平井さんに聞くと、なんとか吸収できると思うとのこと。まあ、印刷所の作業分がデザイナーさんに行くので、そのぶん払うだけなのだが、それぞれ相場感はあるので、あとは調整。

2020.09.11(金)

今週は、取材の依頼が2件。関連した打ち合わせが1件。そろそろ、プロジェクトの紹介ではなく、刊行のタイミングで宣伝になるものをじっくりつくるようなかたちに持っていきたい。説明会の録画などお渡ししつつ、今後の相談をいくつか。

先行して、編集前のインタビュー原稿が一本届いた。プロジェクト告知の前に行われた常連の眼鏡屋さんの店主へのインタビューで、読んでみると、これがおもしろい。「人生だなあ」という月並みな感想しか出てこないが、そういう感慨にも似た一言以外、なかなかパッと出てこない。温かいお風呂に入ったときに「ああー」と言うのと多分ちょっと似ている。

来週には、取材希望の方との打ち合わせがある。ここがけっこう頭を悩ますところで、どのインタビューにカメラを入れるのか、この調整が難しくなると思う。そもそも聞き手のひとを直接には知らないので情報もすくないし、それぞれの立場からの思惑もあるから、なかなかすんなりとはいかないかもしれない。とはいえ、研修を終えたらすぐにもインタビューを、という方もいる。あまりぼんやりしてる時間はないのだが。

2020.09.14(月)

金曜からなるべくメールを見ないようにしていたが、案の定、けっこうな問い合わせが来ている。岸さんとも共有したほうがいいものは別途メモしつつ、こちらで答えられるものには返事をしていく。研修の出欠チェック、岸さんと10分ほど取材対応など相談。見ていると、語り手の選定で迷ってる方が多い。全体のバランスを気にしてくださる方もいるが、そこは別に気にしなくても大丈夫。

夕方、宣伝課の二人、尾竹さんと濱中さんと打ち合わせ。ひとまず素材は残せるだけ残しておくことになった。たとえばiPhoneだか携帯のカメラを置いて、インタビューの動画を撮影しておいてもらうとか(もちろん、聞き手と語り手の同意が前提)。150人全員というわけにはいかないだろうが、それでもものすごい量のデータになる。どうやって使うかはひとまず置いといて、とにかく記録に残しておかないと残るものも残らない。

最後はマンパワーと言いたいところだが、マンパワーも足りない。困った。趣意書というか企画概要を説明した書類もつくらないといけない。どうにかうまく仕事を振れないか考えるが、全体を把握してる人間は絶対に必要なので、あとは個別のことになる。濱中さんに、宣伝関係のものは振って、あとはなんだ。

2020.09.16(水)

取材希望の方と打ち合わせ。

双方の希望など簡単に確認したあと、岸さんにもzoomで参加してもらう。岸さん、しゃべるしゃべる。しゃべっていくうちにアイデアが出てきて、まだ調整しないといけないことも多いが、期待したい。

2020.09.17(木)

翌週に控えた研修に向けての打ち合わせ。資料は岸さんのほうで用意してくださるので、細かい伝達事項や配布する書類、メディアの対応の仕方など確認する。

話していて、やっぱり自分の考えは編集者的なんだなと思った。たとえば、いま締め切りは3月末としているのだが、そこにいっぺんに原稿がくると非常に困る。岸さんは、原稿もらったうえで自分のペースで入稿していけばええやんと言うが、どうも自分は、手を触れていない原稿があることに耐えられない。これは、とにかく原稿を編集者のもとでとめないという、前職で教わったことが染みついているのだと思う。ただ、DTPのひと、校閲などほかの作業を考えるといっぺんにはきついので、無理を言って、二段階の締め切りを設けることにさせてもらった。

それと、それぞれの聞き手による編集の問題も気がかりだ。2時間もインタビューすれば、単純に文字に起こして4万字前後の原稿ができあがる。それを8500字にするというのは、けっこう大変なんじゃないかと思う。残すべき箇所の8割くらいは、だいたいのひとが見れば共通してわかるとは思う(これはこれですごい不思議)。残りの2割とか、ディテールの残しかたにそのひとのセンスがおそらく出る。とはいえ、8割自分で編集できたらいいほうで、経験のない人間が4万字の原稿を目にしたとき、どうやって編集していいのかわからないとなるのが普通なんじゃないか、とも思う。

とにかく心配ばかりしていて、自分の小心が恨めしい。岸さんは慣れてるのか、段取りしたら、あとはその場のアドリブやでという。そうもいかないから、こうなっているのだが。

2020.09.22(火)

第1回の研修。

直前に、岸さんと資料の確認。配布資料はとても充実していて、これだけでお金がとれる(実際、朝カルで講義したりしてるので、とってる)。締め切りの問題をどうしたものか考えていたが、調査計画書の提出から3カ月後とすればいいと思いついた。岸さんに提案してみるが、だいたい年度末でいいのでは、とのことで、このへんは編集者ならではの心配なのかもしれない。録画の問題も、どうしたものか。インタビューを記録する媒体は、多ければ多いほどいい(あとになって宣伝に使えたりする)。できそうなひとには、無理のない範囲でお願いしてみる、というのが落とし所だと思うが。

研修は、途中で休憩をはさみつつ、3時間の長丁場になった。締切についての説明で、すこしだけ話をさせてもらった。自分だけでなくDTPや校閲などの作業を考えると、とにかく提出を分散してもらうのがありがたい。

質問を募ると、たくさん具体的な質問が出てくる。研修の内容を先取りした鋭いものから(差別表現の扱いについて)、そこは気がつかなかったというものまで(虚言癖があるひとのインタビューの可否について)。岸さんは、質問ひとつひとつをおもしろがりつつ、考えながら丁寧に回答されていた。差別表現は、出版とも直結する問題で簡単ではない。単純にある言葉を禁止するのがいいわけがないが、その言葉の使われている文脈や歴史などを知らずになんでもかんでもありにするのもまたちがうと思う。原稿を読んで、そのたびに判断していくしかない。

積極的に質問が出るなか、質問しにくいことや、何を質問していいかわからないひとも一定数いるのでは、とも思う(とくに、いま自分が未経験の立場だとして、今回のような聞きとりをできるか大いに不安がある)。実際、問い合わせのメールなどはけっこう届いているし、実際に進めていくなかで不安になったりわからなくなったりすることもあるかもしれない。と考えていて、たとえば毎週何曜だかの20時〜22時くらいに、zoomを立ち上げっぱなしにしておいて、「相談室」的なものをもうけてもいいかもと閃いた。1週間に2時間であればたいした負担ではないし、むしろトラブルを未然に防ぐという意味で有効かもしれない。そこまでサポートする必要はないとも思うが、やはりそれぞれの原稿がよくなるよう動きたくなるし、詰まるところ150人全員が著者でもある。

2020.09.23(水)

さっそく調査計画書が数通届く。どれも、おもしろそう。これを見ると、いよいよ始まるんだなという感じがして、胸が躍る。

2020.09.25(金)

今朝は、「渋谷でラジオ」の「渋谷で読書会」という番組にお呼ばれ。赤坂にある本屋「双子のライオン堂」の竹田信弥さんがパーソナリティをつとめるラジオで、柏書房の竹田純さんからご紹介いただいた。

「東京の生活史」の話題を振ってくださったので、これまでの経緯やおもしろいところなどを話す。何月から始まったのか一瞬忘れる。つい最近はじまった気もするし、ずっとやっている気もする。お二人の反応がうれしい。zoomということもあり、家で友人と話してる気持ちだった。楽しかったです、また呼んでください。

そのあと雨のなか会社へ。問い合わせのメールも何通か届いていた。実際にアポをとる段になって、いろいろと困っていたりするようだ。やっぱり相談室やってみようか。

インタビュー終わりました、と報告のメールがあった。動画も撮れたようで、スクリーンショットを送ってくれた。なんだかとてもいい写真で、うれしくなる。

鈴木成一デザイン室で『東京の生活史』の装丁に関して打ち合わせ。岸さんのご指名でもあるが、自分としても、この企画をお願いするなら鈴木さん以外考えられないなと思っていた。鈴木さんは、『断片的なものの社会学』のデザインもされている。

鈴木さん、この企画に興味津々らしく、前のめりで話を聞いてくださった。概要を説明しているそばから、「すげえな」「究極のノンフィクションだな」と感嘆の連発。流石にちょっと照れてくる。タイトルのつけかたやリードの有無など決まってないことも多いので、フォーマット(本文のレイアウト)を2、3種類組んで見せてもらうことになった。ちょっと余裕をみて、10月中に決められればいいかなというスケジュール。「8500字×150人で、だいたい130万字の本です。2段組で、『大江健三郎全集』より詰め込んでください」と伝えると、苦笑いされていた。

ここから本題というか、進行の仕方をいろいろと検討した結果、全組みをお願いできませんかと聞いてみる。1000ページ全組みとは何考えてんだという感じだが(実際、最初にお伝えしたときのあんぐりした表情は忘れがたい)、印刷所との出し入れの事情や、語り手の確認が済んだものを入稿するので赤字はほとんど入らない(と予想しているし、そうならないようにしないといけない)ことをお伝えする。

謝礼なんですが…と口ごもると、グッと鈴木さんの目つきが鋭くなるので、ああどうしよう、予定した金額の上限を先に言ってしまおうかちょっとだけ値切ろうか一瞬考えて、めんどくさいので○○万で予算いっぱいなんですが…と言ってみる。「筑摩史上最高額の謝礼だな」と皮肉が返ってくるが、ひとまず受けていただけた。これですこし気が楽になった。1000ページなら100ページごとに見開きで写真を入れるかというアイデアも出て、岸さんに撮っていただくのがいいということに。写真、ぜひ入れたい。

2020.09.28(月)

今日は2回目の研修。前回と、参加者は同じで70人くらい。内容的にはだいたい同じだが、やはり質問が具体的でおもしろい。「依頼の際インタビューの時間を何分くらいと伝えるか」「トイレに立つタイミングは?」「いつICレコーダーを机の上に置くか」など。

読者は聞き手に感情移入して読んでいるという話は、前回していなかったと思う。言われてみればたしかにそうで、聞き手の台詞がつらつらあると、どこか萎えてしまう。聞き手の立場を追体験しているのが、邪魔されている感じがするのかもしれない。

各回ともちょうど3時間の長丁場、これで研修はおしまい。これからは実際のインタビューがそれぞれはじまることになる。やっていくなかで、困って、相談したいと思うこともあるかもしれない。先の日誌に書いた「相談室」についてご相談すると岸さんも乗り気で、隔週くらいの頻度で相談室を開くことになった。

8月
2020.08.07(金)

今日は在宅で、夜から岸さんとzoomでまた選考会。岸さんお一人でも見てくださっていたそうだが、やはり二人で話しながら進めたほうがいい。

もう夜なので、岸さんはだいぶヘトヘト。そんななか、お付き合いくださった。

「柴山さん、カラオケとか行く?」

「あんまり行かないですね。なんでですか」

「いやあ、別に。疲れとんのかな」

疲れてると思います。カラオケ、ぜんぜん行ってない。明日また続きをやることにして解散。一気にやる。

2020.08.08(土)

すべての応募についての検討が一巡した段階で、予定の100人を大幅にオーバーして200人くらい。会社に提出した企画書を確認してみると、「(多くても)50人くらいか」と書いてあった。「くらいか」とはなんだと、ちょっと自分にムッとする。ぜんぜん読みちがえている。

予算など制作の都合を考えると、まだまだ絞りこむ必要がある。リストと仮目次をつくりなおして、もういちど頭から二人で見ていくことになった。

2020.08.10(月)

暫定のリストと仮目次が完成、岸さんへ。応募者の方に、選考に時間がかかっている旨一報しておいた。

2020.8.12(水)

岸さんとzoomで打ち合わせ。いま200人くらいまで絞れているのだが、ここからはけっこうギリギリのところ。「しぼりきった雑巾をさらにしぼる」とは岸さんの言い方だが、ほんとうにそう。もう一滴も出ませんというところまで来てる気がする。

おもしろいのは、岸さんから、こういうカバーにしたいとかそういう話題が出てくる。物体としての本を考えるところがちょっと編集者ぽい。A5判上製(角背で決まりだろうと思っている)1000ページは未知の領域。

筑摩書房はかつて「全集の筑摩」と呼ばれることもあったそう。なかには1巻が1000ページを超えるものもある。会社の倉庫や書棚に置いてあるが、見ていると居ずまいを正されるような気持ちがする。

2020.08.20(木)

終わった! 長かった選考もようやくこれでひと段落。当初の「上限100人」という前提をなしにして、150人の方に聞き手をお願いすることになった(結果的には、抽選にせざるをえなかった)。そのぶん一人ひとりの文字数の上限が厳しくなることになるが、これはもう仕方ない。ちなみに、ブルデューの『世界の悲惨』には52人、ターケルの『死について!』には63人、『仕事(ワーキング)!』には133人の語り手が出てくる。

選考はほんとうにたいへんだったが、岸さんもしんどそうだった。「書いてあるのは、人生やからな」と何度も何度も言っていた。

説明会の日程も決めた。来週、応募者の方に結果を通知する。おおまかなスケジュールや、説明会までに用意するものなど打ち合わせて終了。今日は休肝日にしようと思っていたが、解放感があって思わず飲んでしまった。

2020.08.24(月)

応募者へ送るメール文面のチェック。社内の校閲のひとにも頼んで、見てもらう。あとはひたすらメール。丁寧にお返事をくださる方も多く、ありがたい。

2020.08.25(火)

午前中、昨日間に合わなかった方にメールをお送りして、ひとまずおしまい。日誌をまとめていて、「選考会を3回やりました」と応募者の方へのメールに書いたのが間違いだったとわかった。選考会は計4回だった。

宣伝の濱中さんに頼んで、選考終了の告知。すると、そのあと取材の打診があった。今後どういうふうに対応すればいいかも含めて相談。

7月
2020.07.01(水)

コロナの影響もあり当初の予定からは遅れてしまったが、ようやくプロジェクトの告知日になった。調べてみると、会社に企画を通したのが昨年の12月で、半年以上時間が空いてしまったことになる。

昼過ぎ、会社のツイッターアカウントで正式な告知を出してもらう。早々に最初の応募メールが来て、すこしホッとする。

13時半からの会議のあとメールをチェックすると、応募が10通ほど届いていた。「え、なんでハンター試験にヒソカが……」的な驚きを覚える方からの応募もあった。

保育園の迎えがあるので早めに会社を出ないといけないのだが、それまでに、応募いただいた方にお礼と受け取りましたという連絡を入れておく。残りは明日。それぞれのメールに切迫感があって、ちょっと気圧される。

宣伝課が気を利かせて、リリースを打ってくれた。さっそくメディアからヒアリングの依頼。ありがたい。反響の大きさに、ちょっと高揚感があった。

2020.07.02(木)

起きると応募がたくさん来ていて、震えあがる。30通超えた。

今日は在宅勤務で、朝から応募者へお返事。同時並行で、エクセルの一覧にしていく。

語り手はこちらが用意するのではなく、聞き手自身が語り手を見つけてくる。この条件がちょっと伝わりにくかったということで、ホームページの修正、告知。

聞き手が具体的に「このひとに話を聞きたい」と思うとき、そこにはなにか知りたいことやそのひとを選んだ動機がある。自分でも、なんて当たり前のことをとすこし呆れてしまうが、応募のメールを読んでいて気がついた、新鮮な驚きだった。聞き手を公募することのおもしろさがすこしわかった気がする。

午後、電話でヒアリング。

2020.07.03(金)

怖くなってきたので、応募数を数えるのはいったんやめる。エゴサもなるべくやめる。ただ、このペースだと、100を超えるのはほぼ確実。

午前中、宣伝課の濱中さんと打ち合わせ。反響の大きさに二人で驚く。濱中さんは同期で、よく相談に乗ってくれる。

聞き手と語り手の関係のおもしろさや、今後の展開の仕方についてもざっと話をした。本づくりが長丁場になるので、制作日誌も公開しようという話に。とにかく、いまはこのプロジェクトに興味をもってもらうのがいちばん。

取材依頼が一件。ありがたい。

2020.07.06(月)

在宅。土日のあいだも、けっこうな数の応募があった。お返事して、エクセルにまとめていく。目次のイメージも、すこしずつ固めていかないといけない。

2020.07.07(火)

応募はすこし落ち着いてきた。濱中さんに昨日までに書いたぶんの日誌を見せて、反応を聞く。基本はこのまま書いていいということなので、書いていく。宣伝計画が宣伝課のボスに褒められたそうで、こちらもうれしい。

2020.07.10(金)

応募の数が100を超えた。今日が締切までの折り返し日なので、再度会社のツイッターで告知してもらう。

いただいた応募のメールを読んでいると、聞き手の方のお話もおもしろいなと思ってしまうことがよくある。これも不思議な話で、どうしてそのひとの人生が、その来歴やエピソードによっておもしろく見えてしまったりするんだろうか。人生がおもしろい、とはなんだろうか。

子どものころ聞いた「人生いろいろあるよ」は、なんて無責任な大人の言い方だろうと思っていた。でも、たしかにそういうことなのかもしれないとも思う。

2020.07.21(火)

20日締切ということで、週末から目に見えて応募数が増えている。最終日は、100通超えたんじゃないか。で、集計してみると、応募の総数は500弱になった。見込みが甘かった。

だれかの話を聞き取りたいと思っているひとが、こんなにたくさんいる。なんだか希望のもてる話だと思った。おもしろいことに、女性と思われる方からの応募が多い。感覚的には7:3くらいだろうか。こういうところにも、ジェンダーが表れているのかもしれない。

しかし、これどうするのと途方に暮れる気持ちもちょっとある。おもしろくなる手応えはあるのだが、どう落としこんでいけばいいのか。この本をつくるうえでいくつかのポイントがあるはずだが、人選が肝であるのはまちがいない。

考え出すと、けっこうおそろしい。ひとまず無心で、ひたすら受け取ったというお返事とエクセル入力。仮目次もつくってみる。

2020.07.27(月)

週末にBuzzFeedの記事が出た。企画がはじまってすぐに、こうしてとりあげていただけるのはありがたい。岸さんがいま東京で一番好きな街は「浜松町」。

応募者リストの整理が済み、仮目次もひとまずできた。ただ、詰めないといけないことも、山積みになっている。もともと考えていたスケジュールからずれこんできているが、近々岸さんと選考をはじめることにする。

2020.07.30(木)

今日は在宅で、午後から岸さんとzoomで打ち合わせと選考会。「柴山さん、肥えたな」と関西弁らしいあいさつ。「はい、ちょっと肥えました」。東京だと「太ったね」とか「丸くなった」という表現になってきついが、関西弁は嫌味なところがなくてうらやましい。これからの進め方、こまごま詰める必要があるところを確認して、いざ選考。

事前にお渡しした応募者のリストと仮目次をみながら、一人ずつ話をしていく。夕方まで、休憩をはさみつつの4時間で、zoomを落としたあとは頭がくらくらした。1/3も終わってない。しかし、へとへと。

選考の基準は、第一に「語り手が具体的で実現可能性があること」として決めていく。おもしろいのは岸さんとの意見がだいたい一致するところで、不思議な気もするし、そういうものだという気もする。もっとおもしろいのは意見がわかれたときで、これはもろに考え方が出る。

書評

「ちくま」に掲載された『東京の生活史』の書評をお読みいただけます。

そんな生き方があるのか
という素直な驚きを

正味150回味わえる
(山本 貴光)

岸政彦監修 『東京の生活史』プロジェクト

岸政彦

東京の生活史

「150人が語り、150人が聞いた、東京の人生」。いまを生きる人びとの膨大な語りを一冊に収録した、かつてないスケールで編まれたインタビュー集。

発売日: 2021/9/21 A5上製 / 1216頁 2段組み / 定価: 4,620 円(10%税込) / ISBN: 978-4-480-81683-2
ブックデザイン: 鈴木成一デザイン室

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