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古典を読む

文章に即して古典を読む

「熟田津に……」の歌を読む

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●読みの面白さと読みの方法と

 この一首を読むためには、航海や風・潮流などについての知識が必要であり、それがないとこの歌の正確な理解はできないことを三氏の話は示しているようにみえるかもしれない。もちろんそういう一面があることは否定できない。しかし、それ以上に大事なことを語っているように私には思われる。それは読みにおけることばへのこだわりである。

 月の出・満潮を待ち、そして船出する。そのことに何の疑問も持たず、当たり前のこととして受け止めてしまえば、夜の船出は問題とならない。しかし、今と違ってレーダーや最新の器機があるわけでもない昔、視界のきかない夜に船出をする意味がどこにあったのだろうと疑問を抱いた瞬間、なぜ月の出を待つのか、潮とはなにか、といくつも気になることが出てくる。

 古典の世界は古い昔のことであるという思い込みが、少しくらいおかしいところがあってもそれに目をつぶらせ、表現へのこだわりを弱めてしまう。「なぜ夜に船出するのか」「なぜ満潮を待たなくてはならないのか」といった素朴な疑問を抱くためには、一つ一つのことばにこだわることが大切となる。「なぜ……」とこだわることで、それまで見えていなかったものが見えてくる。そこに読みの面白さがあるのではないだろうか。

 歌における形象の変化を読み取ることは、すべての歌でうまくいくというわけではない。古典においても現代文においても、この方法が有効に機能するものもあれば、さして有効に働かないものもある。だからうまく読み取れる歌はこの方法で、そうでない歌は別の方法でとは、私は考えない。その歌その歌に合わせて発問を考えていくことは、結局教師の発問を待って考える生徒を作ることにしかならない。形象の変化というものさしを当ててみて、それがうまくあてはまらない歌があることをわからせることも大事なのである。そしてなぜその歌には、その方法がうまくあてはまらないのか、その理由を考えてみるのである。そのような指導過程をもつことで、自ら考え、主体的に判断し、行動していく力を育てていけるのではないだろうか。

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