筑摩叢書326 プラトンに関する11章

アラン

現代フランスのモラリスト、アランの代表作「イデー」に収められた「プラトン」の画期的翻訳。プラトン学徒にして初めて可能なよく理解の行き届いた入門書。

筑摩叢書326 プラトンに関する11章
  • シリーズ:シリーズ・全集
  • 定価:本体1,398円+税
  • Cコード:0010
  • 整理番号:
  • 刊行日: 1988/08/19
    ※発売日は地域・書店によって
    前後する場合があります
  • 判型:四六判
  • ページ数:248
  • ISBN:4-480-01326-1
  • JANコード:9784480013262
アラン
アラン

アラン

1868〜1951年。フランスの哲学者。本名エミール=オーギュスト・シャルティエ。高等師範学校卒業後、リセの教師となる。その哲学講義は学生たちの支持を受け、教え子からシモーヌ・ヴェイユをはじめとする哲学者を輩出している。65歳で教職を退き亡くなるまで執筆活動を続けた。著書に『幸福論』『定義集』『諸芸術の体系』などがある。

この本の内容

プラトンとの出会い、思索の喜び。ソクラテスとプラトンの間には貴重な出会いが、いや相反するもの同士の衝突があった。そこから思想が流れでた。哲人アランが平易で明解な独特の語り口でプラトン哲学の精髄を説いた名著。

この本の目次

プラトンに関する十一章(ソクラテス
プロタゴラス
パルメニデス
イデア
洞窟
ティマイオス
アルキビアデス
カリクレス
ギュゲス

エル)
付 アリストテレスについてのノート

読者の感想

2008.6.24 platon

モラルという劇薬

「プラトンは言う ── 不正なことは、君が他人の財を奪ったということではない。君がそれを奪うことによって、必然的に、最良の秩序と、最悪の秩序とを、君の内部においてとり替えたことなのだ、と。これこそプラトンならずしてはありえない言葉なのだ ──(中略)もし君が内心において正しくなければ、それを正しきものとすることができないのである。これよりもはげしいモラルは存在しない。そして、これこそが、万人のモラルなのだ。考えてみるがいい、たとえ正直なひとにしても、もし、そのひとを正直にしているものが、貪欲と怯懦より成ったものだと誰かが感づいたなら、いったい誰がそのひとを尊敬するであろうか」(p.166)

プラトンの最高峰『国家』は、正義について論じられた対話篇であることを、もう一度思い出そう。『パイドン』によってソクラテスの死を描き終えたプラトンは、その「死」の意味を『国家』においてあますところなく追求する。

「われわれは、あの強烈な思想の動きに ── それは、ソクラテスが手を触れて以来、常に外面から内面への道をたどりつづけたものだが ── その思想の動きに、拉し去られたようである。自分自身に対する信頼を回復すること、判断の拠点を回復すること、大切なことはここにある」(p.167)

「自分自身に対する信頼を回復すること、判断の拠点を回復すること」を、ソクラテスは端的に「よく生きること」と言い切ったのかもしれない。謙虚に、しかし同時に自信をもって、よりよき生を思考=試行すること。プラトンのテクストのなかにその例示はあっても、わたしたちの生はテクストの外部にしかない。アランというモラリストの柔和なほほえみの下には、意外に冷徹な眼差しが光っている。

「この(人間を取りもどすことを要求する)思想は、われわれの粗野なソクラテスにかなりふさわしいし、それに劣らず、老いたプラトンにも ── シケリアに再び渡り、(以来よく知られた言葉に従えば)死よりもむしろ生について瞑想した、老プラトンにふさわしいのである。ここに、きわめて豊かなこの学説におけるさまざまな回り道のもつ深さの一例があるのだ。また隠遁生活と、国家の法律に従った公の生活との間には、秘かな対応があるという、よき例があるのだ。かくてわれわれの語るごとく、節制や勇気のなかには博愛精神がないけれども、正義の中には、それが宿るということになるであろう。プラトンは、われわれに、その数々の道を、およびそれ以外の多くの道をも開いているのだ。その道を通っていくと君たちは、再びイデアを ── つねにわれわれを問題から問題へと抛げこみ、諸問題を提出するだけで、それ自身の姿を現わさない ── あの謎に満ちたイデアを、再び見いだすことになるであろう」(p.169)

考えるとは、このことを言う

先に、アランはこう言った ── 思考の動きが、実はイデアのいっさいなのであって、他に、イデアの名に値するようなものは全く存在しないと。そして、それを実践する限り、ひとはつねに新しい謎を生み出してしまうのだ。だが、無限に増殖する謎に惑わされることなく、自身に対する信頼を保ちながら歩みつづけなければならない。それが生きるという仕事なのだ。

「よく考慮してみれば、時間のもつさまざまな姿を、時間を超えた思考の中に集めるのが、われわれの仕事なのである。考えるとは、このことを言う。各瞬間は、われわれのいっさいであり、各瞬間は充足している」(p.188)

プラトンを読むことは、プラトンと時間を超えた対話を行い、生きることの各瞬間を充足させることである。そのとき、いっさいがわたしたちを満たす。このようにして、アランはプラトンを秘教的な姿から実践的な姿へと置き換えてみせてくれる。

最後にひと言。アランの文体は、ペンの流れに身をまかせてつむぎだされる直感的なスタイルで、論理の飛躍も多い。だからそれは時に詩的であり、時に晦渋である。だが、これまで多くの人たちが(日本人ももちろん)彼のフランス語から多大な影響を被っている。本書を読み続けたあいだ、アランを原書で熟読したであろう石川淳や吉田秀和の文体がそこかしこで思い出された。次の一節などは、アランが影響力を発揮する典型的なスタイルだろう。

「プラトンは確かに多くの弟子を持ってはいる。しかし彼はなお新鮮だ。プラトンは危険で、ほとんど知られていないところがある。そしてプラトンを理解しているひとですら、プラトンの見解通りに教えるということは、手に余ることなのである。それは、プラトンが彼の秘密をもらさないからだ。むしろ、いま一つの謎を、この世でいちばん美しい謎をもらしているからだ。しかし、問題はまさしくそこにある」(p.79)

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