映画は父を殺すためにある ─通過儀礼という見方

島田 裕巳

ローマで王女は何を知った?
寅さんは、実は漱石だった?

 通過儀礼 で映画を分析することで、隠されたメッセージを読み取ることができる。宗教学者が教える、ますます面白くなる映画の見方。
【解説: 町山智浩 】

映画は父を殺すためにある ─通過儀礼という見方
  • シリーズ:ちくま文庫
  • 定価:本体800円+税
  • Cコード:0114
  • 整理番号:し-32-2
  • 刊行日: 2012/05/09
    ※発売日は地域・書店によって
    前後する場合があります
  • 判型:文庫判
  • ページ数:256
  • ISBN:978-4-480-42940-7
  • JANコード:9784480429407
島田 裕巳
島田 裕巳

シマダ ヒロミ

1953年東京生まれ。宗教学者、作家。東京大学文学部宗教学科卒業。同大学大学院人文科学研究科博士課程修了。放送教育開発センター助教授、日本女子大学教授、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員などを歴任。現在は、NPO法人葬送の自由をすすめる会会長、東京女子大学非常勤講師。著書に『神も仏も大好きな日本人』(ちくま新書)、『映画は父を殺すためにある』(ちくま文庫)、『日本の10大新宗教』『葬式は、要らない』『なぜ八幡神社が日本でいちばん多いのか』(それぞれ幻冬舎新書)、『ほんとうの親鸞』(講談社現代新書)など多数。

この本の内容

映画には見方がある。“通過儀礼”という宗教学の概念で映画を分析することで、隠されたメッセージを読み取ることができる。日本とアメリカの青春映画の比較、宮崎映画の批判、アメリカ映画が繰り返し描く父と息子との関係、黒沢映画と小津映画の新しい見方、寅さんと漱石の意外な共通点を明らかにする。映画は、人生の意味を解釈する枠組みを示してくれる。

この本の目次

予告編
1 『ローマの休日』が教えてくれる映画の見方
2 同じ鉄橋は二度渡れない―『スタンド・バイ・ミー』と『櫻の園』
3 『魔女の宅急便』のジジはなぜことばを失ったままなのか?
4 アメリカ映画は父殺しを描く
5 黒澤映画と小津映画のもう一つの見方
6 寅さんが教えてくれる日本的通過儀礼
7 総集編

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