万葉樵話――万葉こぼれ話

第六回 旋頭歌はおもしろい

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片歌問答から旋頭歌へ

 『万葉集』の特徴的な歌にどうがある。なじみが薄いかもしれないが、短歌、長歌に次ぐ歌数をもつ。五七七音の三句体を二つあわせた歌形で、短歌の祖型的な位置にあると見なされている。『万葉集』には、全部で62首存在する(短歌約4200首、長歌約260首)。その大半は作者不明歌であり、過半の35首が「かきのもとのひと歌集」所収の歌とされる。「人麻呂歌集」は、人麻呂の作だけでなく、多くの作者不明歌を含んでおり、そこに収められた旋頭歌も作者不明歌と考えられている。それらは大旨、前期万葉に属する歌と見て間違いない。

 旋頭歌の名称には諸説あるが、定まったものはない。前の三句(前句)と後の三句(後句)を同じ旋律に乗せて、あたかもこうべめぐらすように繰り返すところからの命名とする説もあるが、音楽上のことは実証の方法がなく、不明とするほかない。

 旋頭歌の起源はかたうた問答にあったらしい。片歌は五七七音からなる三句体の歌謡で、その名は『古事記』に見える。「片」は、歌としての不完全さを意味するらしい。多くの場合、片歌は、片歌同士の問答の形で現れる。それを片歌問答と呼ぶ。一つだけ例を挙げる。

(ヤマトタケルは)すなはち、その国(相模さがみのくに)より越えてに出でまして、さかをりのみやいましし時に、歌曰うたひたまひしく、
  にひばり つくを過ぎて いくつる
(記二五)
〈口語訳〉
 新治、筑波の地を過ぎて、幾夜寝たことだろうか。
 しかして、そのたき老人おきなうたぎて、歌曰うたひしく、
  日々かがべて にはここの 日にはとを
(記二六)
〈口語訳〉
 日数を重ねて、夜なら九夜、日なら十日になることよ。
 ここちて、その老人をめて、すなはあづまのくにのみやつこを給ひき。

 東征の帰途、国(現在の山梨県)のさかおりのみや(甲府市酒折)で、ヤマトタケルが「御火焼の老人」と片歌で問答を交わしたことを伝える記事である。この問答は、後にれんたんれん)の起源とされることになる。

 重要なのは、これが問答であることである。場に支えられた唱和性がその本質としてあり、問いに込められた謎を、どのように解き明かす(説明する)のかが興味の中心になっている。老人はヤマトタケルの問いを理解し、東征の順路を正しく把握して答えたから、そのほうしようとして「東国造」の地位が与えられることになる。

 このように、場に支えられた唱和性が片歌問答の本質になるが、片歌問答を起源とする旋頭歌もまた、これと同様の表現性をもつことになる。もっとも、片歌問答は複数の歌い手による唱和だが、旋頭歌の歌い手は基本的に単数(個人)である。とはいえ、片歌問答が保持していた唱和性、場に支えられた集団性は、旋頭歌にもつよく残されている。そこに旋頭歌の表現の特異性が現れている。

 旋頭歌の前句と後句は、相互に独立的である。前句は、片歌問答の問いにあたるが、旋頭歌の場合は、特定の状況を大きく提示するような内容であることが多い。それに対して、後句は、その状況への説明なり解釈なりを付け加える。片歌問答の答えと同じと見てよい。以下、いくつかの具体例を通して、旋頭歌のありようとそのおもしろさを見ていこう。

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