転落の歴史に何を見るか ─奉天会戦からノモンハン事件へ
奉天会戦からノモンハン事件に至る34年間は、日本が改革に苦しんだ時代だった。しかしそれは敗戦という未曾有の結末を迎えることになる。改革はなぜ失敗したのか。
- シリーズ:ちくま新書
- 748円(税込)
- Cコード:0221
- 整理番号:337
- 刊行日:
2002/03/19
※発売日は地域・書店によって
前後する場合があります - 判型:新書判
- ページ数:176
- ISBN:4-480-05937-7
- JANコード:9784480059376
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一九〇五年の奉天会戦から一九三九年のノモンハン事件に至る三四年間は、国家改造計画から共産主義思想まで、日本が内発的な改革に呻吟した時代だった。しかし結局、軍部の専制を防げず、敗戦という悲しみと汚名の結末を迎えることになる。自己改革が失敗に終わった原因はどこにあったのだろうか。
第1篇 二〇世紀前半の日本への旅の準備
第2篇 奉天からノモンハンへ(ジェネラリストが消えるとき
組織が自己改革力を失うとき)
第3篇 現在への視座(「政か官か」からの脱却
改革の時代の世代論)
2011.3.08 未来
本書ほど納得したものはない
本書を読み、日露戦争に勝利し、アジアの一等国となった日本がなぜ太平洋戦争という破局に至ったのかが理解できた。今まで数多くの太平洋戦争に至った原因が記された書物を読んできたが、本書ほど納得したものはない。私は名著であると思う。
著者はジェネラリストの消失・スペシャリストの台頭こそが日本を破局に陥れたとの見解を示している。私もこの見解に賛成である。
1930年代に入ると、陸軍大学校・海軍大学校などで軍事教育を受けた、スペシャリストである軍人による政治干渉が激しさを増す。陸大・海大は軍事教育が中心である。そのため当然、そこで育った人材はスペシャリストとなる。軍事には詳しくとも、外交や財政には疎い。そのスペシャリストが政治を支配した結果、外交や財政の限界を無視した戦争を引き起こし、これを止めることなく長期化させた。
もしも外交・財政・軍事などあらゆる分野に精通したジェネラリストがいたならば、1930年代以降の戦争は止めることができたのではないかと本書を読み考えることができた。
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