ちくまの教科書 > 国語通信 > 連載 > 舞姫先生は語る第四回(1/4)
第一回 『舞姫』のモチーフについて
鈴原一生(すずはら・かずお)
元愛知県立蒲郡東高等学校教諭
第二回 太田豊太郎の目覚め
第三回 エリス――悲劇のヒロイン
第四回 太田豊太郎と近代市民生活
第五回 『舞姫』の政治的側面
第六回 結末
第四回 太田豊太郎と近代市民生活
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豊太郎の罷免

 豊太郎がエリスの危機を救ったことから二人の交際が始まります。彼がエリスの何によってハートを射られてしまったのかというと、それは「物問ひたげに愁ひを含める目」でした。作者・鴎外は、この「愁いを含」んだ眼差しが殊の外好みだったようで、『独逸日記』にも何箇所か記述があります。

 二人の交際が深まり、留学生仲間にもそのことが次第に知られるようになります。豊太郎は、優等生で仕事もてきぱきとこなし、上司の受けもよい反面、人付き合いが苦手という弱点がありました。集団主義の日本社会では、目立つ人間はいじめの対象となります。ドイツの日本人留学生社会も例外ではありませんでした。薩長閥が幅を利かせていた時代、鴎外の分身である豊太郎は、おそらく弱小藩出身で、格好の獲物だったでしょう。エリスとの交際を讒誣された彼は、官長から女性との不適当な交際を理由に免官されてしまいます。上意下達の官僚社会で主体的意志を持ち、上司に柔順でない豊太郎が不良部品として官僚機構から排除されたのは当然の帰結でしょう。

 免官の辞令を渡すとき公使は、「御身もし即時に郷に帰らば、路用を給すべけれど、もしなほここに在らむには、おほやけの助けをば仰ぐべからず」という条件を付けました。ドイツから日本までの旅費は、当時の金で七百円強でした。因みに鴎外の年間留学費は千円と言われています。金持ちならともかく、豊太郎にその金を算段することは不可能でしょう。条件に従わなければ二度と故国の土を踏めないことになるかも知れません。しかし、一目惚れしたエリスと別れるには未練が残ります。

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