恋の都

三島 由紀夫

彼は敗戦と共に
切腹して死んだはず……

敗戦の失意で切腹したはずの恋人が思いもよらない姿で眼の前に。復興著しい、華やかな世界を舞台に繰り広げられる恋愛模様。
【解説: 千野帽子 】

恋の都
  • シリーズ:ちくま文庫
  • 792円(税込)
  • Cコード:0193
  • 整理番号:み-13-14
  • 刊行日: 2008/04/09
    ※発売日は地域・書店によって
    前後する場合があります
  • 判型:文庫判
  • ページ数:320
  • ISBN:978-4-480-42431-0
  • JANコード:9784480424310
三島 由紀夫
三島 由紀夫

ミシマ ユキオ

(1925-1970)本名平岡公威。東京四谷生まれ。学習院中等科在学中、〈三島由紀夫〉のペンネームで「花ざかりの森」を書き、早熟の才をうたわれる。東大法科を経て大蔵省に入るが、まもなく退職。『仮面の告白』によって文壇の地位を確立。以後、『愛の渇き』『金閣寺』『潮騒』『憂国』『豊饒の海』など、次々話題作を発表、たえずジャーナリズムの渦中にあった。ちくま文庫に『三島由紀夫レター教室』『反貞女大学』『命売ります』『私の遍歴時代』『文化防衛論』などがある。

この本の内容

26歳、才色兼備の朝日奈まゆみはジャズバンドのマネージャーだが、根っからのアメリカ嫌い。彼女の恋人五郎は過激な右翼団体の塾生だったが、敗戦と共に切腹したという。ジャズバンドに打ち込むことで辛さをまぎらわそうとしていたまゆみの下へ届けられた、一本の白檀の扇が運命を変える。敗戦後の復興著しい東京を舞台に、戦争に翻弄される男女の運命を描く。

読者の感想

2008.4.26 ワイドアップバード

1954年、三島29歳の作品である。その年の6月に『潮騒』が、9月にこの『恋の都』が矢継ぎ早に刊行されている。『潮騒』は神島という自然とそこに住む純朴な人々を舞台にした作品であるが、この『恋の都』は東京を舞台にした都会に生きる若者たちの物語だ。同時期に書かれているせいか、舞台は異なるけれど、作風には共通したものがある。女性雑誌の連載小説ということもあってか、『潮騒』ほどのヒットはしなかった。が、晩年にはない、明るさ、戦後の暗さを払拭するような肯定的に生きようとする姿勢が真率に感じられる佳作である。
ジャズマンたちを取り仕切るマネージャー、まゆみがそのヒロイン。流暢な英語を操るアメリカナイズされた戦後の自由を全身で体現しながら、誰にもけっして口にすることなく胸の奥にしまい込んだ初恋の「亡き」右翼の少年、五郎を誇りに思い続ける純潔の捩れを軸に物語は進む。まゆみが下心のあるアメリカ人に口説かれて処女を奪われそうになりながらも、寸でのところでかわすと、地団駄を踏むアメリカ人を見てしてやったりとほくそえむくだりの痛快さ。アメリカ人の思惑の裏をかこうとしてあれこれ画策するまゆみの奔走は戦後の日本人の姿と重なる。同時にしたたかに生きていく女性の強さを描きながらも過去の思い出を清算できない自分の弱さに葛藤するまゆみの姿は、今女性が読んでも共感する所が多々ある。ただ過去の五郎を忘れて折り合いをつけるまゆみのリアルな決断とその決断によって戦前を忘れようとする決意ははたして両立できるのか? 

随所に描かれた日本の戦後の占領下におけるアメリカの風俗をある意味無批判に享受し、あるいは圧力によって渋々受け入れた当時の日本人のアンビヴァレントな姿は、戦後六十年を過ぎた現下でもいささかも変っていない。半世紀という時間の不変さというか日本人の不変さに一再ながら驚かされる。
物語はとりあえずのハッピーエンドに終わるけれど、五郎という失われた日本人の表象はけっして三島のなかでは解消されることなく、その後作品を生み出せば生み出すほど、いや増しに燻り続けやがて三島の胸の奥から突き破っていくことになる。この作品がハッピーエンドで終わっても、五郎の「問題」は隠蔽され、抑圧されたままである。それは戦後の日本人の生き方と重なり合う。五郎は亡霊としていまだに日本の死角にあり続けている。三島は最後までやはり忘れはしなかったのだ。
それはそれとして、したたかで、頭が切れ、確固としたものを自分のなかにもちながら、女の弱さをも自覚しているまゆみという女性像は亡霊とは無縁に、活き活きとした魅力を今でも放っている。なんと言ってもこういう輪郭をはっきり浮かび上がらせる三島の造形力の冴えや白檀の扇子という小道具の使い方に日本という重しを乗せる目配りも怠りない。アメリカナイズされた五郎が白檀の扇子をまゆみに贈る象徴の意味を私たちは今も考えて見る必要がありそうだ。

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