重田園江
( おもだ・そのえ )1968年兵庫県西宮市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、日本開発銀行を経て、東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。現在、明治大学政治経済学部教授。専門は、現代思想・政治思想史。著書に『フーコーの穴』(木鐸社)、『ミシェル・フーコー』、『社会契約論』、『ホモ・エコノミクス』(以上、ちくま新書)、『連帯の哲学Ⅰ』、『統治の抗争史』(以上、勁草書房)、『隔たりと政治』、『フーコーの風向き』(以上、青土社)、『真理の語り手』(白水社)などがある。
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自分の利益を第一に考えて合理的に行動する主体=「経済人(ホモ・エコノミクス)」――経済学が前提とするこうした人間像はどこで生まれたのか。多くの批判にさらされながらも、それが世界を動かす原動力でありつづけているのはなぜか。「金儲け」が道徳的に蔑まれた古代・中世そして非近代の社会から、近代経済学が確立する「限界革命」の時代をへて、ホモ・エコノミクスが社会の広範な領域に浸透する現代まで。「自己利益の追求」が当たり前の価値として受け容れられるに至ったからくりを、思想史の視座から解き明かす。
はじめに 「社会に出ること」のとまどい
第一部 富と徳
はじめに:金儲けと道徳/1:金儲けは近代以前にどう受け止められていたか/2:なぜ人は貧乏人を責めるのか/3:マンデヴィルとハチスン/4:徳の擁護はどのようになされたか/5:ヒュームと共感の道徳論/6:社交と洗練と文明と/7:ミニチュア化される宮廷/8:名刺の字体で頭をカチ割る/9:徳の道と富の道/10:フランクリンと他者の道具化
第二部 ホモ・エコノミクスの経済学
はじめに:「科学としての経済学」の史的背景/1:ホモ・エコノミクスの語源学/2:イギリス歴史学派と方法論争/3:メンガーvsシュモラー/4:ジェヴォンズと経済学の数学化/5:ワルラスと力学の世界――物理学と経済学/6:経済学の内部と外部
第三部 ホモ・エコノミクスの席捲
はじめに:ニーチェ‐フーコーの系譜学/1:差別・犯罪・人的資本/2:「緑の革命」――前提としてのホモ・エコノミクス/3:ゲーム理論と社会的選択理論、そして行動主義革命/4:人は費用便益計算で投票するか/5:公共選択論のヴィジョン/6:政治嫌いとホモ・エコノミクスの人間像
おわりに 人間はどのような存在でありうるのか

「本書で見てきたとおり、贅沢や金儲け、そして富そのものが蔑視され、あるいは危険視された社会から、現代のような富以外の価値を忘却したかのような社会への転換には、長い歴史がある。人はそう簡単に、富と貪欲が大手を振る社会の到来を許したわけではなかった。しかしひとたびそれがある閾を超えると、自己利益の追求者たるホモ・エコノミクスの支配は際限なく広がり、目下私たちにはそこから逃れる術がないかのようだ。こんな社会に誰がしたんだろう。なるべくしてなったのだろうか。」(「おわりに」より)
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