「わかりやすさ」は「無知の知」から

池上 彰

「話合いをして、なにが悪いの?」

 談合事件摘発のニュースを、私が担当していたNHK「週刊こどもニュース」で取り上げたときのことでした。出演者の子どもに、こう聞かれたのです。

 談合を子どもにわかるように表現しようとして、私たちスタッフは「話合い」と表現しました。ところが、子どもたちは、いつも学校で先生から「話合いの大切さ」を教えられています。話合いで問題が解決すればいいじゃないか、という反応だったのですね。

 談合を単に「話合い」と言い直しただけでは、その犯罪の意味がわかってもらえません。「こっそりと犯罪の相談をした。この相談で、私たちが納めた税金を余分に受け取り、自分たちで山分けした」と表現しないと、この事件の持つ意味が理解してもらえなかったのです。

 私はNHKで長年記者をしてきました。警視庁記者クラブで殺人事件担当記者をしたり、文部省記者クラブで教育問題を担当したり。一応、ニュースの世界で生きてきたのです。ところが、「週刊こどもニュース」を担当して、愕然としました。一般のテレビニュースが難しすぎて理解できないという人が大勢いることを初めて知ったからです。

 ああ、自分はいかにモノを知らなかったのか。大いに反省しました。報道の人間はニュースの専門家。ついつい、難しい用語を使ってしまいます。あるいは、ある出来事がどんな意味を持つか、きちんと解説していないこともあります。

 しかし、テレビの前の視聴者は専門家ではありません。何のことか理解できないという不満を持っていたのです。それなのに、私たち伝え手は、そのことに気づいていませんでした。

 私が「こどもニュース」を担当する前、午後六時の全国ニュースのキャスターだったとき、経済ニュースの原稿があまりに意味不明だったので、「この原稿じゃあ、わからないよ」と文句を言ったら、担当者に、「わからないのは、お前がバカだからだ」と言い返されたこともありました。

 伝える側がこんな意識を持っていたら、視聴者にニュースが伝わるわけがありません。

 視聴者は何がわからないか、自分はわかっていないのだ。この「無知の知」を獲得することから始めなければ、「わかりやすいニュース」を伝えることができない。このことを、私は「こどもニュース」で学んだのです。

 それからは、ニュースを取り上げる際、「視聴者は、このニュースのどこがわからないのだろうか」を常に考えるように努力しました。

 こうして番組を作っていくうちに、「こどもニュース」なのに大人の視聴者も大勢獲得するようになりました。そうなると、制作側には欲が出ます。「大人は、子ども向けにどんな説明をするか興味を持って見ているんだろう。だったら、大人にも、ヘーっ、それは知らなかった、と言わせてやろう」と考えるようになったのです。

 そのためには、子どもは何がわからないかを考えるだけではなく、大人も納得させる説明はどうしたらいいんだろう、と工夫するようにもなりました。いわば二莵を追ったのですね。

 去年三月でNHKを退職してからは、仕事の舞台を活字の世界に移し、子ども向けのニュース解説は、毎日新聞社から発行されていた「毎日中学生新聞」で担当するようになりました。中学生新聞は残念ながら途中で休刊になりましたが、その後は「毎日小学生新聞」で週一回の連載が続いています。この連載でも、読者が何を知らないか、実は自分は知らないのだ、と言い聞かせ、何を知らないかを探るところから始めています。

 この連載をまとめたのが、ちくまプリマー新書の『おしえて!ニュースの疑問点』。こういう形で本を出すことができたのも、「無知の知」を知ることができたからだと思っています。

(いけがみ・あきら ジャーナリスト)

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おしえて! ニュースの疑問点

おしえて! ニュースの疑問点

池上 彰 著

定価756円(税込)