『BA — BAHその他』について

橋本 治

『BA−BAH その他』は、この『ちくま』に連載した小説を単行本化したものです。『BA−BAH』というのは、十年ほど前に書いてそのままにしていた私の短篇小説です。
「『ちくま』で一年間小説の連載をしないか」と言われた時に、「『BA−BAH』と併せて単行本にしてもいいか? その単行本のタイトルは『BA−BAHその他』でいいか?」と言って、「いいですよ」という答を得ていたので、『ちくま』の連載が始まる前にすべては決まっていたのでした。
 なにが決まっていたのかというと、「明らかになんだか分からないものにする」ということです。タイトルからして、なんだか分からない——その「なんだか分からないもの」に関して、なんかを今ここに書けという。早い話「このなんだかわけの分からないものがなにかを説明しろ」ということで、説明なんかしちゃったら、せっかくの「なんだか分からないものにしたい」という意図が消えちゃうじゃないですか。ま、いいや、別にたいしたもんじゃないから。
 十年ほど前、マイク・ニコルズ監督でジャック・ニコルソン主演の『ウルフ』という映画が公開された。ジャック・ニコルソンが狼に噛まれて「狼男」になるという映画であります。観もせず、その話だけ聞いて、「ジャック・ニコルソンが今更狼男になって、なにがこわいんだ?」と思った。「誰かがジャック・ニコルソンに噛まれて、ジャック・ニコルソンになっちゃうっていうんならともかく——」と考えて、「いっそ、ババアに噛まれてババアになっちゃう話にすりゃいいのに」というところまで行った。私は放っとくと、こういうくだらないことばかり考えて、言いっ放しなのだが、その時は珍しく、「自分は小説家なんだから、少しはそういうことを“形にする”ということも考えた方がいいよな」と思った。しかも、その時は珍しく、「小説書きませんか」という依頼があったので、やってみることにして、取材に行った。 ——「 夜中にババアが歩いてるのは、沖縄のヤンバルクイナが出そうなところと、東北の山形県とどっちがいいかな?」と思って、山形まで夜中に行った。本当の話である。そうして出来上がったのが『BA−BAH』である。
「そういうものを最後に持って来て——」と思って、この『ちくま』で始めたすごく短い短篇小説の一作目が『処女の惑星』で、これは「男が絶滅してしまった未来の地球の話」である。ところが、これを単行本の冒頭に持って来ると、なんだか落ち着きが悪い。それで、既に『野性時代』に書いていた『関寺小町』という短篇小説を頭に持って来た。これは、謡曲の『関寺小町』を現代の少女にそのまま移してしまったので、結果、「心は百歳の老婆である十五歳の少女二人の話」になってしまった。「心は百歳の老婆である少女」から、「ババアに噛まれてババアになった男」へと至る——というのが『BA−BAHその他』である。そうなって「首尾一貫したな」と思っているのだから、きっと作者は、「それが現代だ」と思っているのだろう——確かなことは知らないが。
「すべては老婆化の波に呑まれ、男はどっかに消えてしまう」というのが、この作品集のテーマなのかもしれないが、果してそれが作者の意図するところかどうかは分からない。というのは、小説を書く時の私の態度が、「どうなるか分かんないからやってみよう」で、別にテーマなんかを考えていないからだ。「入口」があって、「ここに入るとどこに行けるのか?」と思って始めるのがここのところ何年間かの私の小説なので、私自身が「そういうこと」を考えていても、私の書いたものが「そういうもの」になっているかどうかは分からない。「分からなくなりたい」と思って小説を書いているので、ほんとのところ、当人にも分からないのである。

(はしもと・おさむ 作家)

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BA−BAH その他

橋本 治 著

定価1,680円(税込)