【追悼・実相寺昭雄】
実相寺監督の映像宇宙

池田憲章

 実相寺昭雄監督と初めて会った日のことは昨日のことのように憶えている。
 1979年初夏、私が大学を卒業してすぐの頃、実相寺監督が「ウルトラマン」、「ウルトラセブン」に続けて円谷プロで演出した特撮テレビ・シリーズ「怪奇大作戦」についての取材(放送して10年がたっていた)で、仕事場であるコダイの事務所を訪ねたのだ。私は24歳だった。事務所に入っていくと、実相寺監督はスタッフらしい誰かと打ち合わせ中だった。
 待っていると、打ち合わせを終えた実相寺監督が顔を90度こちらに向けて、開口一番にこう言ったのである。
「わざわざ来てくれたのに悪いけど、作品の話ならいっさいしない。監督が自分の作品をペラペラ解説するなんてとんでもないことだ。口で言えるようなことなら、映画なんて作っていないから」
 これには、内心びっくり仰天! 決してイジワルで言ってるんじゃなくて、その断固とした口調は気持ちいいくらいだった。
 心の中で一瞬もっともだと思ったけど、「ハイ、そうですか」と帰ったんじゃ、わざわざ会いに来た甲斐がない。「ウルトラマン」の人間が怪獣に変身したジャミラの哀しみの物語や「ウルトラセブン」のメトロン星人が出てくる下町の夕景が特撮でとても印象的だった演出や「怪奇大作戦」の叩きつけるような心情の叫びと岸田森の名演、映像詩ともいうべきモンタージュが続く「死神の子守唄」「呪いの壺」「京都買います」の監督が目の前にいるのに、“あなたの作品が大好きなんです”と言わずに引き下がれるか……と2、3秒の間に考えて、明るくこう答えた。
「じゃあ、岸田森さんや寺田農さん、清水紘治さん、斎藤チヤ子さんといった役者さんの話やいつも脚本で組まれている佐々木守さん、石堂淑朗さん、中堀正夫撮影監督、牛場賢二照明監督、池谷仙克美術監督というスタッフの話ならどうでしょうか?」
 すると監督は笑って、「それならOKです。まあ坐りなさいよ」と言ってくれた。
 1時間半ぐらいだったろうか、話は当然役者やスタッフどころか、作品のさまざまなアイデア、メイキングに及んで、名画座で見ていたATG映画の「無常」や「曼陀羅」、「哥(うた)」も含めて、濃密なインタビューとなった。
 カット割りから構図、スタッフ・ワークまで映像のさまざまな細部を本当によく憶えているのには驚いてしまった。怖い感じは変わらなかったが、映画ファンがウワサしていた観念的どころか、発言はシャープで明解、その繊細で深い言葉にこの映像作家の内面を見た思いだった。実相寺監督はまだ42歳だった。
 作品のテーマについては、カケラも質問しなかった——それは見る私達が心の中で一人だけで味わうものだと思っていたからだ。
 何が気に入られたのか、取材と称して年に4、5回は実相寺監督の事務所に出かけ迎えてもらった。「帝都物語」、「悪徳の栄え」、「ウルトラQザ・ムービー 星の伝説」、「実相寺昭雄の不思議館」、「ウルトラマンダイナ」と現場取材で密着、取材や食事中の何げない雑談の中でハッとすることが何度もあった。
 暁星小学校へ通った思い出と共に忘れられない、父親の仕事に同行して、中国大陸の青島や内蒙古の張家口、北京でくらした戦前、戦中末期の思い出。敗戦で実相寺少年は、家族と共に中国から引き上げてくるのだが、線路から見た果てしなく広がるコーリャン畑に落ちていく真赤な夕陽の情景……。
「日本じゃありえない、その夕陽の惜寂感がすごいんだ。日本へ逃げ戻って、この先どうなるんだろうとも思ったしね……」
 実相寺作品の中で、夕陽を背に攻撃され、悲しみの叫びをあげ追われ続ける怪獣の情景には、実相寺少年の遠い悲しみのエモーションがだぶっていたのだろうか!?
「岸田(森)さんが初めの日のこと憶えてます? って。『怪奇大作戦』の「恐怖の電話」で捜査中の岸田さんの耳のアップから手持ちカメラを長廻しで引いていく。そこで耳がピクピクと神経質そうに動くと言われて、“えっ、耳がですか!?”と言ったら、監督『君は役者なのに耳も動かせないのかー!!』って叫んだんですよって。そうだっけと笑ったんだけど、監督がやる役者への軽いジャブだよね(笑)」
 クスッと笑った監督の息使いまで憶えてる。
 頭の中に数々の実相寺さんの思い出が生き生きとしていて、昨年11月29日、実相寺昭雄監督が69歳で亡くなられたと聞いて、通夜にも出かけたのに、現実との距離感のピントがまだ合わない感じだ。なぜか監督とまだ話せる感じなのだ。実相寺監督を中心にしたコダイのスタッフは、特撮宇宙と連星となる星群でまだまだその映画宇宙を広げてくれそうだ。
 心の中の監督と語りあう余韻の中でもう少し日本映画と特撮を追ってみよう。特撮以上に映像がパワーに満ちた実相寺映像。その光はいつもするどく、そして闇は今も深い。

(いけだ・のりあき 編集者)

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