日本の文様とともに

樹下龍児

 日本の伝統的な美術工芸に見る意匠は、古代より近世に至るまで、中国の豊饒な造形思想からさまざまな影響を積極的に受けている。また近代以降には、欧米の思考と新鮮な美術様式を、絵画と図案教育の方法論としていち早く摂取することに熱心であった。
 もっとも、受容した外来の美意識がすべてそのまま定着したのかといえば、けっしてそうではなかった。その都度、厳しい選択眼による取捨選択がおこなわれたことを、各時代を代表する美術工芸に表された意匠が如実に証明している。
 では、日本人の琴線に触れるかたちとはなにか。
 これこそが好ましいとして描き継いだ文様を遡って辿れば、おのずから日本人のこころのありかが、あたかも郷愁のように見えてくるはずだ。服飾から壁画まで、オリジナルデザインの実務に携わりながら、自分自身の基準を確立するためにも、そのことを痛切に思い続けて長い歳月を費やした。
 そこで、まず気持ちを強くとらえる古典文様を自分の手で描き起すことで、各時代における美術品の依頼者の意図を窺い、さらに作者の高い表現力を細部まで汲みとろうとした。作業を継続する間ずっと、数百年さらに千年以上の時を隔てて、実作者どうしにのみ通じ合う形態描写の秘密にかかわる会話に、時の経つのを忘れさせる充実感が伴うのだった。植物文の枝や葉の撓り、水波文や火焔文の先端が繊細に消えゆくさま、その彼方に広がる空間感などが生き生きと実感される。また身近な和風美の典型を示す家紋についても紋帳からそのままの利用はせず、完璧を期してすべてを描き直した。百年余にわたって出版された数十種の紋帳が、それぞれの図に微妙な欠点を持つからである。
 潤いのある風土に育まれた日本人のこころの奥底には、共通する美意識の流れがあり、その水脈に届いたかたちの総称が、つまりは「和風文様」ということなのだ。
 私たちの先人が達成した和の造形の最大の特徴は、形態を生のままで提示しないことにある。具象を磨き、抽象性が透けて見えるところまで鍛え上げて、その洗練の極限をかたちに表すことを目指す。リアリズムの迫力がここではすっかり昇華されているから、美のすがたは一見弱いものと見えるかもしれないが、情緒性の奥は深い。さらにいえば、伝統の活性化と継承は、先人の達成の安易な引き写しではなく、先端的な仕事の内にあった。なぜなら過去の和風様式の画期は、かならず前時代の美意識を踏まえそれを乗り越えたところにあるからだ。文様の歴史はそう教えている。
 歴史的に和風化への道を辿った『日本の文様 その歴史』と、個別の文様から和風のありかを探った『風雅の図像——和風文様とはなにか』は、文様を別の観点から述べてそれぞれに独立した二書であるとはいえ、和風の確立と展開、庶民への定着と継承という、一つの流れでつながっている。中国の文様を多く載せたのは、彼我の感性の隔たりを示したかったからで、それらの比較によって、自然に従いつつ風雅を尊ぶ日本美術の独自性と、不変の本源へと肉薄することを避ける、敢えていえば日本人の美意識の限界を、文様によっても知らされることになるであろう。
 これまでに数多く出版された文様関連の著作では、もちろん全部ではないにしても、文様そのものを鮮明に読者に提示すべきという一点への、本を書く側の意識の低さあるいは厳密さの欠如に、利用者として四十数年もの間憤りさえ覚えながら過ごしてきた。
 配慮の行き届いた図版自身にこそ、文様のすべてを語らせたいとの切実な思いが、文庫本の域をこえた紙質の良さと巧みなレイアウト、繊細な印刷技術によって充分に叶えられ、文様のおもしろさが伝わるハンディな本として読者の手に渡ることが、著者には無上の喜びであることを、最後に記しておきたい。

(きのした・りゅうじ 文様研究家)

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日本の文様 その歴史

樹下 龍児 著

定価1,470円(税込)

風雅の図像 ─和風文様とはなにか

樹下 龍児 著

定価1,470円(税込)