将棋(を楽しむの)は難しくない

渡辺 明

 将棋は縦横9×9=81マスの盤に8種20枚ずつの駒を置き、それを交互に一手ずつ動かします。一見、単純そうに思えますが、無限の広がりがあり、奥が深いゲームです。
 と、プロ棋士である私が言うのは宣伝のようで説得力に欠けるかもしれませんが、今日まで多くの人に親しまれてきた、という事実がそれを証明しています。
 無限の広がり、奥が深い、というのがセールスポイントではあるのですが裏を返して「将棋=難しい。敷居が高い」というイメージがあるのも事実。プロの将棋になると、とてつもなく難しく、理解不能で別世界と思っている人も少なくありません。
 そりゃあ、プロの将棋は難しいです。なにせプロですから。
 しかし、将棋は将棋。プロだけ違うルールで戦っているわけではないのですから、観て楽しむことは十分に可能なのです。また、インターネットの普及等も手伝って将棋を観る、あるいは指すための環境はどんどん良くなっているのですから、もっと多くの人に将棋を楽しんでもらいたい、と思いこの本を書くことにしました。
 将棋の本というと「▲7六歩△8四歩」という符号と図面を使った技術書をイメージされるかと思います。過去に私も書いたことがありますが、本書は「難しくない、敷居が高くない」というのをアピールするのが目的ですから、いきなり技術の話をするわけにはいきません。
 これは、将棋に限らずどのゲームにも言えることですが、勝敗を左右するのは技術だけではなく、人と人とが対戦するからこそ生じる、メンタル面が大きく影響してきます。将棋における心理戦とは何か、どんなことを考えながら将棋を指しているのか。ここから入ることにしました。
 本書は将棋とはこんなゲーム、ということを知ってもらい、理解不能で別世界だったはずの、プロの将棋を観て楽しんでもらおう、というのが目標です。ですから、技術面ではなく普段はどんなトレーニングをして強くなるか、将棋の強さに年齢は関係あるのか、プロの制度、という将棋観戦のための基礎知識とでもいう話が前半のテーマです。
 後回しにしていた技術の話が後半で登場します。私としても、せっかく前半で柔らかい話をして「面白そうじゃん」と思わせたところで「うわっ、やっぱり難しい」と引かれると困るので簡潔に書きました。
 最終章では私がタイトル戦で指した将棋を二局紹介しました。プロが自分の将棋を解説する「自戦記」では自らが対局中に考えた手を記すので難しくなりがちです。どうしようか、悩んでいるところに編集者から「専門的な解説はなるべく少なく」という指示。私はプロ棋士になって八年目ですが、解説を「多く」ではなくて「少なく」は初めて受けた指示でした。
「専門的な話が少ない自戦記なんて面白いのか?」と半信半疑でしたが、技術的な話を普段の半分以下に抑えても、一局の流れがわかる読み物に仕上がりました。腕自慢の方には物足りないかもしれませんが。
 またこのような書き方をすることによって、やはり、将棋は技術以外にも勝敗を左右する要素があり、様々な角度から楽しめるゲームなんだ、ということを再認識させられたのは私にとっても収獲でした。
 将棋は奥が深い、面白い、ということを具体的に伝えるのは難しく、苦心しました。そのかいあって、現時点で私が知っている将棋の魅力をお伝えすることが出来たと思っています。
 私の夢の一つは今日以上に多くの人が将棋を指す、あるいは観て楽しんでもらうことです。本書をお読みになったら、ぜひ一度プロの将棋をご覧になって下さい。私たちの戦いは、面白いですよ。

(わたなべ・あきら 将棋棋士)

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頭脳勝負 ─将棋の世界

渡辺 明 著

定価735円(税込)