食事のことは、この一冊を読めばいい!

上野圭一

 ホントのところ、ふだん何を食っていればいいのか。何を食っちゃいけないのか。溢れ返る情報に包囲されて選択に迷わされる分野はいろいろあるが、生命の土台である「食」はそんな多岐亡羊領域の筆頭に位置するといっていい。
 ところがありがたいことに、混迷を深める一方のようにみえていた食の分野に、待望の「この一冊を読めばいい!」といえる本が生まれた。『幕内秀夫の がんを防ぐ基本食』がそれである。
 管理栄養士の幕内さんは若き日、東京農大栄養化学研究室で「日本人は何を食べるべきか」を研究していた。しかし、「ネズミに山ほど焼けこげを与えるとか、そういう枝葉末節をやらないと論文ができない」ことを知って研究室を去った。複雑系に属する日常食・基本食を旧式な単純系の科学で分析したところで何もわからない。学会が納得するエビデンスがとれないから何も発表ができず、だれも手をつけない。
 研究室を去った幕内さんは日本列島の縦断・横断をくり返して長寿村を訪ねたり、民間療法を探ったりしながら、研究の方法を考えた。そして思いついたのが、食生活と健康・病気の相関性を、研究室でではなく、病院で臨床的に調べるという方法だった。帯津三敬病院・松柏堂医院などで、がんをはじめとするさまざまな病気の患者数千人に食事指導をして、その結果から日本人に最適な基本食のありかたを導き出すという幕内さんのユニークな仕事がそうしてはじまった。
 そんな幕内さんがたどりついた日常食・基本食がご飯・味噌汁・漬物といった伝統食であることは、ベストセラーになった『粗食のすすめ』(新潮文庫)の読者ならつとにご承知のところである。そしてついに幕内学のコンパクトな集大成が誕生した。
 なぜ伝統食がいいのかを明快に説き、多忙な現代人が伝統食を自家薬籠中のものにするための具体的な方法を懇切に紹介してくれる本書には、読者の食生活自己診断表、一年一二カ月のレシピ集、患者への食事改善指導のケーススタディが附され、おまけにがんのホリスティックな治療で著名な帯津良一氏(帯津三敬病院名誉院長)との痛快な対談までが収録されている。
 北関東アクセントでおやじギャグを連発する愛すべき幕内さんは命名の達人でもある。飽食を「泡食」「崩食」「呆食」「放食」などと言い換えたのも、自販機で水分補給をしているつもりで過剰なカロリーを摂取する傾向を「一億総点滴時代」、無思慮にとる外食を「害食」、マスコミ情報に踊らされる傾向を「みの○○○症候群」、栄養補助食品を主食のように摂取する傾向を「健康食品地獄」と呼んだのも、みんな幕内さんが最初だった。半ば冗談であるこうした命名が現代日本の実情を的確にとらえており、われわれを改めて伝統食に注目させる力となっていることはいうまでもない。
 私がいちばん感銘を受けたのは、食事指導家としての幕内さんの正直さである。「百点を言うと通用しない。ならば(愛煙家、カップラーメン愛好家である?)幕内秀夫という自分を隠さず、自分も赤裸々に語ることで、患者さんが『ああ、みんな変わらないんだなあ』と安心するというか……そこから始めるしかない」。人情の機微を知り尽くした指導家なのだ。
 食は生命の土台であると同時に快楽であって、単純系の科学知識でもなければドグマでもない。そこに気づいた幕内さんにしてはじめて書けた「この一冊」である。なお、本書の明快さ、読みやすさには企画・構成を担当した井上朝雄さんの力量が大いに貢献している。経験豊かな専門家とすぐれた構成者の共同作業が良書を生む、その恰好の見本にもなっている「この一冊」である。

(うえの・けいいち 翻訳家・鍼灸師)

前のページへ戻る

幕内秀夫の がんを防ぐ基本食

幕内秀夫の がんを防ぐ基本食

幕内 秀夫 著

定価1,470円(税込)