佐道明広/「図書館戦争」と専守防衛
先日、防衛省内局のある方(某氏としておく)とお会いしたとき、面白い話をうかがった。某氏がたまたま早く帰ることができ、家族とテレビを見ていたら映画を放映していた。それは表現の自由を守るという目的で図書館に武装した部隊が配備され、書籍の検閲・撤去を行う部隊と戦闘行為を行うという、ユニークな設定の物語であった。ここまで書けば多くの方はお分かりのとおり、防衛省の某氏がご覧になったのは有川浩氏のベストセラー小説を映画化した「図書館戦争」のことである。面白い話というのはストーリーのことではない。もちろん物語は面白いが、それとは話が違って、映画の中での戦闘シーンに関することである。以下は、某氏と筆者の会話である。
某氏 映画の中で「専守防衛」という言葉が出てきますけど、違和感があるのです。
筆者 どういうことでしょう?
某氏 図書隊は敷地の中に陣を構えて、検閲する部隊が建物の外に布陣して攻撃の態勢を整えます。図書隊は相手が攻撃するのを待ち構えているのです。
筆者 なるほど、こちらから攻撃することなく相手の攻撃を待つ。まさに専守防衛だと思いますが。
某氏 そのあとが問題なのです。図書隊は相手の攻撃を待っているのですが、実際に陣地内に着弾したのを見て反撃に転じます。つまり、相手からの攻撃を確認してから反撃する。それが「専守防衛」だという説明がされていました。
筆者 相手に攻撃されてから反撃するのではありませんか?
某氏 攻撃されたという判断のタイミングが問題です。映画では着弾の確認が必要という描かれ方でした。
筆者 実際はどうなのでしょう?
某氏 建物の外に武装して布陣している時点で攻撃の意思が明確です。こういう場合は、相手が銃を構えた時点で「攻撃開始」と判断していいことになっています。着弾まで待っている必要はありませんよ。
このあとも会話は続き、著者の有川氏は某氏が説明した内容を知らずに書いたのか、あるいは知っていたが、あえて「問題提起」の意味で書いたのかなどと盛り上がったが、その紹介はやめておこう。ここで問題は、某氏の説明を知っている人がどれくらいいるだろうかということである。それは一般国民だけでなく、自衛隊員も同様である。もしも、自分が銃の引き金を引いてよいタイミングを知らない自衛隊員がいるとしたら、どう考えればいいのだろうか。「専守防衛」は日本の防衛政策の基本方針といわれるが、実は知られていないことも多いのだ。
本書『自衛隊史』(ちくま新書)でも指摘した通り、自衛隊や日本の安全保障・防衛政策に関する言葉には、よく使われていても実はその内容があまり理解されていないものが他にもある。最近では「離島防衛」もそうだろう。南西諸島の防衛力強化でもしばしば語られるが、尖閣諸島のような無人島が占領されて奪還する場合と、有人離島に外敵が襲ってきた場合とでは、対応は異なるはずである。有人離島の場合は、第二次世界大戦のような住民を巻き込んだ防衛戦を想定しているのかといったことなど、今の議論に抜け落ちている課題も多いのである。
残念ながら、ジャーナリズムを含めて多くの日本人は軍事や防衛問題の基本的事項もよくわかっていない。日本の安全保障に関する考え方の多くが日本特有のものであることも、問題の理解を難しくしている。今や国民の好感度が九〇パーセントを超えた自衛隊についても、かつては「税金泥棒」と批判され、人権無視の差別的待遇も行われていたことなど、どれほど知られているのだろうか。
今は日本の安全保障政策の転機だと言われている。そうであればこそ、日本の防衛政策の歴史や、「国軍」たる自衛隊の歩みを、一度振り返っておく必要があるだろう。国際情勢の変化は著しい。安全保障政策は国民全体の課題であることを忘れてはいけないのである。
(さどう・あきひろ 日本政治外交史)
ちくま新書
自衛隊史――防衛政策の七〇年
佐道明広著
900円+税
ご注文方法はコチラ
トップに戻る
バックナンバー
- 第638号24年5月号
- 第637号24年4月号
- 第636号24年3月号
- 第635号24年2月号
- 第634号24年1月号
- 第633号23年12月号
- 第632号23年11月号
- 第631号23年10月号
- 第630号23年9月号
- 第629号23年8月号
- 第628号23年7月号
- 第627号23年6月号
- 第626号23年5月号
- 第625号23年4月号
- 第624号23年3月号
- 第623号23年2月号
- 第622号23年1月号
- 第621号22年12月号
- 第620号22年11月号
- 第619号22年10月号
- 第618号22年9月号
- 第617号22年8月号
- 第616号22年7月号
- 第615号22年6月号
- 第614号22年5月号
- 第613号22年4月号
- 第612号22年3月号
- 第611号22年2月号
- 第610号22年1月号
- 第609号21年12月号
- 第608号21年11月号
- 第607号21年10月号
- 第606号21年9月号
- 第605号21年8月号
- 第604号21年7月号
- 第603号21年6月号
- 第602号21年5月号
- 第601号21年4月号
- 第600号21年3月号
- 第599号21年2月号
- 第598号21年1月号
- 第597号20年12月号
- 第596号20年11月号
- 第595号20年10月号
- 第594号20年9月号
- 第593号20年8月号
- 第592号20年7月号
- 第591号20年6月号
- 第590号20年5月号
- 第589号20年4月号
- 第588号20年3月号
- 第587号20年2月号
- 第586号20年1月号
- 第585号19年12月号
- 第584号19年11月号
- 第583号19年10月号
- 第582号19年9月号
- 第581号19年8月号
- 第580号19年7月号
- 第579号19年6月号
- 第578号19年5月号
- 第577号19年4月号
- 第576号19年3月号
- 第575号19年2月号
- 第574号19年1月号
- 第573号18年12月号
- 第572号18年11月号
- 第571号18年10月号
- 第570号18年9月号
- 第569号18年8月号
- 第568号18年7月号
- 第567号18年6月号
- 第566号18年5月号
- 第565号18年4月号
- 第564号18年3月号
- 第564号18年3月号
- 第563号18年2月号
- 第562号18年1月号
- 第561号17年12月号
- 第560号17年11月号
- 第559号17年10月号
- 第558号17年9月号
- 第557号17年8月号
- 第556号17年7月号
- 第555号17年6月号
- 第554号17年5月号
- 第553号17年4月号
- 第552号17年3月号
- 第551号17年2月号
- 第550号17年1月号
- 第549号16年12月号
- 第548号16年11月号
- 第547号16年10月号
- 第582号19年9月号
- 第546号16年9月号
- 第545号16年8月号
- 第544号16年7月号
- 第543号16年6月号
- 第543号16年6月号
- 第542号16年5月号
- 第541号16年4月号
- 第540号16年3月号
- 第539号16年2月号
- 第538号16年1月号
- 第537号15年12月号
- 第536号15年11月号
- 第535号15年10月号
- 第534号15年9月号
- 第533号15年8月号
- 2019年8月号 No.581 目次はこちら
- 第532号15年7月号
- 第565号18年4月号
- 第531号15年6月号
- 第530号15年5月号
- 第529号15年4月号
- 第528号15年3月号
- 第527号15年2月号
- 第526号15年1月号
- 第525号14年12月号
- 第524号 14年11月号
- 第523号14年10月号
- 第522号14年9月号
- 第521号14年8月号
- 第520号14年7月号
- 第519号14年6月号
- 第518号14年5月号
- 第517号14年4月号
- 第516号14年3月号
- 第515号14年2月号
- 第514号14年1月号
- 第513号13年12月号
- 第512号13年11月号
- 第511号13年10月号
- 第510号13年9月号
- 第509号13年8月号
- 第509号13年8月号目次
- 第508号13年7月号
- 第507号13年6月号
- 第506号13年5月号
- 第505号13年4月号
- 第504号13年3月号
- 第503号13年2月号
- 第502号13年1月号
- 第501号12年12月号
- 第500号12年11月号
- 第499号12年10月号
- 第498号12年9月号
- 第497号12年8月号
- 第496号12年7月号
- 第543号16年6月号
- 第495号12年6月号
- 第494号12年5月号
- 第493号12年4月号
- 第492号12年3月号
- 第595号20年10月号
- 第491号12年2月号
- 第490号12年1月号
- 第489号11年12月号
- 第488号11年11月号
- 第487号11年10月号
- 第486号11年9月号
- 第485号11年8月号
- 第484号11年7月号
- 第483号11年6月号
- 第482号11年5月号
- 第480号11年4月号
- 第479号11年3月号
- 第478号11年2月号
- 第478号11年1月号
- 第477号10年12月号
- 第476号10年11月号
- 第475号10年10月号
- 第474号10年9月号
- 第473号10年8月号
- 第472号10年7月号
- 第471号10年6月号
- 第470号10年5月号
- 第469号10年4月号
- 第468号10年3月号
- 第467号10年2月号
- 第466号10年1月号
- 第465号09年12月号
- 第464号09年11月号
- 第463号09年10月号
- 第462号09年9月号
- 第461号09年8月号
- 第460号09年7月号
- 第459号09年6月号
- 第512号13年12月号
- 第456号09年3月号
- 第458号09年5月号
- 第455号09年2月号
- 第457号09年4月号
- 第548号16年11月号
- 第548号16年11月号
- 第454号09年1月号
- 第520号14年7月号
- 対談
- 第509号13年6月号
- 第524号14年11月号
- 第548号16年11月号
- 第565号18年4月号
以前のPRちくま
「ちくま」購読料は1年分1,100円(税込・送料込)です。複数年のお申し込みも最長5年まで承ります。 ご希望の方は、下記のボタンを押すと表示される入力フォームにてお名前とご住所を送信して下さい。見本誌と申込用紙(郵便振替)を送らせていただきます。
-
受付時間 月〜金 9時15分〜17時15分
〒111-8755 東京都台東区蔵前2-5-3