表紙絵のウラ側/編集部

 二〇〇六年から三年間、「ちくま」で画家の奈良美智さんに表紙と表紙裏の連載をお願いした。
 このことをお願いしに伺ったのは、秋の初めの天気のよい日だった。当時、アトリエ+お宅があったのは東京の外れ、小さな駅からさらに車でしばらく行った、畑と町工場しかないところだったけれど、「遠くに来たな」とうきうきしながら向かった。ようやく仕事場らしき工場のような建物の前に到着。呼び鈴を鳴らしたが、中から人が出てくる気配がない。日にちを間違えたかと手帳を確認してみたが、ちゃんと今日のこの時間になっている。携帯電話をかけてみるが、つながらない。本当に困った。しばらく待っていたが、奈良さんがどこかから現れる気配もなく、その日は手紙を書いて扉にはさみ、うなだれて帰った。
「ちくま」のような小さな雑誌の表紙に作品を寄せてくださったのは、きっとこの日、すっぽかして悪かった、と奈良さんが思ってくれたからだろう。雑誌の表紙には、よくその時々の旬なタレントさんの写真が載るが、自分の描いた女の子たちがカバーガールとして表紙を飾ったら面白いね、と言ってくれたのは奈良さん本人だった。毎月、描いている女の子が、リアルタイムで紹介されていく、楽しい連載になればいいなとスタートした。
 第一回目の作品は、横浜トリエンナーレに展示されていたので観に行った。展示されていた腰まで水に浸かった女の子の絵は、印刷された絵とは存在感がぜんぜん異なるし、色の厚みやコントラストがまったく違うのに打ちのめされた。同じ絵が、同じタイミングでホームレスの支援雑誌「ビッグイシュー」の表紙を飾っていたのだけど、「ちくま」は「ビッグイシュー」の半分の大きさで、見た感じの迫力もぜんぜんかなわなくて、ますます打ちのめされた。何度も何度も印刷をやり直してもらって何とか完成させたが、奈良さんもきっとがっかりされたのではないかと密かに思っている。ごめんなさい。
 連載中は、それまでの奈良さんファンとは違うファンが増えたと思う。北海道の釧路に住む、七十代半ばの男性からファンレターが届いたことがあった。丁寧な手紙には、奈良さんの絵と絵につけられた詩にとても励まされた、とあって、毎月、「ちくま」を楽しみにしてくださっているらしい。何よりも驚いたのは、手紙と一緒にししゃもが百匹ほど送られてきたことだ。さすが北海道だ。すぐに奈良さんに連絡をすると、今はタイにいるので、編集部の皆さんでどうぞ、とのこと。送ってくださった方に事情をお話しして、みんなでおいしく頂戴したのだが、話はそれでは終わらない。釧路の方は、十日ほどたったころ、もう一度、ししゃも百匹を奈良さん宛てに届けてくださった。今度は、連載が終わったら、奈良さんの作品集を作ってくださいと添えられていた。
 締め切りが近くなると、「今月はどうですか?」と連絡をした。忙しい奈良さんのこと、忘れていないかな、と不安だった。うまく連絡が取れなければ、その月の「ちくま」の表紙は白紙になってしまう。けれど、「あっ、忘れていました」と言われたことは一度もない。ただ連絡をすると、海外の思いがけない場所にいて、すごく眠そうな声で応答があったことが何回かあった。作品と詩という連載の原稿は、だいたいスムーズに受け取ることができたけれど、時には、壁面に飾られて斜めにゆがんだ画像に「今月はこれ」と書き込みがされた添付ファイルと指示だけが届くこともあった。
 奈良さんのところに電話をすると、受話器からはよく音楽が聞こえてきた。大音量でCDをかけながら一心に絵を描いていたのだと思う。いつも絵を描いている奈良さんがちゃんといて、私はとても安堵した。
「ちくま」の表紙を飾った三十六人の女の子に、何人か加えて全部で四十八人の女の子と四十八の詩を集めて、『NARA48GIRLS』という本が出る。ブックデザインは、奈良さんの希望で、「R25」の表紙などを手がけている寄藤文平さんにお願いした。きっと、ずっと手元においておきたいような一冊になると思う。


『NARA 48 GIRLS』 詳細
奈良美智著

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