大塚ひかり・江川達也対談 源氏物語はやっぱりエロい

写真・森幸一

創造の源泉になったのは——
大塚ひかり・江川達也対談 1 江川:いよいよというか、やっとだよね。大塚さんの全訳での『源氏』って。
――江川さんも漫画で逐語訳『源氏物語』を始めておられますが、大塚さんの本が一番参考になったとおっしゃっていますよね。
江川:一番ストレートに、『源氏』の核心を言っていた、のが大塚さんなんで。
大塚:つまり、エロの部分?
江川:そう、エロ。エロは昔も今も、変わらないじゃないですか。それをみんなはっきり書かずに逃げている。訳している文章が何書いているかよくわからない。
大塚:一言一句逐語訳するとそうならざるを得ないということはあるんですよ(笑)。実際は相当エロい話をしているんだけど、紫式部はダイレクトな性描写はしていないから。
江川:はっきり書くのも怖いしね。
大塚:ところが江川さんのすごいのは、それをぜんぶ絵にしちゃって……。
江川:俺「直訳」ですよ。作ってませんよ。直訳すればこんなエロいぞっていうのがポイントなんです。こういう絵になったのは、俺のせいじゃない。原作者・紫式部が、描かしてるんだという。
大塚:たしかに『源氏物語』はエロいんですよ。性愛って、『源氏物語』を読む上で、ものすごい「キモ」ですよ。自分の娘を東宮や天皇に入内(じゅだい)させて、産まれた皇子を天皇にすることによって一族を繁栄させようとした、いわゆる「セックス政治」の時代に産まれた物語だから、性愛が栄華の基盤になってる。だからすごいですよ、それに懸けるエネルギーは。父親はいかに男をそそる女にするかというので、一生懸命育てたわけだから。
江川:それはストレートに正しいですけどね。ある意味、生殖から考えれば。
大塚:物語も、まさにそのことを描いている。性愛は政治だったわけだし、一族の命綱だし、生きる道だったんですよ。それを、紫式部は直接描写せずに、代わりに、自然とか天候とか、あらゆるものに託して「エロ」を書いている。あと、物語の中に「催馬楽(さいばら)」や「風俗歌」とか、当時の流行歌がたくさん引用されてるけど、これも露骨にエロい(笑)。こういうものは、当時の人たちはその意味、読めばみんなわかるわけですよ。そのほかにも、和歌の中だと、宿とか、戸とか、何かを容れるものが出てくれば女性器や女を象徴しているし、何かに入るもの、形状がそれらしいものが出てくれば男性器や男を暗示している。直接性描写はせずに、あらゆる間接表現でエロを代弁させる。それが物語の伏線になっているし、物語を牽引していく力になっている。そこがわからないと、『源氏物語』はわからない! だからそこのところを、今回本文の間の随所に置いた「ひかりナビ」という解説でしつこく解説しました。それができたことで、やっと自分が全訳を出す意味が見えてきたところなんですよ(笑)。 ただ、『源氏』は、具体的に書いてないからこそ、エロも増すというのがあって。
江川:それはそうなんだよね。でも、本当に古文がわからないと、それは伝わらないじゃないですか。
大塚:エロいシーンの例を挙げれば、光源氏が紫の上を拉致(らち)同様に自邸に連れてきて寝るところ、幼い紫の上を「単衣ばかりを押しくくみ」なんて表現があるんですよね。寒そうだから下着一枚だけは着せる。それだけで、その前は裸だったと分かる。あ、いやらしいと思う。
江川:いやらしい、いやらしい。
大塚:それを江川さん、すんごい絵にして(笑)。紫式部がダイレクトに書かない部分も、漫画だと絵にせざるを得ませんもんね。
だいたい平安時代のきもの、このコスチューム自体、男がそそられる。髪が長くて、ばっとできるように。
江川:そそるように顔隠してるとかね。
大塚:何重ものひだひだも象徴的で服もいやらしいじゃないですか。
江川:この時代の重ね着はエロいっすよ。和歌もエロい隠語を満載してそそるようにしてるんだよね。濡れるだの、立つだの、花がどうとか芽がどうとか。
大塚:下葉とか(笑)。
江川:そんなばっかりじゃないですか。