「戦後レジーム」の実相を探る/竹内修司
七年前に安倍晋三内閣が成立したとき、首相は「戦後レジームからの脱却」をスローガンに掲げた。日常語としてはあまりなじみのない「レジーム」という外国語を用いたことに、私はある底意を感じた。彼はフランス革命前の「アンシャン・レジーム」を連想させるためにあえてこういう表現を採ったのではないか、「戦後レジーム」とは何を指し、その何から「脱却」するつもりなのかを曖昧にしたままに……。再び総理の座に就いた彼は、こんどは「日本を取り戻す」と言いだした。いったいどんな「日本」をどこから「取り戻す」というのか。曖昧さは変わらないながら、底意はあからさまに見えるような気がする。
一九五二年、対日講和条約が発効して戦後日本がようやく「独立」を果たしたとき、評論家で慶応大学教授の池田潔はあるアンケートに答えてこう述べた。
「占領によって我々が政治その他の面において自主性を失った傾向があることは否めない。『バックボーンを取り戻せ』の声が高いが、無批判な復古がそのまま自主性の確立を意味するものではないことを明記しておく」
池田は、安倍に現れているような、今日の或る種の傾向を見越していたのではないか。
一九四五年八月十五日、完膚なきまでに敗れた日本はポツダム宣言を受諾して降伏した。“軍国主義”日本を“民主化”すること。あらゆる制度をそのために改革すること、それがGHQの主要目標のひとつだった。そのために十月、まず「五大改革」が政府に指令される。①婦人の解放、②労働組合の助長、③教育の自由主義化、④圧政的諸制度の撤廃、⑤経済の民主化……。断わっておかなければならないが、アメリカを主軸とする連合国とて、それまでの日本に民主主義思考が皆無だったと認識していたわけではない。ポツダム宣言の第十項後段に曰く、「日本政府は日本国国民における民主主義的傾向の復活、強化に対する一切の障害を除去すべし」。しかしGHQの強制力なしには「一切の障害」が除去されることはなかっただろう。
安倍のいう「戦後レジーム」はここから始まった。
いわゆる「戦後レジーム」が連合国、なかんずくアメリカの意図と日本人自身の意向相俟って、あるいは互いに角逐を重ねながら、どのように構想され、どのように定着していったのか。変転する国際情勢のなかで構想はどのように変化せざるを得なかったか。それは今日ただいまどのような意味を持っているのか。その中で「脱却」すべきものは何であり、すべきでないものは何なのだろうか。
占領時代の日本の諸相についてシムポジウム形式で討論を重ね、二〇〇九年に刊行された『占領下日本』(現・ちくま文庫、上下二冊)に続いて同じ四人のメンバー、半藤一利、保阪正康、松本健一、竹内が、右のような課題を意識しつつ、この占領期間の思想の変遷、国際環境の変化、大衆文化、再軍備、講和問題、日米安保条約など十数項のテーマについて、同じような形式で、しかし角度を変えつつ話し合った記録が、このたびまとめられた『戦後日本の「独立」』である。座談会形式である分、読みやすく理解しやすい、という利点はあろう。当然、あの「三・一一」以後の日本をどう考えるか、という観点も含まれている。
被占領体験とは何だったのか。そこからの「独立」にからまる諸条件はどんなものであり、それは今日の日本にどのような光と影をおよぼしているのか。それをどのようにしてゆくべきなのか。それらのことを深く考えることなしに「脱却」とか「取り戻す」などと軽々しく言い放って欲しくはない――というのは、これは筆者個人の感慨であるのだが。
『戦後日本の「独立」』詳細
半藤一利・竹内修司・保阪正康・松本健一著
ご注文方法はコチラ
トップに戻る
バックナンバー
- 第638号24年5月号
- 第637号24年4月号
- 第636号24年3月号
- 第635号24年2月号
- 第634号24年1月号
- 第633号23年12月号
- 第632号23年11月号
- 第631号23年10月号
- 第630号23年9月号
- 第629号23年8月号
- 第628号23年7月号
- 第627号23年6月号
- 第626号23年5月号
- 第625号23年4月号
- 第624号23年3月号
- 第623号23年2月号
- 第622号23年1月号
- 第621号22年12月号
- 第620号22年11月号
- 第619号22年10月号
- 第618号22年9月号
- 第617号22年8月号
- 第616号22年7月号
- 第615号22年6月号
- 第614号22年5月号
- 第613号22年4月号
- 第612号22年3月号
- 第611号22年2月号
- 第610号22年1月号
- 第609号21年12月号
- 第608号21年11月号
- 第607号21年10月号
- 第606号21年9月号
- 第605号21年8月号
- 第604号21年7月号
- 第603号21年6月号
- 第602号21年5月号
- 第601号21年4月号
- 第600号21年3月号
- 第599号21年2月号
- 第598号21年1月号
- 第597号20年12月号
- 第596号20年11月号
- 第595号20年10月号
- 第594号20年9月号
- 第593号20年8月号
- 第592号20年7月号
- 第591号20年6月号
- 第590号20年5月号
- 第589号20年4月号
- 第588号20年3月号
- 第587号20年2月号
- 第586号20年1月号
- 第585号19年12月号
- 第584号19年11月号
- 第583号19年10月号
- 第582号19年9月号
- 第581号19年8月号
- 第580号19年7月号
- 第579号19年6月号
- 第578号19年5月号
- 第577号19年4月号
- 第576号19年3月号
- 第575号19年2月号
- 第574号19年1月号
- 第573号18年12月号
- 第572号18年11月号
- 第571号18年10月号
- 第570号18年9月号
- 第569号18年8月号
- 第568号18年7月号
- 第567号18年6月号
- 第566号18年5月号
- 第565号18年4月号
- 第564号18年3月号
- 第564号18年3月号
- 第563号18年2月号
- 第562号18年1月号
- 第561号17年12月号
- 第560号17年11月号
- 第559号17年10月号
- 第558号17年9月号
- 第557号17年8月号
- 第556号17年7月号
- 第555号17年6月号
- 第554号17年5月号
- 第553号17年4月号
- 第552号17年3月号
- 第551号17年2月号
- 第550号17年1月号
- 第549号16年12月号
- 第548号16年11月号
- 第547号16年10月号
- 第582号19年9月号
- 第546号16年9月号
- 第545号16年8月号
- 第544号16年7月号
- 第543号16年6月号
- 第543号16年6月号
- 第542号16年5月号
- 第541号16年4月号
- 第540号16年3月号
- 第539号16年2月号
- 第538号16年1月号
- 第537号15年12月号
- 第536号15年11月号
- 第535号15年10月号
- 第534号15年9月号
- 第533号15年8月号
- 2019年8月号 No.581 目次はこちら
- 第532号15年7月号
- 第565号18年4月号
- 第531号15年6月号
- 第530号15年5月号
- 第529号15年4月号
- 第528号15年3月号
- 第527号15年2月号
- 第526号15年1月号
- 第525号14年12月号
- 第524号 14年11月号
- 第523号14年10月号
- 第522号14年9月号
- 第521号14年8月号
- 第520号14年7月号
- 第519号14年6月号
- 第518号14年5月号
- 第517号14年4月号
- 第516号14年3月号
- 第515号14年2月号
- 第514号14年1月号
- 第513号13年12月号
- 第512号13年11月号
- 第511号13年10月号
- 第510号13年9月号
- 第509号13年8月号
- 第509号13年8月号目次
- 第508号13年7月号
- 第507号13年6月号
- 第506号13年5月号
- 第505号13年4月号
- 第504号13年3月号
- 第503号13年2月号
- 第502号13年1月号
- 第501号12年12月号
- 第500号12年11月号
- 第499号12年10月号
- 第498号12年9月号
- 第497号12年8月号
- 第496号12年7月号
- 第543号16年6月号
- 第495号12年6月号
- 第494号12年5月号
- 第493号12年4月号
- 第492号12年3月号
- 第595号20年10月号
- 第491号12年2月号
- 第490号12年1月号
- 第489号11年12月号
- 第488号11年11月号
- 第487号11年10月号
- 第486号11年9月号
- 第485号11年8月号
- 第484号11年7月号
- 第483号11年6月号
- 第482号11年5月号
- 第480号11年4月号
- 第479号11年3月号
- 第478号11年2月号
- 第478号11年1月号
- 第477号10年12月号
- 第476号10年11月号
- 第475号10年10月号
- 第474号10年9月号
- 第473号10年8月号
- 第472号10年7月号
- 第471号10年6月号
- 第470号10年5月号
- 第469号10年4月号
- 第468号10年3月号
- 第467号10年2月号
- 第466号10年1月号
- 第465号09年12月号
- 第464号09年11月号
- 第463号09年10月号
- 第462号09年9月号
- 第461号09年8月号
- 第460号09年7月号
- 第459号09年6月号
- 第512号13年12月号
- 第456号09年3月号
- 第458号09年5月号
- 第455号09年2月号
- 第457号09年4月号
- 第548号16年11月号
- 第548号16年11月号
- 第454号09年1月号
- 第520号14年7月号
- 対談
- 第509号13年6月号
- 第524号14年11月号
- 第548号16年11月号
- 第565号18年4月号
以前のPRちくま
「ちくま」購読料は1年分1,100円(税込・送料込)です。複数年のお申し込みも最長5年まで承ります。 ご希望の方は、下記のボタンを押すと表示される入力フォームにてお名前とご住所を送信して下さい。見本誌と申込用紙(郵便振替)を送らせていただきます。
-
受付時間 月〜金 9時15分〜17時15分
〒111-8755 東京都台東区蔵前2-5-3