取材拒否の街/井上理津子

「女の来るとこちゃうやろ。どあほ」
 と客引きのおばさんに怒鳴られ、頭から塩をまかれた初日、私は青菜に塩となった。
 抱きつきスリ(未遂)に遭ったのは一か月後。「たった今、こんなことがありました」と訴えた煙草屋の奥さんに、「そうか、このごろ不況やから、女の人にもヤるんやな」とあっけらかんと言われ、「なんだなんだ、この街は」と思った。
 三か月後、飲み屋で元遊廓経営者と知り合った。「女の子たちが里帰りしてきたときに、迎えてあげたいから、(何年も使っていない)建物をそのまま置いている」と聞き、しんみりした。
 四か月後、取材に応じてくれた業者組合の幹部から、「私らはイカンことしてるんやから、そっとしておいてほしいんや」と言われ、返す言葉につまった。
 十二年前、飛田(大阪市西成区)の取材はこうして始まった。
 飛田は、遊廓の名残りをとどめる「さいごの色街」だ。約四百メートル四方の土地に、約百六十軒の「料亭」がずらりと並び、「にいちゃんにいちゃん」と呼び込む曳き子がいる。上がり框に、赤い電気に照らされ、微笑む若い女性がちょこんと座っている。客となった男が、二階の部屋でビールかジュースを飲み、女性と話すうちに、"恋愛関係"に陥る。表向きには、そういうことになっていて、公然と性的サービスが行われている。
 一九一八(大正七)年に、大阪府公認の遊廓として誕生した。戦後は赤線となり、一九五八年の売防法完全施行後、地域一丸となって「アルバイト料亭」として生き残り、現在に至っていたのだった。なぜ大規模に堂々と、今なお「商売」ができているのか、なぜ今どきの女性が飛田を「選んで」働いているのか。不思議でならなかった。
 飛田の人たちのガードは固かった。箝口令が敷かれているのかと思うほど、拒絶されたが、それでも十二年かかってあの手この手で近づいていくうち、少しずつ応じてくれるようになった。
 経営者たちは、「こんな商売、絶対に子どもには継がしたくない」と言う一方で、「経済的に行き詰まった女の子たちとその家族を、助けてあげている」という自負心をかいま見せた。喉まで出かかった「管理売春そのものじゃないですか」という言葉を、私は何度もみ込んだ。
 二十二歳で、乳飲み子二人を抱えて、内縁の夫に売られて来た女性は「裏切られたと分かった時点で、相手を見限った。タバコ代もないから、働かなしゃあない」と言った。元OLは、ホストクラブ通いで嵩んだ借金を「肩代わりしてくれる人が見つかった」ために、飛田入りしたと聞かせてくれた。軽い気持ちで働いている女性には、一人も出会わなかった。
「なんで?」「半世紀前と同じ構造じゃないか」と、たびたび首をかしげた。しかし、関係者らの言を聞くうちに、飛田の不思議な吸引力に巻き込まれていかなかったかといえば、ウソになる。女経営者から、
「お金って、ものすごい力を持っています。女の子、ちょっとだけこの仕事をやってやめたら、心に深い傷が残ります。けど、一千万円貯めて辞めたら、傷にならない。だから、同じ働くなら、一円でも多く稼げと発破かけてます」
 と、自信たっぷりの言葉を聞いたときは、うなってしまった。
 警察に「なぜ取り締まらないのか」、暴力団事務所に「どう介入しているのか」と聞きに行ったりもした。
 売買春がどうのというより、飛田は社会のさまざまな矛盾をみ込み、残るべくして残った街だと思った。貧困、底辺、差別などのキーワードが、飛田に符合する。他の職業を「選ぶ」ことなど出来ないギリギリの人たちが、喜怒哀楽をあらわに飛田にいる。一所懸命に暮らしている。そして、周辺整備が何も行われないまま、暴力団排除条例の施行により、今、新たな局面を迎えようとしている。多くの人に、読んでいただきたい。
(いのうえ・りつこ フリーライター)

『さいごの色街 飛田』 詳細
井上理津子著

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