予測の豊かな効用/石黒圭
つぎに示す二文には、語の選択の面で誤りがあります。その誤りを見つけ、正しい語に直してみてください。
①「きのう大雨は降った」という文章は、どこかおかしい。
②村上春樹の書く文には比喩が多く用いられている。
おわかりになりましたか。①では「文章」が「文」でなければならず、②では反対に「文」が「文章」でなければなりません。なぜでしょうか。文は一文(a sentence)であるのにたいし、文章は文の集合(sentences)だからです。つまり、文章は、文を材料にした、文の連続体なのです。したがって、「読む」という行為、すなわち文章理解を考える場合、文と文がどのようにつながっているかを考えることが大切です。
文と文とをつなぐよく知られた表現に指示詞と接続詞があります。指示詞は「これ」「そこ」「あの」などのいわゆるコソアのことで、すでに出てきた内容を指すときに使われる便利な言葉です。国語の入試問題で、「これ」が何を指すかという、「文章」を対象にした設問は一つの定番です。
一方、「そして」「だから」「しかし」などの接続詞を選ばせる問題も、受験者の文脈の把握力を測る目的でよく出題されます。接続詞は、これから出てくる内容を制限する働きがあり、すでに出てきた内容を指す指示詞とは対照的です。接続詞があると、あらかじめ内容の見当をつけて直後の文の理解に入れるので、読むときにとても便利です。
しかし、実際の文章で、接続詞のつく文はごく一部です。割合にすると、多くても三割で、一割に満たない文章も少なくありません。接続詞がない場合、あとに続く内容はいったいどのように理解されているのでしょうか。
じつは、接続詞がなくても、読み手はつぎがどんな展開になりそうか、何となく知っていて、それを理解に役立てているものです。それが予測です。
予測には、話題から得られる百科辞典的な知識を生かす方法と、言葉の形から得られる言語的な知識を生かす方法がありますが、いずれも特殊な技術ではありません。「イクラ」「ワカメ」「カツオ」といった語は、アニメ「サザエさん」という話題がわかれば予測が働き、読みとりが容易になりますし、「~だけではない」という表現があれば、「ほかには何があるのか」という意識で、つぎの文の理解にスムーズに移れるでしょう。
一般に、文章理解がうまくいかないのは、百科辞典的な知識と言語的な知識のいずれかが不足しているからです。このことは、外国語による文章理解を考えればすぐにわかります。したがって、この両面を鍛えることが予測に精通する近道です。
「読む」技術の向上を目指す場合、予測を意識する効用は三つあります。理解が速くなること、理解が正確になること、そして理解が楽しくなることです。
予測ができれば理解が速くなります。つぎの展開の見通しがまったく立たなかった場合にくらべ、予測という手がかりがあることで、理解の効率は格段に高まるからです。
予測ができれば理解が正確になります。予測に注意して個々の表現の存在意義を考えることで、書き手の立場や意図がはっきりと見えてきます。
予測ができれば理解が楽しくなります。怪談の場合、予測を意識することで恐怖感が高まり、ユーモア小説の場合、予測を意識することで外されたときの笑いが倍増します。そうした特殊なジャンルでなくても、書き手が設定した話題や視点に沿って読めるようになると、文章世界に自然に没頭できます。
読解における効用は、裏を返せば作文における効用です。読み手の予測を意識すると、的確な文章が書けるようになります。優れた書き手は、読み手の予測を意識します。予測の一番の効用は、じつは「書く」技術の向上にあるのかもしれません。
(いしぐろ・けい 一橋大学国際教育センター言語社会研究科准教授)
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