灯台の足元/佐久間文子

 田口さんの存在は、灯台を思わせる。
 ジュンク堂書店の池袋店に行けば、田口さんがいる。介護など家庭の事情もあって、いまは夕方までの勤務になり、持ち場も「日本文学」から「国語・日本語」などのジャンルに移り、といった変化はあっても、あそこに行けば田口さんに会える、というのは本にかかわる仕事をしている人間にとって、ものすごい安心感だ。
『書店風雲録』(本の雑誌社、ちくま文庫)、『書店繁盛記』(ポプラ文庫)、最新刊の『書店不屈宣言』と、自分が働く書店業界を記録するその著書もまた、過去と現在、それから未来を照らし出す。
「カリスマ書店員」と呼ばれるひとり(しかも最初期からの)ではあるけれど、ご本人は、そういう呼び方を好きではないと思うし、「カリスマ」というにはたたずまいもひっそりしている。田口さんの本の特徴はポリフォニック(多声的)であることで、自分ひとりの目で書店をとらえようとしない。村上春樹のベストセラー『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』ではないが、まさに「巡礼」のように、ともに働き、あるいは働いたことのある仲間を訪ね歩いて、担当の違う彼ら、彼女らの実感も聞き、会話を通して「書店の今」を描き出す。
 自分より若い同僚にも、知らないことを聞く。根ほり葉ほり、つっこんで聞く(ふつう「カリスマ」は、そんなことはしない)。いあわせたお客さんが会話に参加することもある。田口さん自身の内心の声や過去の記憶も会話のあいまに割り込み、脇道にそれていくのも面白い。書店というものは、さまざまな人が集まり、かたちづくられ、時間とともに変わっていく、ということが本のスタイルからもみごとに表現されている。
 灯台の足元の海は、いま荒れ狂っている。
 前々作、前作でも、書店業界をとりまくシビアな現実は描かれていたのに、いま読み返すとあの頃はまだ牧歌的だったと思えるほど、この数年で事態ははるかに進んだ。
 二〇〇〇年末に上陸したアマゾンは、書店の勢力地図をがらりと変えた。二〇一二年にはキンドルも発売された。出版界が売れる本を重点的に売りのばす傾向はますます広がり、それなのに、出版物全体はピーク時から一兆円ほども売り上げを減らしている。
 本が好きで、必要とする人に本を届けたいと願う書店員さんにとって、本好きがどんどんアマゾンに流れる、というのは気持ちを萎えさせる現実だ。〈私たちには「書店さんが消えていくのは悲しい」などと言いながら、「書店では必要な本がすぐには手に入らない」といってアマゾンに注文するアマゾンヘビーユーザーが「本周り」にはごちゃっといる〉と田口さんは書く。
 本当に、アマゾンがあれば、自分が暮らす街から書店がなくなってもいいのだろうか? 利便性とひきかえに、どういう本を世に送り出すかの取捨選択を、将来よその国の巨大資本に独占されるようなことになってもいいのだろうか。これは「書店が消えるのは悲しい」という情緒的な問題だけではない(「国を愛する」首相やネトウヨの方々は、アマゾンが日本で税金を払わない、という問題をたいして騒がないのはなぜ?)。
 ひとつの時代を黎明期、黄金期、衰退期と区切るのがふつうで、たとえば元講談社編集者の大村彦次郎さんの文壇三部作なら、最後は『文壇挽歌物語』と名づけられる。いまを「負け戦」と書きつつ、田口さんの書店を題材にした三冊目は『不屈宣言』。自分を「巡礼」になぞらえるとき、田口さんは〈この書店業界に入り、その後の私の書店業界を活気づけてくれた「熱気」を次の世代に伝えられなかった、という悔恨〉があると書くが、一緒に働き、また本を通して彼女を知る若い書店員たちもまた、それぞれに自分の時代の熱をとらえようとしているはずだ。(さくま・あやこ フリーライター)

書店不屈宣言 わたしたちはへこたれない
田口久美子著1500円+税


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