【追悼・赤瀬川原平】 光を与える人/藤森照信
鎌倉の東慶寺で執り行われた慈眼院原心和平居士の初七日の後、挨拶に立った尚子夫人が、
「私も、九十までは生きると信じていました」
と述べられた時、辛かった。
二十八年前、『超芸術トマソン』がちくま文庫に入った時の解説で、次のように書いていたからだ。
「昨日、新聞社から、
“赤瀬川原平氏(90)が老衰で亡くなった。”と連絡を受けた時、まず思い起こしたのは今から四〇年も前の二人で皇居に出かけた日のことだった。……
それから早いものでもう四〇年たった。
やはり淋しいネェ。いつか来る道とは覚悟していたが、こうやって一人抜け二人抜け仲間がだんだん消えてゆくんだネェ。原平翁が亡くなる前にみんなそろって、もう一度、四〇年前に初の路上観察海外遠征で行った上海に行っておけばよかった。」
一度ばかりか、『反芸術アンパン』のちくま文庫版解説のラストで、
「著者は、千円札と梱包から抜けて行ったエタイの知れないナンセンスとしかいいようのないエネルギーの行方を追って、その後、桜画報とか宮武外骨とか路上観察とか立体写真とかに向かい、二〇二七年、九〇歳で没した」
と、二度も書いた。
私がそう書き、夫人だけでなく若き日から従った松田哲夫や南伸坊までそう思ったのは、赤瀬川さんと身近に接すると、時間とか時代の流れとかの制約を超えたような趣が感じられてならなかったからだ。
現役を九十まで続け、この世からスーッと消え、ほぼ十歳若い私たち路上の仲間もつられるようにして消える、と思っていた。
でも、七十七で赤瀬川さんは消えた。
消えた後、お世話になったことの多さをまず思った。今、建築家としてそこそこやっているが、もし赤瀬川さんとの縁が無ければどれだけやって来られたか。もし縁が無ければ、処女作の神長官守矢史料館と自分の住いのタンポポハウスの二作だけで終わったかもしれない。
今でこそ、自然素材とか建築緑化とか広く言われているが、三十年近く前、日本の建築界でそんな反時代的なことを真面目に考えていたのは私だけだった。よって建築家としては全く無名にもかかわらず、第三作目を頼んでくれたのは赤瀬川さんだった。
四作目の秋野不矩美術館も同じ。四十四年前、若き日のアブナイ赤瀬川さんが京都書院で小さな展覧会をやった時、同書院の井上章子さんと秋野等さん夫妻、さらに等さんの御母堂の秋野不矩さんと親しくなり、その縁で私に美術館の設計が任された。
公共の博物館と美術館、二つの住宅、この四作のおかげで建築界と社会で認知され、建築家として道が開かれ、その後も、八作目のツバキ城は美学校出身の谷口英久さんが施主だし、九作目の不東庵工房の施主細川護熙さんを紹介してくれたし、十作目の矩庵の発注者は秋野等さん。
初期の十作のうち実に五作が赤瀬川さんとの縁による。
縁なかりせば、と考えているのは私だけでなく、私以上に松田哲夫と南伸坊はそうだろうし、加えて渡辺和博、平口広美、泉昌之(久住昌之、泉晴紀)、林丈二もそうにちがいない。
接する者に光を与えるような人だった、と今にして思う。
でも、少年時代から前衛芸術家を経て小説を書くまでの時期をたどると、尚子夫人が挨拶で述べられたように「辛いことばかりだった」。
本人は辛いことばかりで、しかし他人には光を与える人。自覚のないまま、古の宗教の教祖と呼ばれる人のような質を持っておられたのか……。
(ふじもり・てるのぶ 建築家)
ご注文方法はコチラ
トップに戻る
バックナンバー
- 第637号24年4月号
- 第636号24年3月号
- 第635号24年2月号
- 第634号24年1月号
- 第633号23年12月号
- 第632号23年11月号
- 第631号23年10月号
- 第630号23年9月号
- 第629号23年8月号
- 第628号23年7月号
- 第627号23年6月号
- 第626号23年5月号
- 第625号23年4月号
- 第624号23年3月号
- 第623号23年2月号
- 第622号23年1月号
- 第621号22年12月号
- 第620号22年11月号
- 第619号22年10月号
- 第618号22年9月号
- 第617号22年8月号
- 第616号22年7月号
- 第615号22年6月号
- 第614号22年5月号
- 第613号22年4月号
- 第612号22年3月号
- 第611号22年2月号
- 第610号22年1月号
- 第609号21年12月号
- 第608号21年11月号
- 第607号21年10月号
- 第606号21年9月号
- 第605号21年8月号
- 第604号21年7月号
- 第603号21年6月号
- 第602号21年5月号
- 第601号21年4月号
- 第600号21年3月号
- 第599号21年2月号
- 第598号21年1月号
- 第597号20年12月号
- 第596号20年11月号
- 第595号20年10月号
- 第594号20年9月号
- 第593号20年8月号
- 第592号20年7月号
- 第591号20年6月号
- 第590号20年5月号
- 第589号20年4月号
- 第588号20年3月号
- 第587号20年2月号
- 第586号20年1月号
- 第585号19年12月号
- 第584号19年11月号
- 第583号19年10月号
- 第582号19年9月号
- 第581号19年8月号
- 第580号19年7月号
- 第579号19年6月号
- 第578号19年5月号
- 第577号19年4月号
- 第576号19年3月号
- 第575号19年2月号
- 第574号19年1月号
- 第573号18年12月号
- 第572号18年11月号
- 第571号18年10月号
- 第570号18年9月号
- 第569号18年8月号
- 第568号18年7月号
- 第567号18年6月号
- 第566号18年5月号
- 第565号18年4月号
- 第564号18年3月号
- 第564号18年3月号
- 第563号18年2月号
- 第562号18年1月号
- 第561号17年12月号
- 第560号17年11月号
- 第559号17年10月号
- 第558号17年9月号
- 第557号17年8月号
- 第556号17年7月号
- 第555号17年6月号
- 第554号17年5月号
- 第553号17年4月号
- 第552号17年3月号
- 第551号17年2月号
- 第550号17年1月号
- 第549号16年12月号
- 第548号16年11月号
- 第547号16年10月号
- 第582号19年9月号
- 第546号16年9月号
- 第545号16年8月号
- 第544号16年7月号
- 第543号16年6月号
- 第543号16年6月号
- 第542号16年5月号
- 第541号16年4月号
- 第540号16年3月号
- 第539号16年2月号
- 第538号16年1月号
- 第537号15年12月号
- 第536号15年11月号
- 第535号15年10月号
- 第534号15年9月号
- 第533号15年8月号
- 2019年8月号 No.581 目次はこちら
- 第532号15年7月号
- 第565号18年4月号
- 第531号15年6月号
- 第530号15年5月号
- 第529号15年4月号
- 第528号15年3月号
- 第527号15年2月号
- 第526号15年1月号
- 第525号14年12月号
- 第524号 14年11月号
- 第523号14年10月号
- 第522号14年9月号
- 第521号14年8月号
- 第520号14年7月号
- 第519号14年6月号
- 第518号14年5月号
- 第517号14年4月号
- 第516号14年3月号
- 第515号14年2月号
- 第514号14年1月号
- 第513号13年12月号
- 第512号13年11月号
- 第511号13年10月号
- 第510号13年9月号
- 第509号13年8月号
- 第509号13年8月号目次
- 第508号13年7月号
- 第507号13年6月号
- 第506号13年5月号
- 第505号13年4月号
- 第504号13年3月号
- 第503号13年2月号
- 第502号13年1月号
- 第501号12年12月号
- 第500号12年11月号
- 第499号12年10月号
- 第498号12年9月号
- 第497号12年8月号
- 第496号12年7月号
- 第543号16年6月号
- 第495号12年6月号
- 第494号12年5月号
- 第493号12年4月号
- 第492号12年3月号
- 第595号20年10月号
- 第491号12年2月号
- 第490号12年1月号
- 第489号11年12月号
- 第488号11年11月号
- 第487号11年10月号
- 第486号11年9月号
- 第485号11年8月号
- 第484号11年7月号
- 第483号11年6月号
- 第482号11年5月号
- 第480号11年4月号
- 第479号11年3月号
- 第478号11年2月号
- 第478号11年1月号
- 第477号10年12月号
- 第476号10年11月号
- 第475号10年10月号
- 第474号10年9月号
- 第473号10年8月号
- 第472号10年7月号
- 第471号10年6月号
- 第470号10年5月号
- 第469号10年4月号
- 第468号10年3月号
- 第467号10年2月号
- 第466号10年1月号
- 第465号09年12月号
- 第464号09年11月号
- 第463号09年10月号
- 第462号09年9月号
- 第461号09年8月号
- 第460号09年7月号
- 第459号09年6月号
- 第512号13年12月号
- 第456号09年3月号
- 第458号09年5月号
- 第455号09年2月号
- 第457号09年4月号
- 第548号16年11月号
- 第548号16年11月号
- 第454号09年1月号
- 第520号14年7月号
- 対談
- 第509号13年6月号
- 第524号14年11月号
- 第548号16年11月号
- 第565号18年4月号
以前のPRちくま
「ちくま」購読料は1年分1,100円(税込・送料込)です。複数年のお申し込みも最長5年まで承ります。 ご希望の方は、下記のボタンを押すと表示される入力フォームにてお名前とご住所を送信して下さい。見本誌と申込用紙(郵便振替)を送らせていただきます。
-
受付時間 月〜金 9時15分〜17時15分
〒111-8755 東京都台東区蔵前2-5-3