ことばと人のあいだのすべて/小澤英実

 スリリングでプレイフルな言葉のゲームが、ライブ感たっぷりに収められた本である。プレイヤーは、当代きっての言葉の魔術師、穂村弘と川上未映子。それぞれがこだわりのある言葉を二十六個ずつ選び、そこに編集部が選んだ二十六個を合わせた計七十八個の言葉について語り合うというのがルールで、さながら裏返しになったカードをぺろりとめくって、出た言葉で即興的にセッションしているようである。一瞬で体の深奥部にすっと手で触れて戻ってくるようなひとつひとつの言葉への鋭い問答も魅力的だけれど、言葉を武器にするふたりの表現者が、七十八個の球を全力で投げ合ったり磨いたりするさまを目撃するのが本書の大きな醍醐味だ。
 ふたりが選んだ言葉もユニークだ。一個目が「打擲」で始まるところからして驚きがあるが、話を聞くうち、意外な言葉が創作の重要なエッセンスであることを発見したりもする。ふたりのリストから自分ならどんな言葉を選ぶだろうと考えてみるのも楽しい。言葉しだいで話が膨らんだり膨らまなかったりするのもリアルな臨場感がある。「死」や「日本」のようなスケールの大きい言葉も並ぶので、個々の言葉に深く沈降していくのではなく、イントロゲームのようにスパンと終わってしまうものも多い。「つづきはよろしく」と手渡されているような趣なので、そこからは自分が考えをめぐらせる番である。
 しかし読んでいてなにより驚くのは、ふたりのとてもパーソナルな語り口だ。この心地よい距離感は、プライベートでも親しく尊敬しあう間柄こそのものだろう。本書のなかに〈見栄や虚栄心はあるか〉という話が出てくるが、穂村さんが最近の悩みを話したり、未映子さんのバイト中の恥ずかしいエピソードを披露したりする、その飾らなさにもびっくりする。まるで読んでいる自分がふたりのホームパーティにお呼ばれして、手料理とおいしいお酒を飲みながら、話を聞いているような打ち解けた感じなのである。
 本書のまえがきで穂村さんは、未映子さんのいちばん凄いところは「突き抜けた本気さ」ではないかと言い、「本気さの熱量を受け止め切れずに、冗談めいた返しになってしまうこともあった。決してはぐらかすつもりはなくて、咄嗟に身を守ろうとしただけなんだけど」と語る。「身を守る」という表現がユーモラスだが、読んでいるだけでも伝わってくる未映子さんの「熱量」に触れればしっくりきてしまう。たとえば未映子さんは、「毎日、ほんとにお別れパーティみたいな気持ち」と言う。「毎日がお別れパーティ」。なんだかすごくいい言葉だ。『不思議の国のアリス』では自分の誕生日以外の三百六十四日をアンバースデーと呼んでお祝いするけれど、人との一期一会をこれほど真剣に考えている人っているだろうか。
 穂村さんはそんな未映子さんのストレートな剛球にたじたじしているようでいながら、それでいてどこか言葉の神様のような――というのが言い過ぎなら、なにか世界の謎のようなものの尻尾をしっかと掴まえている感じがあって、その理知的な光輝が、本書の会話のはしばしにもかたく鋭利にきらめいているのである。穂村さんの言葉じたいが、宇宙の理や摂理のようなものの予兆にすら感じるのは、きっと私だけではないはずだ。そしてそれによって穂村さんは、時にたじたじしつつ、同時に未映子さんの熱量にもびくともしない、人間ならぬものの圧倒的なモノリス感を醸し出していて、だからこそ未映子さんは安心して好きなだけ、何度でも繰り返し全力でぶつかっていけるのだと思う。そうしてふたりは、七十八個の言葉のあいだに立って、一個のことばと自分のあいだに世界がやすやすとおさまることを、本書で証明してみせている。
(おざわ・えいみ アメリカ文化/文学)

川上未映子・穂村弘著
1300円+税

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