デジタルカメラ+フィルムカメラ=知的カメラ生活/山口昭男

 田中長徳さんの『カメラに訊け!』を読んでいて、昨年十一月に亡くなった筑紫哲也さんの『旅の途中』(朝日新聞社)というエッセイ集がふと頭に浮かんだ。この本は、筑紫さんが巡りあった人たち――それは丸山眞男さん、黒澤明さん、小澤征爾さんなど多彩な人たち――との交流を描いているが、長徳さんの本からは、カメラと旅する、カメラを旅する姿が見えてくる。そのときカメラは、ひとつの生命をもっているかのように縦横無尽に動き回る。筑紫さんにとってペンが「人間観察」の道具だったとすれば、長徳さんにとってはカメラが「人間観察」の道具なのだろう。対象に対する愛情と敬意がそこに読み取れる。
 長徳さんは、「ライカにうっとりする最大の秘密は、いま、ここにいることが実は『旅の途中ではないか』と自分を覚醒させてくれることにあります」と記す。長徳さんはいまなおカメラを抱えての旅を続けている。カメラが自分を旅へいざなってくれると同時に、カメラとの出会いが自身の人生と重なり、次の仕事への励みになっているのではないか。
「あとがき」に「2007年に出した『晴れたらライカ、雨ならデジカメ』(岩波書店)では、フィルムカメラとデジカメのそれぞれの長所を生かして、全方位的な映像世界の構築を提案したのでした。2008年の春の『カメラは知的な遊びなのだ。』(アスキー新書)では、デジカメは実用主義に徹することで時間的なゆとりを捻出し、ライカのようなクラシックなフィルムカメラで知的な視神経の冒険をしましょうと提案しました」と書かれているように、この本は、三部作の完結編だ。まさに「デジタルカメラ+フィルムカメラ=知的カメラ生活」なのである。
 長徳さんとは九年前、現在『クラシックジャーナル』編集長で、多数の著書もある中川右介さんに紹介されてお会いしたのが最初である。そして『デジカメだからできるビジネス写真入門』という本を書いていただいた。ぼくと二歳しか違わないのに、竹籠にライカを無造作に入れている変なオッサンだなというのが最初の印象だったが、何より古い物好き、小物好きで、すぐに意気投合してしまった。
 ぼく自身はまったく写真マニアではないが、小さいころ父親がニコンFを自慢げにもって、自宅の片隅に造った暗室でよく現像をしていたのを覚えている。赤い電球の点いた薄暗い室内に一日中閉じこもって作業をしていた姿が印象的だった。
 その父親が住んでいた一〇〇年以上経つ木造の自宅をこのたび壊すことになり、最後だからと長徳さんに無理をおねがいして、昨年の夏、解体前の家の写真を撮っていただいた。四〇〇カット以上撮っていただいた写真は、後々まで語り伝えられるべきすばらしい教材となった。その記念にぼくもクラシックカメラを持ってみたいと、大それた提案をしたら、長徳さんはただちに自ら所蔵する三〇〇〇台を超えるカメラの中から「ライカM2」を譲ってくださった。さてどう操作するものか。フィルムさえ満足に入れられないのに、どうやって写真など撮ることができるのか、ともかくやってみるよりしようがない。一〇年やれば少しはまともになれるかもしれないが、所持しているからといって「偽ライカ同盟」の一員だというのは、それは無理というものです。
 長徳さんの写真集でぼくがいちばん好きなのはロベール・ドアノーを髣髴とさせる『WIEN MONOCHROME 70s』(東京キララ社)だ。ここには今回の本に託されている思いが、つまり旅へのいざないが、集中的にあらわれている。
 さあ、ライカ、コンパクトデジカメ、機械式ウォッチをもって、ぼくはさらにクラシック万年筆を加えて、旅に出よう、街に出よう。ケータイで写真をとるなんてもってのほか。「過ぎ去るモノとしてのデジカメ。留まるモノとしてのライカ」であるなら、本にたずさわる人間としては、やはりライカにこだわりたい。「ライカは『人間と人間を結び付ける一種の魔法』をもっている」のだから。
(やまぐち・あきお 岩波書店代表取締役社長)

『カメラに訊け!  ─知的に遊ぶ写真生活』
田中 長徳
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