二つの「世界中心」/八束はじめ

 三年前、私は世界の中心にいた。人気ドラマよろしく愛を叫ぶためではない。ベルギーのモンスという田舎町である。「ムンダネウム」つまり「世界中心」という名の古い建物で、維持費難でブリュッセルから移転した、ポール・オトレという篤志家のプライベート・ミュージアムである。図書館の検索システムの雛形を作ったオトレは一角の人物で、「ムンダネウム」を含めて国際的なネットーワークの創設に奔走したことによってインターネットの先駆者と呼ばれている。彼は第一次世界大戦の戦禍を目の当りにし、ノーベル賞を受賞した盟友ラフォンテーヌと、知識や情報の共有で世界平和を樹立しようと考えた。そうして打ち出したのが、「ムンダネウム」の構想である。
 ネットーワーク人間オトレは次々と周りを引っ張り込むタイプで、引っ張り込まれた一人が建築家ル・コルビュジエであった。彼らはジュネーブに文化センター「ムンダネウム」を建設する構想をともにした。今回訳出された本はその産物である。
 私がモンスに赴いたのは、オトレと縁があった社会運動家オットー・ノイラートの展覧会を企画していたからで、グラフィック・デザイン史の伊原久裕氏が最初の、そして私と同道した私の学生が二、三番目の日本からの訪問者だった。本書の訳者の一人、山名善之氏は四人目のはずだ。
 モンスではオトレとコルビュジエあるいはノイラートとの間の書簡や「ムンダネウム」の図面も目にしたが、大部分は未整理なまま積み上げられた日本を含む世界中の新聞や、世界中の文物の写真乾板の山等で、整理が済んだ資料はごく一部しかない。オトレには止めどもなく広がるデータベースだったのだろうが、はっきりいえばゴミの山である。偉人ではあっても、抱え込んだ情報の山を前にして、どう整理すれば世界平和に貢献出来るかと夢想するオトレのメンタリティは、テレビで報じられるゴミ屋敷の住人とあまり変わらなかったのではないか? ここから宝を選りだすことはシジフォスの営みにも似た難事に違いない。コルビュジエとの協同作業が現実化しておれば事情はべつだったかもしれないが。
 次いでもうひとつ、丹下健三の「ムンダネウム」。はてそんな話は、と訝る向きもあるだろうが、これも世界平和につながる。
 丹下が広島平和記念公園のコンペを射止め、世界に名を広めたことはよく知られている。崇敬するコルビュジエが発足させたCIAM(近代建築国際会議)の第八回会議(一九五一年)にこの計画をもって出席したことで「世界のタンゲ」の成功譚が始まるのだが、丹下はその前年に、平和記念公園の北側に広がる太田河畔の児童文化ゾーンの整備を計画していた。ここはかつて原爆スラムと呼ばれたゾーンで、未完成の陳列館とスラムが共存する強烈な写真が残されている。結果として陳列館に先んじて児童図書館のみが丹下の設計で完成するが、この構想図をよく見ると、当時原爆で天守閣も倒壊し、石垣や堀のみだった広島城の所が博物館と記されている。透視図のようなものは児童諸施設の方だけで博物館は配置図しかないが、どう見てもこの博物館は段状ピラミッド、つまり「ムンダネウム」の中心に計画された「世界博物館」の形をしている。世界博物館~児童文化ゾーン~平和記念公園と連なる、平和のための世界中心と考えられていたことは間違いない。
 この春先に丹下が当時の広島市関係者に宛てた書簡の束が見つかったことが報じられたが、この博物館構想のことも出ている。実は最近広島でこの計画のオリジナルの図面らしいものを見つけた。当時雑誌にも掲載されたものだから再発見というべきだが、もう少しで廃棄処分になるところだったという。関連の展覧会を企画している私にとって、今回の発見は文字通りゴミの中での「宝」であった。
 上野の世界博物館、つまりル・コルビュジエ設計の国立西洋美術館の世界遺産登録は残念ながら、今年は見送られることになりそうだ。「ムンダネウム」は何処でもそんな運命らしい。世界は中心をもてないということか。そして平和も遠いと考えるのは建築家の感傷だろうか?(やつか・はじめ 建築家)

『ムンダネウム』
ル・コルビュジェ/ポール・オトレ著
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